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改『リディアの魔法学講座』~あなたたちを魔法が使えるようにしてみせる~  作者: 高瀬さくら
3.実習編

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127.守るその形

 キーファは、焦っていた。


 その焦りは、今まで経験したことがないものだった。


 ――この作戦に参加する直前、シリルがキーファに告げたことがある。


「今回の敵、恐らくリディは使い物にならねえ。出来るだけ早く撤退しろ」


 キーファはその理由を問いたかったが、頷くだけに留めた。


 必要ならばシリルは説明するだろう。

 だが浮かない顔の彼女は、あくまでも危惧だ、としか述べなかった。


 しかし、蜘蛛の巣から助けたリディアは明らかに様子がおかしかった。顔色が悪く反応が鈍い。勿論不気味な魔獣の餌になりかけたのだから、それはわかる。


 が、キーファの中で警鐘がなった。何かおかしい、何かよくない。

 彼女をここから離さないといけない、そう思った。


「――先生。ハーネスト先生!!」


 キーファは、囚われのリディアの名を呼ぶ。


 ウンゴリアント――それは有名なファンタジー小説から名づけられた魔獣。違う次元に住む虚無を喰らう蜘蛛、子孫を散らばし世界をいつしか征服することを夢見る悪魔だ。


 それを喰らったのが、コカトリスに寄生していたアメーバだという。意思がないそれは、コカトリスキメラの意識を持ち、今は全長五メートル。

 体表は、無数の触手で覆われて近づくことさえできない。

 

 リディアはその化け物の触手の中に、囚われていた。


「先生!!」


 リディアが触手の合間から、顔をこちらに向ける。苦しげに歯を食いしばるような顔が笑みを浮かべ、キーファにはかなり無理をしているのだとわかった。


「助けます、待っていてください!!」


 彼女は何かを答えようとしたのだろう。

 だが、いきなり目をぎゅっとつぶり、顔をしかめて唇を噛む。


 無数に動く触手の動きを見定めようとすると、どうやら胴体と手足に太い触手が巻きつき拘束しているようだ。


 だがキーファは顔をしかめた。

 彼女のワンピースの中にいくつもの触手が侵入するのが見える、リディアがいやいやと首を振る。


「――ハーネスト先生!」


 キーファはケイの炎を強引に押し返し、駆け寄ろうとする。


 彼女の側から離れるべきではなかった。


 そちらに駆け出しそうになる足を押し留めたのは、ケイの声だった。


「余所見とか余裕だね!!」


 キーファをやり込めたい、ただその敵対心しかケイから感じ取れない。

 目立ちたい、その気持ちが暴走しているのだろうが、あまりにもひどすぎる。


 さらに唱える請願詞を聞いて、キーファは眉をひそめる。


 それは、余りにもでたらめだった。四獣王のうちのひとつ、炎のアロガンスに魔法を請うものだが、そもそもそれは聖獣――神に近い存在だ。ただの人間には応じない。


 その上、呼ぶに値しない者がその名を口にすると、それ相応の報復をくらうともいわれている禁詞だ。


 だが、アロガンスの力を借りていると見間違うほど、ケイの炎の威力はすごかった。


 キーファは、なぜそれを自分が防げているのかもわからないぐらいだ。


 リディアから譲られた魔法剣をかざし、氷の魔法で防御壁を作り、炎を防ぐ。だが二つの魔法が衝突し、すさまじい水蒸気が立ち込める。

 

 キーファは目を細め耐える、汗が滴る。


 気を抜けば、すぐにケイの炎に巻き込まれるだろう。


(……ふざけるな!! こんなの……絶対に許さない)


 リディアはもうキーファを見ない、ぐっと目をつぶり耐えているだけ。


"ならば、この娘! 喰らって傀儡としてやろうぞ! 我が子の苗床になるがよい!"


