18.誰も来んかったら――それでも、行くんじゃろ?
雨じゃった。
最悪じゃ――と、
普通なら思う。
でも。
(……隠れるには、悪くない)
山縣は、そんなことを考えとった。
(いや)
(感覚、おかしくなってきたな)
ちょっとだけ、自分で怖くなる。
⸻
山道は、ぬかるんどる。
足を取られる。
草は濡れ、
袖も、裾も、
とっくに重い。
でも。
誰も、文句は言わん。
(……静かだ)
静かすぎる。
雨音だけ。
足音だけ。
息遣いだけ。
(……何人)
山縣は、歩きながら数える。
前。
横。
後ろ。
(……三十七)
出る前は、四十三。
(六人、来てない)
思ったより、少ない。
いや。
(むしろ、よく来たな)
そんな気もする。
⸻
「山縣」
前から声。
――高杉晋作。
雨の中でも、
あの人だけ、妙に楽しそうじゃ。
(……なんなん、この人)
「はい」
「何人じゃ」
(やっぱ聞くよね)
「三十七です」
一拍。
「六人、来てません」
高杉は、少しだけ空を見る。
雨。
真っ黒な空。
そして。
「そうか」
それだけ。
(……え)
(怒らないの?)
(焦らないの?)
一瞬、拍子抜けする。
⸻
「ええんですか」
気づけば、口に出とった。
高杉が、ちらっと振り向く。
「何がじゃ」
「……減ってます」
一拍。
「来るって言ってた人も」
「来てません」
雨が、ぱたぱた落ちる。
高杉は、少しだけ笑った。
「当然じゃろ」
(……え)
「怖いんじゃ」
さらっと言う。
「わしも、お前も」
一拍。
「来んやつも、同じじゃ」
静かじゃ。
でも。
妙に、すとんと落ちる。
(……あ)
(責めないんだ)
来なかった者を。
(この人)
(そういうとこ、あるんだな)
⸻
そのとき。
「三十七で足りる」
後ろから声。
大村益次郎。
(……また気配ない)
「多すぎても、潰れる」
一拍。
「今は、十分じゃ」
短い。
でも。
揺れん。
(……あ)
山縣は、そこで気づく。
(選んだんじゃなくて)
(残ったんだ)
覚悟した者だけが。
(……それでいいのか)
いや。
(それがいいのか)
⸻
そのとき。
前を歩いとった伊助が、
ふっと立ち止まった。
「……どうした」
山縣が聞く。
伊助は、前を見たまま。
「……灯りです」
一拍。
全員が、止まる。
(……っ)
山縣の喉が、小さく動く。
木々の向こう。
遠く。
ほんの、小さく。
揺れとる。
(……功山寺)
ついに、来た。
⸻
誰も、喋らん。
雨音だけ。
息だけ。
鼓動だけ。
(……怖)
今さら、
また、胃が痛くなる。
(ここから)
(ほんとに始まる)
⸻
そのとき。
高杉が、くるっと振り向いた。
雨で、髪も顔も濡れとる。
でも。
笑っとる。
いつもの、あの顔。
「誰も来んでも」
一拍。
「わしは、行く」
静かに言う。
でも。
全員に届く。
「三十でも」
「十でも」
「一人でも」
一歩、前へ。
「長州、取り返すんじゃろ」
その瞬間。
雨の冷たさが、
少しだけ消えた気がした。
(……っ)
山縣の背中に、
何かが走る。
(……ずるいなあ)
(そういうの)
(断れなくなるじゃん)
でも。
口元が、少しだけ緩む。
⸻
「……人数」
山縣は、ゆっくり言った。
「三十七」
一拍。
高杉が、にやりと笑う。
「十分じゃな」
山縣も、
小さく頷いた。
(……うん)
(回る)
今度は、
本当に。
⸻
そして。
三十七の足音が、
雨の中、
静かに動き始めた。




