52:じゃ、帰りますわ
美加久市さんを見送り、姿が見えなくなった。
その瞬間、俺は先程までしっかりと貯めておいた『心のチカラ』を使って、一段階を開放する。
夜も遅いため、誰かに動きを見られることはない。
そのため、存分に身体能力を開放できる。
飛び上がり、手頃な建物の屋根に乗る。
「あっちだよな」
宵の家の方向を確認し、音を立てずに駆ける。
屋根を伝い、誰にも見られないように気配も極力消し、音も出さないように振る舞う。
流石に気配を消すのを本職にしている奴らには敵わない。
だからといって下手くそなわけでもない。
それにこの町にはこの程度でも気づくことができる人は少ないだろう。
一度宵の家は早乙女先生の事件のときの後処理を兼ねてきたことはある。
その記憶を掘り起こしながら、目的の家を見つける。
そして、目一杯距離をとったところで俺は宵の家を観察する。
……待ち伏せの気配がない?
正直、このタイミングでの襲撃を宵が予想していない、ということはない。
宵のことだ。
先読みに関しては俺よりもうまいので、何かを仕掛けているという可能性は否定できない。
しかし、それだけでは返しきれないほどの実力の差が俺と宵の間にはある。
もし、可能性の話だが、宵がこの県に絡んでいない、または宵の名前が出ているだけだった場合、申し訳ないが宵はよくわからないまま俺の襲撃を受けることになるのだが……。
それはもう割り切るしかない。
宵がもし関わっていなかったら、謝り倒す。
もしか変わっていたら、人質になってもらい、今すぐこの面倒なことをやめさせるしかない。
今立っているところは、宵の気配察知の範囲に入っていない。
しかもかなりの余裕をとってある。
これで気づかれるということはないだろう。
ストレッチを軽くしながら、手順を考えていく。
宵は時間を与えれば与えるほど面倒な手を打ってくる。
それらにいちいち対応していると、いつの間にか詰みになっていることも珍しくはない。
だから、強行突破。
「ムスビ。
君はやはりすごい」
そろそろ行こうかと思っていたところで、後ろから声が聞こえる。
その声は振り向かずとも誰の声か分かる。
「どうしたんですか?
こんな夜遅くに女の子が出歩いちゃいけないですよ」
「ははは。
そんな堅苦しいことは言わないでくれ。
現にそれを言ったらそっちだって学生の癖に深夜に出歩いていることを責められるぞ」
「確かに……そうですね。
少し用事があってここまで来たので、早急に終わらせて帰ります……よっ!」
声とともに、駆ける。
一瞬で宵の気配察知の範囲に入るだろう。
だが、それを察知してから何かをするのでは遅いくらいに高速で仕掛ける。
単純明快な作戦とも言えない強襲。
だが、俺のこの作戦に対応できる人間はそれこそいない。
だからこその特攻。
それに追いついたとしても、それは俺の知っている中では両手で数えるくらいしか……
「やっぱり」
「は?」
隣には、会長がいた。
先程までくだらない話をしていた、会長がいた。
その姿に俺は思考の処理が追いつかない。
そして、蹴りを食らう。
会長が俺のスピードに合わせて、攻撃をしてきた?
蹴り自体に威力はないものの、俺を困惑させるには十分だった。
俺は少しよろめく体を空中で立て直し、屋根の上に着地する。
「君は確実に強襲という手をうつ。
そして確実に、なんのひねりもない直線特攻を行う」
「……宵のやつですか」
「そうだよ」
「あいつはなんて?」
「さぁ?」
会長はすでに戦闘の構えをしている。
対する俺は、コンビニ帰りのような雰囲気。
絶対に相容れることのない空気を持つ二人。
「……会長は、ここで何をしているんですか?」
「もちろん、君を倒すためだよ」
「……それは、命令されたんですか?」
「さぁ?」
宵の指示だったら早急に宵を退場させないといけない。
だけど、会長の先程の速度を見た限り、もしここで一段階の状態で会長を振り切ることはできるのだろうか。
いや、そういう問題ではない。
宵が絡んでいるとなれば、一番の優先度の高い標的は、
「時間稼ぎ、ですか」
「いや?」
俺は即座に会長から視線を切り、宵のもとへと急ぐ。
トラップは仕掛けてあるだろうが、何が来ても対応はできる。
だから知覚に『心のチカラ』を集中……。
そこで、俺の強化された知覚が何かを教えてくれる。
それは、俺へ迫る者。
それは、俺の速度に迫るもの。
それは、
「だから君を倒すと言っているだろう」
俺はとっさに頭を下げる。
会長の拳が、俺の頭が会ったところを通過する。
その様子に、疑問を抱く。
そんなに会長は強かったか?
