2. 鬼も蛇も見たことない
【山縣視点】
外国を知れ。
高杉はそう言った。
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外国を知る者が足りん。
大村もそう言った。
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言いたいことは分かる。
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たぶん。
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でも。
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(みんな、そんなに外国知っとるん?)
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山縣は少し疑問だった。
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城下を歩きながら考える。
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外国。
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異国。
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黒船。
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攘夷。
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最近よく聞く言葉じゃ。
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だが。
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実際に外国人を見たことがある者は、
どれくらいおるんじゃろう。
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その日の午後。
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山縣は城下の茶店におった。
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偶然ではない。
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聞き込みじゃ。
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情報集め。
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最近覚えた得意技でもある。
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「外国人ですか?」
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店主が首を傾げる。
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「見たことありますよ」
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山縣は少し身を乗り出した。
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「どんな人でした?」
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「鬼みたいでしたな」
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(出た)
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山縣は心の中で呟く。
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「鬼?」
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「背が高くて、目の色が違う」
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「なるほど」
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そのとき。
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隣の客が笑った。
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「鬼なもんか」
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一拍。
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「ただの人じゃ」
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店主が睨む。
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「お前、見たことあるんか」
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「長崎で見た」
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今度は山縣が振り向く。
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「どうでした?」
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「普通じゃ」
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「普通?」
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「飯も食うし酒も飲む」
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一拍。
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「ただ、でかい」
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店が少し笑いに包まれる。
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そのあとも話を聞いた。
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漁師。
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旅商人。
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浪人。
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みんな違うことを言う。
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「恐ろしい」
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「いや、気前がいい」
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「野蛮じゃ」
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「礼儀正しい」
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全部違う。
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(なんじゃこれ)
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山縣は頭を掻いた。
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(誰も同じこと言わん)
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そのとき。
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ふと思う。
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(これ)
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(誰も知らんのじゃない?)
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鬼だと言う者。
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人だと言う者。
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怖いと言う者。
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面白いと言う者。
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だが。
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本当に知っとる者は、
ほとんどおらん。
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知らんから、
想像で埋める。
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怖ければ鬼になる。
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興味があれば異人になる。
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その違いだけじゃ。
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夕方。
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山縣はその話を大村へ伝えた。
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「なるほど」
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大村は頷いた。
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「誰も知らんのです」
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「そうじゃろうな」
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あっさり返された。
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「驚かないんですか」
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「驚かん」
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一拍。
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「知らぬものを嫌うのは普通じゃ」
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静かな声。
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「じゃが」
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そこで大村は筆を置いた。
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「国は、それでは守れん」
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山縣は黙る。
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確かにそうじゃ。
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嫌いでもいい。
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怖くてもいい。
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だが。
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知らないままでは、
何も決められん。
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そのとき。
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障子が勢いよく開いた。
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「おーい!」
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高杉じゃ。
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相変わらずじゃ。
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「何しとる」
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「外国の話です」
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「ほう」
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高杉は笑う。
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「で、分かったか」
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山縣は少し考えた。
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そして首を振る。
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「全然」
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高杉が大笑いした。
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「上等じゃ」
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「え?」
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「知らんと分かったなら」
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一拍。
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「そこから始められる」
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山縣は少しだけ目を見開いた。
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知らない。
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それは恥じゃない。
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始まりなんじゃ。
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外では夕日が沈み始めていた。
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海の向こうは、
まだ見えない。
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でも。
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少しだけ。
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見ようとは思い始めていた。




