21.最初の一発、鳴ったら戻れんのよ
仕事が忙しくて、投稿できませんでした。飛んだ分は、まとめて投稿します。
誰も、動かんかった。
夜明け前。
湿った空気。
細い道。
向かい合う、二つの列。
こっちは、奇兵隊。
向こうは、藩兵。
でも。
(……同じ長州)
それが、
一番、胃に来る。
⸻
山縣の声は、
まだ空気に残っとった。
「同じ長州じゃろ!」
「取り返しに来たんじゃ!」
そのあと。
ぴたり、と止まった。
風だけ。
草の揺れる音だけ。
(……頼む)
山縣は、
内心で、何回も思う。
(撃つな)
(お願いだから)
⸻
そのとき。
「止まれ!」
向こうから声。
年配の武士じゃ。
槍を構えたまま、
こっちを睨んどる。
「何を企む、高杉!」
重い声。
でも。
(……迷ってる)
山縣には、分かった。
完全に“敵”の顔じゃない。
だから。
(まだ、いける)
⸻
「企む?」
横から、声。
――高杉晋作。
いつもの調子。
でも。
今日は少しだけ、静かじゃ。
「違うのう」
一歩、前へ。
「戻しに来たんじゃ」
槍の先が、
少しだけ揺れる。
(……動いた)
山縣は、見逃さんかった。
⸻
「藩命に逆らう気か!」
別の声。
若い。
緊張しとる。
怖いんじゃろう。
こっちも。
向こうも。
(……一緒だ)
そのとき。
かちり。
小さな音。
(……っ)
山縣の背中が、
一瞬で冷える。
(火縄)
向こうの一人が、
火蓋に手をかけとる。
(やば)
空気が、一気に変わる。
周りも、動く。
こっちの火縄組も、
反射で構え始める。
(……ダメだ)
(ここで鳴ったら終わる)
⸻
その瞬間。
山縣の頭に、
ふっと昔の景色が浮かんだ。
(……あ)
体育館。
文化祭準備。
男子同士の喧嘩。
誰かが机を蹴った瞬間、
全員、一気に声が大きくなった。
(最初の一発だ)
一回始まると、
止まらん。
(……同じ)
戦場も。
⸻
山縣は、
気づけば前へ出とった。
「撃つなぁ!!」
声が、裂ける。
全員が、一瞬止まる。
山縣は、そのまま叫ぶ。
「ここで撃ったら!」
一拍。
「もう、“同じ長州”に戻れん!!」
空気が、止まる。
完全に。
⸻
火縄を持った若い藩兵の顔が、
揺れる。
怖い。
迷い。
怒り。
全部、見える。
(……頼む)
山縣は、
まっすぐ、その顔を見る。
「お前も!」
一拍。
「長州、守りたいんじゃろ!!」
静寂。
風。
呼吸。
そして――
かち。
火蓋が、
閉じた。
⸻
(……っ!!)
山縣の喉が、小さく動く。
(止まった)
本当に。
⸻
その瞬間。
「……通せ」
低い声。
最初の年配武士じゃ。
槍を、下ろしとる。
「ですが!」
若い藩兵が振り向く。
「責任は、わしが持つ」
短く。
でも。
揺れん。
そして。
道の中央が、
静かに開いた。
⸻
(……開いた)
山縣は、
しばらく動けんかった。
(……ほんとに)
(開いた)
⸻
そのとき。
「おもろいのう」
横から声。
高杉じゃ。
めちゃくちゃ楽しそうな顔。
(……この人)
「撃たんで、通したか」
一拍。
「やりよる」
山縣は、
その場で、
へなへなと力が抜けそうになる。
(……無理)
(今の、寿命縮んだ)
⸻
そのとき。
「戦わずに通したか」
後ろから声。
大村益次郎。
「それが、一番強い」
短い。
でも。
今までで、一番、
静かに刺さった。
⸻
山縣は、
ゆっくり息を吐いた。
目の前。
開いた道。
その先。
長州の中心。
(……進める)
もう、
戻れん。
でも。
(まだ、長州だ)
山縣は、
そう思った。




