19.三十七で始めるんか――いや、始めたから集まるんか
雨は、
少しだけ弱くなっとった。
でも。
冷たさは、変わらん。
足も。
袖も。
草鞋の中まで、
とっくに濡れとる。
(……気持ち悪)
山縣は、そんなことを思いながら、
前を見とった。
⸻
木々の向こう。
ぼんやり揺れる灯。
そして。
黒い影。
(……着いた)
――功山寺。
ついに。
ここまで来た。
⸻
でも。
誰も、動かん。
門の前。
三十七人。
雨。
静寂。
そして――
(……少な)
今さら、
めちゃくちゃ少なく見える。
(これ)
(文化祭なら、クラス一個分だよね)
(いや)
(比べるな)
すぐ、自分でツッコむ。
(こっちはクーデター)
⸻
「山縣」
声。
――高杉晋作。
「はい」
「何人じゃ」
(……また?)
「三十七です」
一拍。
「変わってません」
高杉が、にやりと笑う。
「そうか」
それだけ。
(……だから)
(なんで落ち着いてんの)
⸻
そのとき。
伊助が、小さく言う。
「……来ませんかね」
一瞬。
全員が、黙る。
(……言うよね)
山縣も、
同じこと考えとった。
功山寺で合流する。
そう聞いとる。
でも。
(誰も、おらん)
灯りはある。
でも。
人の気配が、ない。
(……もし)
(誰も来なかったら)
胃が、
また、きゅっとなる。
⸻
そのとき。
高杉が、
ふっと前へ出た。
「来るじゃろ」
さらっと言う。
「……根拠は?」
気づけば、山縣が聞いとった。
(いや)
(聞くよね)
一拍。
高杉は、少しだけ振り向いて。
にやり、と笑った。
「わしが来た」
それだけ。
(……は?)
一瞬、
本気で意味が分からん。
でも。
次の瞬間。
(……っ)
ちょっとだけ、
笑いそうになる。
(なんだそれ)
(めちゃくちゃなのに)
(妙に、納得する)
⸻
「人はのう」
後ろから声。
大村益次郎。
相変わらず、気配がない。
「勝ちそうな方ではなく」
一拍。
「始めた方に集まる」
短い。
でも。
妙に、重い。
(……始めた方)
山縣の中で、
その言葉が残る。
(待つんじゃなくて)
(始めるのか)
⸻
そのとき。
――ぎぃ。
小さな音。
全員の顔が、上がる。
(……っ)
功山寺の門が、
ほんの少しだけ、開いた。
⸻
誰も、喋らん。
雨音だけ。
息だけ。
鼓動だけ。
⸻
門の隙間。
暗闇の中から、
一人。
また一人。
影が、現れる。
(……え)
一人。
二人。
三人。
五人。
十人。
(……っ)
山縣の喉が、小さく動く。
(来た)
しかも。
(増えてる)
⸻
「高杉殿!」
低い声。
武士じゃ。
しかも。
装いで分かる。
(……上の人たちだ)
⸻
「待っておりました」
一拍。
「我らも、共に」
その瞬間。
後ろで、
誰かが、小さく息を呑んだ。
伊助じゃ。
武士も。
町人も。
百姓も。
みんな、
少しだけ、背筋が伸びた。
(……来た)
本当に。
⸻
高杉が、
ふっと笑う。
「ほう」
一歩、前へ。
「遅いのう」
いつもの調子。
(……いや)
(この人、ほんと)
でも。
次の瞬間。
門の向こうから、
また、影。
また、影。
また――
(……増える)
三十七じゃない。
もう。
(……止まらん)
⸻
山縣は、
ゆっくり息を吐いた。
(……そうか)
集めたんじゃない。
(始めたから、集まったんだ)
そのとき。
高杉が、
ちらっと振り向いた。
「どうじゃ」
一拍。
「回りそうか?」
山縣は、
少しだけ笑った。
今までで、
一番自然に。
「……もう」
一拍。
「止まらん気がします」
高杉が、
にやりと笑った。
「じゃろうな」
⸻
そして。
長州は、
静かに、
動き始めた。