俺の速度に迫れる程度なのか?
通り過ぎた拳の跡が熱くない。
それらのことが、判断を鈍らせる。
会長の変貌。
能力の使用形跡がない。
これはどういうことだ?
そうした疑問は振り積もる。
そして、
「悠長にしている時間はないんじゃないかな?」
会長の声。
やけに冷えている声。
その瞬間、俺は意識を切り替える。
「倒します」
「あぁ」
構える。
抜刀術の構え。
しかし、刀はない。
特にひねりはない。
”俺の必殺技”
初撃必殺。
それ以外にこの状況で選択できることはない。
早乙女先生と戦って感じた鈍り。
直したとは思うが、まだ全盛期とまでは行かない。
移動。
下手に変則を使うと町に被害が言ってしまう可能性がある。
距離を詰める。
全力だ。
本気で距離を詰める。
先程の直線的な移動とは違い、緩急をつけた動きだ。
会長ごときでは反応できたとしても対応できはしない。
案の定、会長の背後にたどり着く。
会長は反応はしているようだが、この動きには対応できないのか、目で追うだけである。
そして、抜く。
一撃必殺の必殺技を。
光の速度はまだ超えられないので、残像が会長の寸前で止まる。
寸止め。
変則にすらならない技。
必殺技を途中で止める。
当たってはいないが、それでも風を切り裂き、音を超えた手刀は、
スパァン!
衝撃波を起こす。
一瞬の空白の後、起こる衝撃波。
『ランキング戦』であっれば速攻退場物の大ダメージ。
実戦だったらぬるい攻撃だが、まだ相手は学生。
これで十分……
「君は、勘違いをしているのではないか?」
残心。
必殺技には必要ないもの。
必ず殺している。
だから、必殺技には絶対にいらないもの。
「私達は、君を見ていたのだ」
しかし、今回の必殺技は、寸止め。
それをしていれば、
「覆瀬ムスビは、こんなに甘くはない」
秋元茜。
学園最強や、生徒会会長でもない、秋元茜が、そこにいた。
ふぅ
呼吸の音が、やけに鮮明に聞こえる。
会長の呼吸だ。
その呼吸は、陽炎が揺らめいていた。
次の瞬間、俺の両頬には会長の両手が添えられていた。
なにかされるのは理解しているが、体が動かない。
恐怖を感じない。
これは危険だと、体が認識しない。
逆に、
「撫上」
体は安心しきってしまっている。
視界がブレる。
技の名前を聞いて分かった。
宵のやつ……そこまで本気なのかよ。
俺の体は今、空を舞っている。
体に力は入らない。
一段階自体は開放しているので、首の骨は大丈夫だ。
本来なら、この技は首を捻り飛ばす技。
頬に添えられた両手を使い、首を回し、飛ばす。
しかし、俺の頑丈さが会ったため、体が頭について言ってしまう。
そのため、俺は今空を舞っている。
「……流石にそうなるか……」
会長のボヤキが聞こえる。
撫上は、技の決めはそんなに難しくない。
その代わり、技に入るまでの歩法が超重要だ。
相手に危機感を抱かせないその歩法は、間合いにいる時点で使ったらそれこそ必ず殺す技となる。
だから、
「宵」
俺は空中で姿勢を整え、綺麗に着地する。
音もなく着地した俺は、会長に対して、宵の名を呼ぶ。
「……私はここよ」
後ろからの声。
その声に驚く。
会長からは声が出ない。
「……『完全掌握』だと思ったのですか?」
「違うのか?」
宵の技には『完全掌握』というものがある。
『縛り』の上位互換の技で、相手の体を完全に支配下に置くというものだ。
かなり難しいし、人間を完全に操作する関係で一人しかできないのだが、その技であれば、先程までの技に説明がつく。
会長の異常な身体能力は、宵が『完全掌握』していたから、体のリミッターを外すことができるから、追いついてこれた。
それに『撫上』は宵しか使えない技だ。
正確には、宵しか知らない技。
今現在では宵しか使えない技だ。
