喉から手が出るほど欲しい
少女はおそらく『上位魔女』だが、それを自覚していないのだ。
そんなことは絶対にありえない……とは言い切れない。
私は自身を『上位魔女』だと自覚していない『上位魔女』に出会ったことがないので、自信を持ってこの少女が『無自覚上位魔女』だとは言えないが……
ただ、いくら魔力に秀でた『上位魔女』であっても、知識がなければ魔法は使えない。
例外として『真の魔王』だけは、知識がなくても直感でとんでもない魔法を使う、規格外すぎる異才の持ち主ではあったが……
まさか『真の魔王』の生まれ変わり……?
それにしては迫力もないし『自動魔力防御』こそ機能しているようだが、魔銃ごときにビビっている。
仮に『真の魔王』の生まれ変わりだとしても、過去の記憶が呼び覚まされて、またバカな行動に出ない限りは実害はない。
つまりこの『無垢で真っ白な魔王の生まれ変わりかもしれない膨大な魔力を保有している上位魔女』を、言葉巧みに私の都合のいいように育て上げれば『真の魔王』が覚醒しても、私への温情が上回るかもしれない。
そうなれば、その膨大な魔力を私のために利用できるし、魔導研究用の魔力をわざわざ買う必要もなくなるな……
……よし。
これは大きな賭けになるが、成功すれば私はとんでもない魔導素材を手に入れられるかもしれないが、失敗すれば……
私は少しだけ息を吐いて、自分に落ち着くように言い聞かせる。
そして少女の機嫌を損ねないよう、細心の注意を払いつつ、口車に乗せる作戦を実行する。
「喜んでくれてよかったよ。
ところで、君はここで生活をしているみたいだが、どういった事情が?
あぁ、話したくなければ無理にとは言わないが」
まずは少女に付け入る隙を見つけていく。
「えと……私はお金をあまり持っていないので普段は野宿をしているのですが、今回は屋根のある小屋を見つけられたので、しばらくはここにいようかなと」
「ふむ」
飴玉の恩なのか、特に答えを渋ることはなかった。
それに、答えに迷いがなく、目が泳いだ様子もないので、本当のことを言っているのだろう。
嘘が得意という可能性もあるが。
「ちなみに、どれくらい滞在してから別の土地へ移動する予定なんだ?」
この答え次第で、まずは『魔女である』という可能性がグッと高くなる。
「そうですね……
場所にもよりますが、今回はいい場所を見つけられたので、5年……いえ、それよりもうちょっとでしょうか」
少女は少し宙を見上げてから、そう答えた。
そして『今回は』と言ったのだ。
あくまで見た目の年齢で判断するが、この年の少女が何度も同じ場所で5年も過ごすなんてことはありえない。
見た目が変わらない魔女が決まったサイクルで移動するのは『魔女あるある』だ。
変な噂が広がって『魔女狩り』に狙われたら一巻の終わりなのは『魔王戦争』以降から変わりない。
なので、私だって本当に長くても10年も同じ場所に住めば移動する。
「しかし現状を見るに、かなりギリギリの生活を送っているのでは?
この小屋には照明のようなものはなさそうだし、窓は割れて雨風も入ってくる、寒さも暑さも凌げない」
私はできるだけ心配している風を装うが、少女は困っていそうな態度を一切見せない。
「大丈夫です。この生活も長いので、そこは慣れたものです」
気持ちはわかる。
私も逃亡生活が長かったので、慣れてしまえば屋根と壁があるだけでも快適に過ごせるというものだ。
それに徐々にではあるが、廃屋を綺麗にする魔術も開発できて、野宿の最終段階ともなれば、どこで生活しようが快適に暮らせるようになっていた。
だからこの廃屋を選んだのだ。
ただ、この自信に満ちた答えでは、生活の不便には付け込めないか。
では食事面ではどうか。
「ところで、ちゃんとした食事は久しぶり、と言っていたが、普段の食事はどうしているんだ?
虫とか草や木の実を食べているのか?」
少女は昼間、固そうなパンと水を口にしていた。
お金はあまり持っていないと言っていたので、年に数度の贅沢だったのかもしれない。
もちろん窃盗という手段もあるが、それが常にできるのなら、こんな生活はしないだろう。
「い、いえ! 木の実は確かに美味しいですが、でも私、魔法で食べ物を作れるので、食事には困っていないんです」
……こいつ、今なんて言った?
