第十八話 腹の虫の居所さん
俺は客間の前へと戻ってきた。まだ廊下では少し離れたところで兵士が立ち話をしている。
ここで姿を現しても彼らは明後日の方向を見ているので《インビジブル》を解除しても良いのだが、念のためまだ透明なままドアをガチャリと開けた。
「キャァッ!? か、勝手にドアが!? あ、あああのユウト様は今おトイレにお出かけになられていまして僕だけしか部屋にはいません! ですから僕一人しかいないのは自然でありますゆえ────」
「落ち着け、俺だよエキナシア」
俺は《インビジブル》を解いてその場に姿を現した。エキナシアはほっと胸を撫でおろす。
しかしあの挙動不審具合を見るにプレッシャーやアドリブにも弱いな。俺がいない間に誰も来なかったっぽいのは幸いか。
「とりあえず見てきたが……アルバート子爵は黒だ。黒というのは、『無理難題なクエストを君に吹っ掛けて失敗させ、奴隷に落とそうとしていた》』ということだ」
「じゃ、じゃあ依頼主の《弓の勇者》フェンネル様が僕を指名したのは……」
「フェンネルの名義を使えば『フラッド町に元がいる』というアルバート子爵から提供された情報が真実に見えてくるだろう? つまり勝手に名を騙ったってこと。ま、ついさっきクエストを発注したギルドから真偽を問い合わせられてて大慌てになってたけどね。本当にフェンネル本人がクエストを発注したのかって」
エキナシアは危うく奴隷に落とされかけたと聞かされて真っ青になってがくがくしていたかと思えば、フェンネルの名前を出した時に「おぉ呼び捨て……」と驚いている。
コロコロと表情が変わって忙しい子だ。
しかし、フェンネルの名前を出すとはアルバート子爵もわかってるじゃないかと感心したものだ。彼女は勇者パーティリーダーのハルに次いで人気が高いからね。
それと同時にアホだとも思ったが。
「で、でもユウトさんは本物のユウトさんなんですよね!?」
「元《斥候の勇者》という質問であれば、肯定しよう」
「じゃあどうしてアルバート子爵様はユウトさんを探していたんですか……? だって本当にユウトさんはフラッド町にいましたよね。けれど、クエストは失敗させなければ奴隷にまで僕を落とせないじゃないですか」
「偶然だよ。たまたま知らずに虎の尾を踏んだのさ」
「ぐ、偶然ですか……」
これについてはオレガノと俺の憶測が混ざるが、さっきのアルバート子爵の話を合わせれば納得のいく内容なはずだ。
「……少し話を遡ろう。今から三か月前、クエストを失敗して違約金が払えず奴隷にまで落とされた少女がいたんだ。その子が一番最初に売られた町がフラッド町。本当ならその奴隷少女はアルバート子爵が買おうとしていたが一歩遅く、買い取ったのはローブに身を包んだ見たことのない金持ちだった。そこでアルバート子爵は考えたのさ────『そいつを暗殺して奪えばいい』ってな」
「それで……?」
「その奴隷を買い取った金持ちってのが俺」
「えぇ!? じゃあアルバート子爵は、元勇者様を暗殺しようとしてたんですか!?」
「結果としてそうなっただけさ」
声が大きいよとジェスチャーしてエキナシアの声のボリュームを落とすよう促す。最も、廊下にいた兵士は雑談に興じていたからこちらまで気が回っているかは怪しいけどな。
しかし誰かが聞き耳を立てている可能性もあるので、注意するに越したことはない。
「話を戻そう。つまり俺を暗殺させるついでに虚偽の情報としてフラッド町を挙げたんだ。ま、そこには本当に元勇者がいて、殺そうとしていた金持ちってのがその元勇者なんだけどね」
「凄い偶然ですね……」
「運が無いとみるか、それともなるべくしてそうなったと解釈するかは人それぞれだけど、俺は後者────ツケが回ってきたんだと思ってるよ」
ふぅと一息ついて、万能バッグから水筒を取り出し水を飲む。