 魔獣の声は、通信機を備えているキーファの耳にも届く。

 キーファは顔を歪ませて奥歯をギリッと噛みしめる。


 魔獣の宣言とともに、大量の蜘蛛の幼生が溢れ出る。それは魔獣の口から砂のように流れ出し、すぐに触手もろともリディアを飲み込み、ついでにざざざざと、津波のようにキーファたちに迫りくる。

 

 その瞬間、確かにキーファの耳にはリディアの悲鳴が聞こえた。


「先生!! 今、助けます!!」


 炎を防ぎながらキーファは叫ぶ。


 ケイは、迫り来る魔獣の幼生なんて気にもしないで、壮絶な笑みを浮かべながら、ただただ炎が高まるのを喜んでいる。


(彼女を、――リディアを、リディアを助ける!)


 迫りくる虫などどうでもいい。

 

 正直に言うと、ケイもどうでもよかった。

 

 ――ただ、リディアを救いたい。

 

 ぐっと魔法剣に魔力をこめると、まるで剣が求めるかのようにキーファの魔力を吸い取っていく感覚がある。

 

 キーファはそれを冷静に、自分の奥底からの魔力の流れを感じていた。

 

 ケイがまた炎を強くする。炎を受けて、彼の顔が照らされて異様な光を帯びる。

 

 二つの力を受けて、刀身から柄がブルブルと激しく震える。

 

 ――駄目だ、これ以上は。

 

 リディアが耐久度について述べていたが、これはもう非常事態だ。

 

 相容れない反発するだけの属性――ケイの炎と自分の氷の魔法を受けているのだ、限界を越えている。銀色の刀身は、今は白から灰色に変わり、ビシビシと嫌な音をたてている。


(――跳ね返せ、跳ね返せっ――)


 これぐらい、跳ね返せ!!


 そして、彼女を助けに行くのだ


「彼女を――、リディアを、俺は――」


"――――守って"


 ふわり、と柔らかな声が響く。


 同時にもはや灰色に変わり果てた刀身。

 キーファは確かにその亀裂が走る音を聞いた、ピシピシと不吉な音だ。そして明らかに魔法術式とは違う何かが重なる。


(俺は、こんなところで、こんなことをしている場合じゃない!!)


"――守って"


 鈴が鳴るような声は、背後から包み込んでくるかのよう。


"――守って"


 その声は、嘆願であり、同時に天上からの囁きのように厳かだ。


(俺は――、彼女を守る!!)


「――守ってやる! だから――力を貸せっっ」


 パンッと刀身が砕けた。

 氷のようにその刃が空気に溶けて、キラキラと光を残して消えた。


 キーファの眼前に、ケイの作り出した豪炎が迫る。見えるのはケイの邪悪な笑み。 


 キーファと背後の大樹を、その土地ごと焼こうとする炎が覆いかぶさってくる。


 だがキーファは、そのままの姿勢を崩さず、まるで刀身があるかのごとく柄を持ち、そのまま力を――魔力をこめる。


 ――炎はある。

 ――水もある。

 ――土も、風も。


 そしてこの砕けた――金がある。


"――水よ、炎を、土を、金を、風を"


 そして。背後の大樹に願う。


(偉大なる聖樹よ――あなたの力を!!)


 背後から流れ込む力――木の属性の主に力の限り声を放つ。


 その声は完全なリュミナス古語で、契約の言葉だった。


"――すべての属性、六なる力よ!! 我に、この災厄を、炎を消し去る守りの力を!!" 


 ふわり、と背中から温かい力が流れ込んでくる。それが身体をめぐりキーファの腕から砕けた魔法剣へ光が流れ込む。


(力を、邪悪を払う力を!!)


 "――魔を払う、――聖なる力を、我に与えよ!!"


「やれ――!! キーファ・コリンズ!!」


 どこからともなく命じる圧倒的な声が、キーファの耳に届く。


 キーファは剣を掲げて、六属性が提供するすベての力を吸い取り、そして剣を振り下ろす。


 ぶんっと音をたて風の抵抗を切り裂くと、太陽のように暴力的なまでの純粋な光が溢れて、全てを白く染めぬいた。

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