接近戦は断固拒否
セイヴィアークが手に入らなかったことは、今後思い出すだけで怒りと悲しみに襲われそうなので、ヒョロガキ家が持つ全ての魔術、とまでは言わないが……いや、言ってもいいか……セイヴィアークに内包されていたであろう魔力量の三倍ぐらいに相当する魔術は要求しなければ腹の虫が収まらない。
まぁこいつがどれくらいの金持ちかはわからないが、もしかすると喜んで差し出してくるかもしれない。
それはそれでよし。
そう思うと、この険しい道のりだってワクワクしていた行きと同じぐらいのテンションで戻っていける。
とはいえ、きついのきついので、ヒョロガキには、しゃべりかけるな、と釘を刺しておいた。
それまでずっと喋りかけてきていたからな。この道を喋りながら歩く余裕はないぞ。
まぁこのヒョロガキ。行きは魔術を使用していたと言っていたので、それが使えないとなるとあっという間に体力が底をついたようで、何度か休憩を挟むことになった。
……私より体力ないとか、どこに男としての魅力を感じればいいんだろうか?
あ、魔術か。
それと私の前ということもあってか、お供の二人に担いでもらうようなこともなかった。
その二人は相変わらず一言も喋らず、息も乱さず、汗すらかいておらず、もしセイヴィアークを巡って争うことになれば、正面からだとちょっときつかったかもしれない。
その点はヒョロガキの好意に感謝するべきか……いや、極刑に値する愚かな行為は絶対に許せないので、やっぱり感謝しない。
ちなみに、この魔導衣服は汗をかいてもブラスケしないどころか、超速乾のレベルが通常衣服の十倍はくだらないので、汗でべとつくこともないし、匂いだって気にならない。
まぁ私は汗をかいてもいい匂いがするけど。
バス停に到着し、私の呼吸が整ったタイミングで、ヒョロガキはライセル・イグナードと息も絶え絶えで名乗ったので、期待感を煽るために、
「早くライセルの家に行きたいなぁ」
と、ちょっと甘い声を出してやった。
「もう少し! もう少しの辛抱を! きっとルシアさんの望むものがあるはずですから!」
……声でっか……
というか、金持ちっぽいから迎えを期待していたのだが、結局バスで移動するのかよ……
まずはレネーヌに戻り、そこから乗り換えて十分程度。
金持ちを連想させる、どこまでも塀に囲まれ見渡す限りが敷地……なんとこはなかったが、バスを降りて目の前に見える、一般的な一軒家のおよそ三倍ぐらいの大きさの家と庭、ここがライセルの実家らしい。
「ご苦労さま」
と、ライセルが右手を軽くあげると、お付きの二人は姿を消す……消す?
……え?
魔力反応らしきものは感じられなかったので、肉体レベルでアレなのか?
……正面からやりあわなくてよかった……
魔女の中でも下の下、とはいえ、人間の魔力量トップを超えたからこその魔女化なので、こと魔力に関して人間に負けることはない。
ただ全ての魔女が接近戦も得意、というわけではく、殴り合いにでもなったら、私は人間の一般格闘家にだってワンパンノックダウンさせられてしまうぐらいには弱い。
今回は緊急事態だったため、準備もそこそこで姿を現したが、本来の私のやりかたではない。
戦闘にならなくてよかった、とはいえ、運がいいとは全く思わない。
そもそもライセルに目をつけられたのが不幸の始まりだよな……
さぁ、その不幸を巻き返せるか?




