4.前提が違うと、回るもんも回らんのじゃ
戦のあとの空気は、重かった。
静かじゃが、落ち着かん。
誰も、大きな声を出さん。
視線だけが、あちこちに動く。
(……さっきのままじゃない)
山縣は、そう感じとった。
動きは止まってない。
でも、軽さがない。
(回ってる、けど)
(前とは違う)
足りんのは、分かっとる。
でも、それが何かは、まだ言葉にならん。
(……なんで止まった)
さっきの場面が、頭に残る。
指示が通らん。
迷いが出る。
動きが止まる。
(前提が崩れた)
そこまでは分かる。
(でも)
(どうすればいい)
考えようとして――
止まる。
(……分からん)
初めて、そう思った。
今までは、何とかなった。
分ければいい。
揃えればいい。
見えるようにすればいい。
でも。
(今回のは)
(それじゃ足りん)
答えに届かん。
そのとき。
「それは、前提が違う」
声がした。
すぐ後ろ。
振り向く。
見慣れん顔。
背は高くない。
派手でもない。
でも――
視線が、まっすぐすぎる。
「……誰ですか」
思わず聞く。
「医者じゃ」
あっさり言う。
「いまは、少し違うが」
それだけ。
名は、まだ言わん。
(なんだこの人)
山縣は、少しだけ構えた。
「前提が違う、とは」
聞き返す。
男は、さっきの場を指すように視線を向ける。
「さっきまでは」
一拍。
「同じものを見ておった」
「同じ命を前提にしておった」
静かに言う。
「だから、回った」
山縣は、黙って聞く。
「今は違う」
短く言う。
「命が割れておる」
「どちらに従うか、決まっておらん」
一瞬、言葉を選ぶ。
「その状態で、同じやり方を使った」
一拍。
「そりゃ止まる」
(……ああ)
山縣の中で、さっきの感覚が繋がる。
(そういうことか)
分かっていた“現象”が、言葉になる。
(前提がない)
(だから回らない)
でも。
(じゃあ、どうする)
そこが、まだない。
「なら、どうすればいい」
山縣は、そのまま聞いた。
男は、少しだけ間を置いた。
「前提を作る」
あっさり言う。
(前提を、作る?)
「命がないなら」
「どちらに従うか、決めるしかない」
一拍。
「戦場で」
静かに続ける。
「考えさせるな」
短い。
でも、重い。
(……あ)
山縣は、一瞬で理解した。
(迷わせたら、止まる)
さっきの自分たち。
まさにそれじゃった。
「判断を減らす」
男は続ける。
「選ばせるな」
「動かせ」
(……)
言葉が、すとんと落ちる。
山縣は、何も言えんかった。
(……一段、上だ)
自分が考えていたのは、
どう回すか。
でも、この男は、
回る“前”を見ている。
そのとき。
「おう」
軽い声。
――高杉晋作が来る。
「来とったんか」
知っとる口ぶり。
(知り合い?)
「話はしたか」
男が、少しだけ頷く。
「途中までな」
短い。
高杉が、にやりと笑う。
「ええじゃろ」
「分かりやすい男じゃ」
(いや、全然分かりやすくないけど)
山縣は内心で思う。
「名は」
改めて聞く。
男は、少しだけ間を置いてから言った。
「大村益次郎」
それだけ。
余計なことは言わん。
(……この人か)
どこかで聞いたことがある。
でも、実感はない。
ただ――
(やばい人だ)
それだけは、分かる。
「どうじゃ」
高杉が、山縣を見る。
「回せそうか」
(……さっきと同じこと聞くなあ)
でも。
今は違う。
さっきより、少しだけ見えている。
「……回す前に」
一拍。
「決めます」
短く言う。
「迷わせないように」
高杉が、にやりと笑う。
「ええのう」
満足そうじゃ。
大村は、何も言わん。
ただ、少しだけ視線を外した。
それが、肯定の代わりのように見えた。
山縣は、静かに息を吐いた。
(……回すだけじゃ足りん)
(前提から作る)
そこまでやって、初めて。
(戦になる)
山縣は、そう思った。




