15.守るために作ったんじゃない――取り返すためじゃ
その夜は、妙に静かじゃった。
風もない。
虫の声すら、遠い。
焚き火だけが、ぱちぱちと鳴っとる。
(……静かすぎる)
山縣は、小さく息を吐いた。
昼の言葉が、まだ残っとる。
「藩が、お前たちを選ぶか」
「潰すか」
(……潰す、か)
軽く言ったわけじゃない。
あの役人は、本気じゃった。
(つまり)
(次は、こっちが選ばれる番)
視線を、火に落とす。
(……なんか)
(文化祭の最終日前みたい)
全部が回り始めて、
でも。
何かが起こる前の、あの感じ。
(いや)
(こっちは死ぬんだった)
すぐに、自分でツッコむ。
⸻
「何、難しい顔しとるんじゃ」
横から声。
――高杉晋作。
酒くさい。
(……飲んでる)
「してません」
「しとる」
にやにや笑っとる。
(……この人)
でも。
今日は、少し違う。
笑っとるのに、
目が、あんまり笑っとらん。
(……あ)
(決めてる顔だ)
山縣は、少しだけ背筋を伸ばした。
「……最初から」
一拍。
「こうするつもりだったんですか」
高杉が、酒を一口飲む。
「何がじゃ」
(絶対、分かってるよね)
「奇兵隊です」
まっすぐ言う。
「百姓を入れて」
「武士を動かして」
「藩の命令じゃなくて」
一拍。
「責任で回して」
焚き火が、ぱち、と鳴る。
「……全部」
少しだけ、間。
「ここに来るためだったんですか」
沈黙。
長い。
高杉は、すぐには答えんかった。
(……あれ)
(珍しい)
そのあと。
「守るためじゃない」
ぽつり、と言う。
山縣は、顔を上げる。
「……え」
「奇兵隊は」
一拍。
「守るために作ったんじゃない」
高杉が、火を見る。
今までで、一番静かな顔。
「取り返すためじゃ」
短く。
でも。
その一言で、空気が変わった。
(……取り返す)
何を。
答えは、すぐ分かった。
(藩か)
長州。
上。
決められんやつら。
現場を見んやつら。
(……この人)
(最初から)
山縣の背中に、何かが走る。
(戦のためじゃなかった)
(政のためだった)
そのとき。
「ようやく、気づいたか」
後ろから声。
大村益次郎。
(この人、ほんと気配ないな)
「軍とは」
一拍。
「敵を倒すためにあるのではない」
静かに続ける。
「政治を動かすためにある」
短い。
でも。
今までで、一番重い。
(……政治)
山縣は、小さく息を飲む。
戦じゃない。
組織でもない。
(その先か)
⸻
「怖いか?」
高杉が、ふっと笑う。
でも。
目は、真っすぐじゃ。
(……そりゃ)
山縣は、少しだけ考えて。
「めちゃくちゃ怖いです」
正直に言う。
一拍。
高杉が、ふっと笑った。
「ええのう」
(またそれ)
「怖いのに」
一歩、近づく。
(だから近いって)
「逃げんやつが、一番使える」
(使えるって言ったな、今)
思わず、少しだけ睨む。
でも。
逃げたいとは、思わんかった。
不思議と。
そのとき。
「三日後じゃ」
高杉が、さらっと言う。
(……え)
「は?」
「取り返しに行く」
にやり、と笑う。
「長州をな」
焚き火が、ぱち、と弾けた。
山縣は、しばらく何も言えんかった。
(……三日?)
(いやいやいや)
(準備とか)
(根回しとか)
(資料とか)
一瞬、頭の中に、
文化祭前日の徹夜準備みたいな景色が浮かぶ。
(……いや)
(こっちはクーデターだ)
山縣は、ゆっくり息を吐いた。
(……ほんと)
(この人)
でも。
口から出たのは、
もう別の言葉じゃった。
「……回るんですか、それ」
一拍。
高杉が、にやりと笑う。
「回すんじゃろ?」
山縣は、思わず空を見た。
(……出たよ)
でも。
口元が、少しだけ緩んだ。
(……やるしかないか)
そう思った。




