第十七話 堂々たる潜入
俺たちは煌びやかな大通りから、少しだけ逸れた路地を歩いていく。《光魔法》で作られた街灯と夜空から差す月明かりが道を照らしてくれる。
俺の隣にいるエルフの少女は、それらに照らされると少し不安気な表情を浮かべてたが、ギュッと唇をかみしめて緊張をかみ殺していようだ。
やがて、貴族だけが住むことを許される高級住宅地に辿り着いた。それぞれの家……というよりは屋敷が立ち並ぶが、それもかなりの間隔が空けられて土地をかなり贅沢に使われている。
そしてある一つの屋敷の前で俺たちは立ち止った。
「じゃあ頼んだよ」
俺はエルフの少女の不安を和らげようと優しく肩を叩いてあげる。するとエルフの少女は、意を決したように豪華な屋敷の前に進み出た。
「エ、エキナシアです! 元《斥候の勇者》を連れてまいりました!」
エキナシアが大声を張り上げて屋敷の門番に伝える。
門番は一瞬なにごとかと呆けたが、大慌てで屋敷の中へ去った。
しばらくして門番は戻ってきたがまだ門を開けないようだ。
「ア、アルバート子爵様から伝言です。貴女の連れてきた元《斥候の勇者》が本物であるという証明を見せよと……」
「うーん……じゃあこれでいいかなぁ?」
俺は『万能バッグ』から人間大のサイズを誇る巨大な象牙を取り出した。魔族が飼っていたAランクモンスター『バルドスキング』を倒した時の手土産だ。
しかしこのバルドスキングの象牙を元勇者としてアピールするのではなく、物理法則を完全に無視した『万能バッグ』が一番の証明になるだろう。
なにしろ『万能バッグ』は勇者の素質がある者にしか扱えないのだから────。
門番は踵を返して再び屋敷の中へと走って行き、今度は違う兵士が大慌てで門を開けて俺たちを敷地内に迎え入れた。
「アルバート様から入館を許可されました! で、ではご案内します!」
兵士についていくと、俺たちはまず豪華なシャンデリアのあるエントランスに通され、そこから右手の通路にある客間へと案内された。準備の良いことに、部屋の机にはお菓子とお茶が用意されていた。
「こ、ここでしばらくお待ちくださいとのことです。何かありましたら廊下にいる兵士にお申し付けください。では失礼します」
そう言い残して兵士は扉を閉めて去っていった。
俺はふっかふかのソファに遠慮なく座り、緊張しっぱなしのエキナシアを隣に座らせる。
「いやーようやく着いたね。ここまで来るのに一週間もかかっちゃった」
「は、はひっ! そそそそうですね……」
エキナシアは相変わらず縮こまっていた。以前話した時は元気いっぱいなアホな子というイメージがあったのだが、俺が探し人である元《斥候の勇者》だと明かすとすっかり委縮してしまっているのだ。
「ま……まさかユウトさんが《斥候の勇者》様だとは……」
「もうその話は終わったでしょ」
「知らずとは言えご無礼な言動の数々! どうかお許しください!」
「だからその話は終わったって」
フラッド町から王都に来るまでの間、耳に胼胝ができるほど聞いた謝罪に苦笑する。
別に気にしちゃいない。俺は勇者だったことを誇りに思うが、それと同時に疎ましい肩書とも思っている。
それに隠していたのは俺の方なのだからそこまで気にする必要はないんだけどね。
「それにしても、予想通り慌ただしそうに兵士さんたちが走り回っているね」
「そ、そうですね……」
今も扉の外では廊下を駆け回る音がひっきりなしに続いている。
まぁ無理もないだろう。
見つかるはずがないと高をくくっていた元《斥候の勇者》を見つけ出してしまったのだから。本来失敗しなければならないクエストなのに、成功させられては困るだろうな。
そこら辺の、アルバート子爵が立てたシナリオの簡単なあらましはエキナシアには話し終えていた。彼女はそれを聞き終えると、顔を真っ青にして「あわわわわ」としばらく震えていたなぁ。
そこで俺はある行動に移ることにした。
王都に来るまでの道のりであれこれと考えていた作戦だ。
「じゃあエキナシア、後は手はず通りに」
「は、はい! 僕頑張ります!」
作戦の全容はこうだ。