「ワタクシはそんなことはしませんわよ」
「あぁ。
私はあくまで私の意思を持ったままここに立っている」
宵の言葉には、嘘をついているようには見えない。
会長の言葉にも、嘘の兆候は見られない。
「……なら、会長は宵から『撫上』を教わったとでも?」
答えはない。
俺はこの状況をどう打開しようか考え、
「じゃ、帰りますわ」
逃げを選択した。
夜の民家の上で、隠密戦闘を得意としている宵を相手にするのでも相手が悪いのに、会長もいたのでは面倒くさい。
それに会長が本当に『撫上』を自在に使えるのであれば、更に面倒くさい。
それこそ民家を破壊することにならないと勝つのは難しい。
だから、逃げを選択する。
正直、『殺気』を向けられていたのに悩んでいただけで、それに関しては解決した。
気にしなければいいのだ。
今くる殺気は、あくまで形式上のもの。
精神的に疲れている状態で無理に相手をするのも馬鹿らしい。
そうして一歩目を踏み出そうとした瞬間、
「逃がすと」
「思いますか?」
前後に二人が現れる。
そこまでは予想済み。
真上に飛ぶ。
あくまで『撫上』の怖いところはその特殊な歩法だ。
空中であれば怖くはない。
「『大気掌握』」
体が空中で固定される。
宵の『掌握』によって大気を操作しているこれは、空を飛ぶなど自由にできるが、一定範囲の掌握しか無理なため、使い所が難しい。
そしてこれを使ってきたということは、俺をよっぽど逃したくないということか。
「行くぞ」
会長の声とともに、下から会長が迫ってくる。
会長が狙っているのは……金的?
「くっそお前ら恥ずかしさとかないのかよ!?」
即座に『大気掌握』に抗う。
しかしそこはさすがは『無体』
一段階程度では破ることができない。
焦りが降り積もる。
確かに金的は弱点で、流石に『慣れ』てはいるが、慣れたとしても嫌なものは嫌だ。
仕方がない。
二段階、開放。
背中から漆黒のマントが出てくる。
そのマントは意識を持ったように動き出し、下から迫る会長の攻撃を防ぐ。
拳はまるで硬いものに当たったかのような鈍い音を立てる。
そこで俺の『大気掌握』は切れる。
自由落下し始める体。
空中には会長が『大気掌握』によって浮いているのが見える。
軽く小突く。
光の速度は夕に超えているそれは、先程の衝撃波とは比べ物にならないほどの威力の空気の弾丸となり、会長に当たる。
『大気掌握』があったおかげか、会長はふっとばされなかったが、その意識を一瞬で刈り取った。
視線を下に向ける。
そこにいるのは宵。
宵はすぐさま会長をどこか安全な場所に降ろそうとしている。
空を蹴り、速度を上げて落下する。
その速さに宵はついてきているが、会長を切り捨てることと悩んでいるのだろう。
目の前で音も立てずに着地し、土手っ腹にデコピンを食らわせる。
それもしっかりと威力のある師匠直伝のデコピンだ。
体の力を余すことなく伝えたデコピンは、宵の体をくの字に曲げる。
肋は逝っているだろうから、吹き飛ばないように抱きかかえる。
『能力』を使えば完治することは知っているので、適当に背負う。
そして、『大気掌握』を解除され、落下している会長の下にたどり着き、マントを広げキャッチする。
ため息をつき、辺りを探る。
これ以上出てこられても面倒なので、先に探してしまおうと思ってやってみたが、
「もういない、か」
ホッとして俺は宵の家に行こうとする。
本来なら、これで安心するところなのだが、俺の心には市松の不安が残る。
勝ちたいと言っていたのに、このザマか?
宵が絡んでいるのに?
俺の二段階を知っているのに?
会長を連れた程度で俺を倒せると思っていた?
『撫上』だけで?
疑問は残るが、張本人がここにいる以上、本人に聞けばいい。
そんなことを思いながら、俺は宵の家へと向かった。