もしかして『魔法で食べ物を作る』って言ったのか?
私の聞き間違えじゃなければ、魔法の歴史上、ぶっちぎりの重大発言なんだが?
私も昔、研究したことはある。
しかし魔力は魔力。食料っぽい見た目は作れるが、当然栄養は取れないので、魔法の食事で生きていくことは絶対に不可能だ。
それは私が知る、過去の上位魔女でも不可能だった。
それをこの少女は可能にしていると?
もはや『無自覚上位魔女』という言葉では片付けられなくなってきたぞ……
この規格外……魔導素材として……うへへ……おっと、ヨダレを垂らすのはまだ早い。
「えと……その、食べ物を作るっていう魔法を見せてもらうことはできるだろうか?」
私は内心のソワソワ、ウキウキ、ワクワクという感情を、今まで生きてきた中で、一番必死に抑えて平静を装いつつ、少女にリクエストする。
「はい。構いませんよ」
少女は自身の魔法を『超異常魔法』だと気づいていないのか、私のリクエストに快く応じてくれる。
その異常性から、何か特殊な儀式的なもの、あるいは魔術を使うのかと思っていたが、少女はただ右手のひらを上に向けただけ。
そして、特に気合いを入れることもなく、すっ、と瞬時にその手の上にパンが作り出された。
その瞬間、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
……はあ……はぁ……落ち着け……おちつけ……
マジか……幻覚とかじゃないよな? これ魔導回路とかどうなってるんだ?
あぁ……今すぐ手に取って穴があくほどじっくり見てみたい……
「ふぅ……ふ……」
「あの……大丈夫ですか?」
「え!?」
「ちょっと顔が赤いので、体調でも崩したのかなと」
「あ、あぁ……大丈夫だ……ここまで歩いてくるのにちょっと疲れただけだから」
「そうですか。それならいいのですが」
危ない危ない……私の魂の歓喜が思わず外に出ていたようだ……
今一度冷静になって……
落ち着き、改めて少女が作り出したパンを見てみると、現代のふわっともちもちしたパンではなく、むかーしのいかにも硬そうな黒パン。
これは、町中で初めて見た時と同じものだ。
それに、見た目はまさしく本物のパンであって、その練度は異常に高く、本物と並べても絶対に区別がつけられない。
これを応用すれば、魔術を持ち歩く必要もなくなるし、他にも使い方色々……
ヨダレ……また……我慢しろ……
少女の信頼を勝ち取るために、もっと少女に寄り添うのだ。
「なぜそのような魔法が使えるようになったんだ?」
こんなものは当然、身につけようと思って身につけられるものではなく、才能で片付けられるものでもない。
もしかすると、身につけたというより、漫画のように神様から与えられた能力なのではないだろうか?
まぁ、神様なんて信じてはいないが、目の前の奇跡を見てしまうと、その考えも揺らいでしまう。
「実は、私は貧しい村の出身でして、食べるものにはいつも困っていました。
なので、たまに食べられるパンとスープがご馳走だったのです。
だから私は、いつでも食べられればいいな、とずっと思っていたのですが、私のような子供ではなかなか稼ぐこともできませんし」
まだ普通の話だな。貧困問題はどの時代でも解決しない。だからといって、私が解決しようとも思わないが。
「そこで魔法でなんとかできないかな、と思いまして」
ん?
「でも私の村には魔法に詳しい人がいなかったので、一人で一生懸命練習していました。
するといつの間にか作れるようになっていました」
才能! 超才能! すげー素材見つけた!
これも私の日頃の行いが良かったってことだよな!
「……にゃるひょど」
やば……ニヤニヤしすぎて口がうまく回らない……
でも、そんな苦労話を笑顔で聞くのはダメだ。
私は悲しい風を装って口元に手を当てる。
問題は、なぜそんな才能の塊である少女が、一人で野宿を繰り返しているのか?
貧しい村だというから、教育を受ける機会がなかったか。となれば、魔法に関する詳細な知識はないから、それを利用した金儲けの手段も思いつかなかったか?
これは付け入る隙が大きいぞ。
もっと少女を心配する風を装い、信頼を勝ち取れば私の勝ちだ。
ぐへ……ぐへっへっへ……