俺が《インビジブル》を使って屋敷を探り、アルバート子爵が黒か白かを見定める。限りなく黒に近いが全ては憶測でありグレーだからだ。後になってから後悔したくないので、白か黒かハッキリさせてから始末させたい主義なのだ。
その間、エキナシアには俺がいないのを何とかごまかしてもらう。
というのが本作戦の全容である。ガバガバすぎるがまぁなんとかなるだろう。
「《インビジブル》────」
スゥと体が身に着けているものごと消えていく。
《インビジブル》は昔から使い慣れた魔法だ。『遺物』であるグローブさえあれば20分は透明になれたのだが、今では5分くらいしか時間がもたないのが悩みの種である。まぁ普通の冒険者なら10秒もてば上出来とされるから5分も続けばいいだろう。
透明になった俺はそっと扉を開けて廊下を覗く。
ドアのすぐ隣には二人の兵士がいたが、何やら雑談していたので抜け出すのは容易だった。
そのままエントランスに出て、アルバート子爵がいるであろう場所へと向かう。
屋敷の見取り図も何もないが、夜だというのにどたどたとせわしなく走り回る兵士の流れが全てを物語っていた。
その中心地にアルバート子爵がいることは簡単に推測できる。
「……────!」
何やらエントランスの方から怒鳴り声がする。そして兵士たちもそこを中心にして屋敷の四方八方を走り回っていた。
不審に思い行ってみると、そこには数人の兵士たちに囲まれた恰幅の良い男がいた。質の良い指輪やネックレスをつけているので、おそらくあれが俺の平穏を脅かす元凶────アルバート・アッカーソン子爵か。
「あ、あり得ない!! あれだけ誰も彼もが血眼になって探した《斥候の勇者》が見つかるだと!!?!?! 可愛い可愛いエキナシアちゃんが嘘をついてるんじゃないだろうな!!!」
「た、確かに男は『万能バッグ』を持っていました! 勇者の素質がなければ使えませんから間違いなく本物です!」
既にエキナシアを我が物顔で喋りを進めているが……まるで勇者を見ているみたいで嫌な既視感を覚えた。
「なんで本当に《斥候の勇者》がフラッド町にいるんだあああぁぁ!!! おまけに愛しいローリエちゃんまで横から掻っ攫っていった貴族の暗殺に失敗しただとおおおぉぉ!!??」
「そ、それも、暗殺に向かった者から未だに連絡が付きませんから、もしかしたら返り討ちにあったのではと……」
どうやらアルバート子爵は、俺が今住んでいる家────もとい『魔窟の屋敷』の主はどこかの貴族のお坊ちゃまだと勘違いしていたらしい。
その主を暗殺してローリエを手に入れようと画策し、そのついでにエキナシアのクエストを失敗させるため『《斥候の勇者》はフラッド町にいるよ』と虚偽の情報を渡したんだろう。
エキナシアをの動向を監視できて、尚且つ暗殺もしローリエを手に入れられる。
完璧な作戦だったが……まさかその主が元《斥候の勇者》だとは夢にも思わなかっただろうな。
"偽で渡したはずの情報が真実でした"
なんてのは運が無さすぎて同情しちまいそうだが、二兎を追うものは一兎も得ず。今までのツケが纏まってやってきたのだと考えてくれ。
「し、失礼します!!」
そしてまたしてもドタドタと音を立てながら兵士が息せき切ってアルバート子爵の前に傅いた。
「アルバート様、ギルドからアルバート様宛に『《弓の勇者》フェンネル様がクエストを発注したのは本当か』という問い合わせが来ています! 私たちは、あくまでも情報提供という立場でしたが、やはり《弓の勇者》様の名を出したのはまずかったのでは……」
「だッ────黙れええぇッ!!」
そう告げる兵士の首から────まるで噴水のように鮮血が飛び散り、ごとりと床の上に頭が落ちる。周りの兵士にはどよめきが広がった。
興奮したアルバート子爵の手には宝石が散りばめられた剣が握られていた。
「どれだけ!! どれだけ私が我慢したと思っている!!?? 新しい奴隷が来なくなってからもう半年にもなるのだぞ!! 懐が大きい俺様にも限度というのがあるんだ!!!」
確かに懐は大きそうだ。……物理的にな。
しかしこれではっきりした。
"黒"だ。こいつ。真っ黒黒。
もう見定める必要はないな。
一部始終を覗き終えた俺はエキナシアが一人でお留守番している客間に戻っていった。




