24.壊れるんは、悪いことばっかじゃないんじゃな
藩庁の空気は、
もう限界じゃった。
声。
怒鳴り声。
足音。
槍の音。
障子の開く音。
全部が混ざっとる。
でも。
(……崩れてる)
山縣には、分かった。
さっきまでとは違う。
これは。
(止まってるんじゃない)
(壊れてる)
⸻
「高杉を止めろ!」
「門を閉めろ!」
「俗論派はどうした!」
「もう抑えきれん!」
声が飛ぶ。
でも。
もう、誰も全部を聞いとらん。
(……分裂してる)
指示が、
組織の形を保てなくなっとる。
⸻
そのとき。
――がん!
大きな音。
誰かが、机を蹴倒した。
場が、一瞬で張る。
(……っ)
刀に手がかかる。
空気が変わる。
(やば)
山縣の背中が、一気に冷える。
(ここで抜いたら)
(終わる)
⸻
「もうよい!」
怒鳴り声。
年配の武士じゃ。
顔が真っ赤になっとる。
「高杉!」
一歩、前へ。
「お前のような者が!」
刀に手をかける。
(……っ)
周りも動く。
奇兵隊側も、
反射で構える。
空気が、
一気に“斬る側”へ傾く。
⸻
(ダメだ)
山縣は、反射で思う。
(ここで始まったら)
(“同じ長州”が終わる)
⸻
その瞬間。
高杉が、
ふっと前へ出た。
止める間もない。
(え)
しかも。
(刀、抜いてない)
⸻
「斬りたきゃ、斬れ」
静かに言う。
場が、止まる。
「じゃが」
一歩、前へ。
「そのあと、誰が長州守るんじゃ」
重い。
めちゃくちゃ重い。
⸻
「……っ」
年配武士の顔が、揺れる。
怒り。
悔しさ。
恐怖。
全部、混ざっとる。
⸻
「お前らは」
高杉が、静かに続ける。
「長州を守りたかったんじゃろ」
一拍。
「わしもじゃ」
空気が、変わる。
怒鳴り声が、消える。
⸻
(……あ)
山縣は、
そこで初めて気づく。
(敵じゃないんだ)
俗論派も。
藩士たちも。
みんな。
(守りたかったんだ)
方法が違っただけで。
⸻
そのとき。
年配武士の手が、
ゆっくり刀から離れた。
完全な沈黙。
そして。
「……もう」
一拍。
「止められんのか」
小さい声。
さっきまでの怒声とは、
全然違う。
⸻
「止まらんのう」
高杉が、
少しだけ笑う。
でも。
今までで、一番静かな顔。
⸻
その瞬間。
周囲の空気が、
ふっと抜けた。
張っていた糸が、
切れたみたいに。
刀を下ろす者。
座り込む者。
壁に寄りかかる者。
(……終わった)
山縣は、
ゆっくり息を吐いた。
⸻
でも。
その直後。
(……違う)
終わったんじゃない。
これは。
(壊れたんだ)
今までの長州が。
⸻
そのとき。
「山縣」
後ろから声。
大村益次郎。
「見えたか」
一拍。
「組織が、壊れる瞬間じゃ」
静かに言う。
山縣は、
少しだけ黙る。
怖かった。
本当に。
でも。
(……必要だったのか)
止まったままじゃ、
変われん。
回らん。
⸻
「壊れたあと」
大村が、ぽつりと言う。
「何を作るか」
一拍。
「そこからが、本当の仕事じゃ」
短い。
でも。
今までで、一番重かった。
⸻
山縣は、
崩れた空気を見渡した。
刀を下ろした武士。
息を吐く百姓。
座り込む足軽。
そして。
真ん中で、
笑っとる高杉。
(……ほんと)
(この人)
壊しに来たんじゃ。
でも。
(作り直すために)
山縣は、
ゆっくり息を吐いた。
夜明けの光が、
少しずつ、
長州を照らし始めとった。