ここで出された飲食物は絶対に手を付けない。口封じに毒でも仕込まれてたら面倒だからだ。事前にエキナシアにも飲食しないよう注意したので手を付けていないだろう。
例え食べてしまったとしても、勇者パーティの間で出回っていた『アンチ・ドート』というアイテムを使えばどんな毒でも解毒できるが……こんなところで使いたくない。
これは消費アイテムなんだぞ。供給が多かったから『解呪薬』よりは安いけど数には限りがある。わざわざ見えてる罠を「あれ踏んだら発動するかな? しないかな?」なんて確認のために踏みに行くほど愚かじゃない。
「ま、今大慌てになってるのは大きく分けて二つ。奴隷に落とすはずだったエキナシアがクエストを成功させてしまったことと、元《斥候の勇者》を見つけてしまったということ。そこから芋づる式に今までやってきた後ろ暗いこと、そして今なおやっていることが出てきちゃうからね」
「それで……僕たちはどうすればいいんですか? クエストをクリアしたのだから報酬金はもらえるんでしょうか?」
「ずいぶん能天気だが……十中八九口封じに殺そうとするんじゃないか?」
「ころッ────!?」
「当たり前だろう。俺たちがいるとアルバート子爵に都合が悪すぎるからね」
「な、なんでそんな冷静でいられるんですか!?!?」
「そりゃあ逃げる手段は確保してあるからさ」
俺は万能バッグからこぶし大の鉄球を取り出した。
「この鉄球にはあるモンスターが封印されている。そいつを解き放ち返り討ちにするか、無理そうなら混乱に乗じて逃げようって寸法よ」
「なるほど……。────ていうか冷静に考えたらそうですよ! さっさと報酬金もらって帰りましょうよ! こんな敵の胃袋みたいなところに長居なんてしとうございません!!」
何気にクエストの報酬金だけは分捕ろうという逞しい根性が見えたが、悪いがそれだけでは済まさないんだ。
「残念だが俺は金をもらってもさらさら帰る気はない」
「ど、どうしてですか……?」
どうしてですかだと?
決まり切ったことを聞くなぁ……。
「本当は俺もここまでするつもりはなかった。なぜなら騒ぎを大きくして俺に注目が集まるリスクがあるからだ。けどな……それよりも平穏を享受していた俺のスローライフを潰したのはかなり頭に来た。俺もそれに準ずる対価を支払ってもらわないと腹の虫が収まらん」
「そ、そのためにここまで来たんですか!?」
「いいかエキナシア、俺はフェンネルのことを唯一無二の親友だと思っている! そのアイツをエルフの少女一人奴隷に落とすためにダシに使い……あまつさえあいつは俺を殺そうと刺客を送り込んできたし……ああぁぁ~思い出したら腹立ってきた! あーいう類のなんでも思い通りに行くって思ってるバカが嫌だから勇者パーティを抜けたのに、なんでまたこういう手合いにちょっかい出されにゃならんのだ……!」
「お、落ち着いてください! これからアルバート子爵に会うのですから冷静になってください!」
……いかん。少し情緒不安定になっていた。
「少し取り乱したが……勇者パーティにアルバート子爵みたいなバカが多いってのは内緒だぞ。勇者パーティから変な言いがかり付けられたくないんでね」
「言っても誰も信じてくれ……いや、今の勇者パーティの惨状なら信じてくれるかも……? と、とにかく僕は他言はしませんので安心してくだされユウト様!」
「それを聞いて安心したよ」
そう必死そうにアピールするエキナシアだったが、彼女の誠実さは性格を見れば一目でわかる。だからそこまで必死にならなくてもいいのに。
「失礼します。《斥候の勇者》様、並びにエキナシア様、アルバート様の準備が整いましたのでご案内します」
さぁ時は来たれり。
いざ行かん────奴の鼻っ面をぶん殴るに。




