アミ
まばゆい光の中で目が覚める。もう朝みたい。久しぶりにこんな時間に起きた気がするわ。ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。
人の気配はない。リアンが私の存在を他の人に伝えているということはなさそうね。最も、そんなことをしたら解毒剤を叩き割ってやるのだけれど。
……リアンは今、何をしているのだろう。昨日はありきたりな日常を送っているなどと言っていたが、それが本当だとは限らない。私に成り代わろうとするぐらいだ。私を騙すことなどわけないはずだ。
リアンを見張らなくては。これ以上、あの子の好きにはさせてはいけない。
私は家の方へと歩き出す。木々に紛れ、音を殺し、慎重に向かっていく。誰かに私の姿を見られたら、大騒ぎになる。いくらこの島の人口が少ないとは言っても、気を配るに越したことはない。
家に着くと、リアンとアミの姿が見える。玄関越しに何か話をしているようだが、遠くて聞き取れない。私は気付かれないように、茂みに隠れながら、そっと二人の元へと近づいていく。
「ねえ、フゥテ」
急に私の名前が呼ばれて、ドキリ、としてしまう。私の存在に気づいたのか、と思ったが、アミは私の方向など向いていない。アミが話しかけているのはもちろんリアンだ。私ではない。
「花が咲いてるよ」
「えっ、花?」
リアンはわざとらしくキョロキョロと周囲を見渡す。
「違うよ、こっちこっち」
アミが指差すその先に、アロエのような多肉質な葉の間からにょきにょきと、細く頼りない幹が高くそびえ立っている。その幹に枝分かれして、丸っこい果肉の塊が規則正しく生え並ぶ。その様子はまるで間引きしすぎてしまった盆栽のようだ。
その房をよく見ると、黄色い触手みたいな物体がにょきにょきと天を目指して伸びている。アミが言っている花というのはきっとこの触手のことなのだろう。
「こんなに目立っているのに気が付かなかったの?」
「あれっ? なんでだろー。呆けてたのかな?」
あははー、とリアンはごまかし笑いをする。
「……リュウゼツランね」
「リュウゼツラン?」
「そう。なんでも、四十年に一回しか咲かない珍しい植物……なんだって。昔、フゥテが教えてくれたじゃない。そんなことも忘れちゃったの?」
そう、この植物は私の生まれる前から植えられている。なんでも、お母さんが生まれた記念に植えられたものらしい。花が咲くと、こんな風になるのか……正直あまりきれいとは言い難い。あくまで四十年に一回、咲くことに意味があるのかもしれない。
「違うよ、ちゃんと覚えてるよー。最近また植えなおしたばっかりだし」
「植えなおしたの?」
「うん。なんでも、私が無事に帰ってきた記念にしたいんだって」
「それは……そうよね……」
「アミ?」
「ううん、なんでもない。ただ、また四十年後も、二人で一緒に見れたらいいなって、そう思っただけ」
そう言うと、アミは恥ずかしそうに顔を背ける。
「だって、フゥテがまたいなくなっちゃったら嫌だから。また四十年後も、一緒にいて欲しいから、だから」
「いなくなったりしないよ」
「でも」
「心配しすぎだよ、アミちゃん。確かに急な病気で驚かせちゃったかもしれないけど、もう大丈夫だよ。ずっとアミちゃんのそばにいるから、ね?」
じゃあ、とアミが不安そうな声を上げる。
「最近、夜にどこへ行っているの?」
「夜? 別に出かけてなんてないよ」
「私、見たの。フゥテが夜、森のほうへ出かけていくのを」
「えー、そんなことないよー。アミちゃんの気のせいだってば」
リアンがちらりとこちらの方へと視線を向ける。私は慌ててその場に屈み込み、視界に映らないようにする。リアンにバレたのか。
「目が泳いでいる。誤魔化そうとしても駄目なんだから」
「あはは、誤魔化してなんてないよー」
それでねー、とリアンは私の存在など気にも留めずに話を進める。
「私からもアミちゃんに話があるの!」
「話?」
アミは不思議そうに首を傾げる。
「もしも、だよ。私が人間とは思えない、化物みたいになっちゃったら、それでもアミちゃんは友達でいてくれる?」
頭の中が真っ白に染まる。ツー、と背中に冷たい汗が伝っていく。何だ、こいつ。なんてことを言い出すんだ。私がいることに気づいていて、それでわざとその話題を出したのか。
「どこか具合が悪いの?」
「失礼な! 私は本気だよ―」
彼女たちの軽快なやり取りも、どこか上滑る。
「で、どう思うの? アミちゃん」
「そんなの決まっているよ」
震えが止まらない。止めて欲しい。私をこれ以上傷つけないで欲しい。これ以上は、私は、もう……
アミがリアンに近づいて、そして――
「友達に決まってるよ」
リアンに思い切り抱きついた。
「ちょっと、アミちゃん。くすぐったいよ」
きゃー、と嬉しそうな悲鳴を上げるリアン。
大人しいアミとは思えない大胆な行動に、私は戸惑いを隠せない。
「私をからかった罰よ」
「じゃあ、本気じゃないの?」
「ううん、そんなことないよ。フゥテが犯罪者になっても、記憶がなくなっても、人を殺したとしても、例え化物になったとしてもね」
アミはリアンの髪を撫でながら、そっと囁く。
「私はフゥテの味方だよ」
泣き出してしまいそうだった。今すぐ、ここを飛び出して、アミに叫びたい。私はここにいると。あなたの親友は私なのだと。でも、それは叶わない。アミの親友は化物のフゥテじゃなくて、人間のフゥテ。私じゃない。
確かに、化物であっても、私を認めてくれると、彼女はそう言った。でも、それはあくまで、フゥテが一人の場合だ。今は人間と化物の、二人のフゥテがいる。アミはどちらを選ぶだろう。
……もちろん、人間のフゥテを選ぶに決まっている。化物なんて……私なんて、選択肢にも入らない。
どうして、私はここにいるのだろう。大切な人たちが幸せでいるのなら、それでもいいのではないか。私はもう、この世に必要ないのではないか。
……嫌。そんなの冗談じゃない!
どうして私が、不幸にならなければならないの?
私の家族を、友達を、奪った奴がのうのうと生活しているというのに!
ねえ、どうして!
許さない。リアン、あなただけは絶対に許さない。
「なんだか……ドキドキするね」
「アミちゃん?」
アミがリアンの首元に顔を近づける。。
「フゥテの匂いって、こんなに良かったかな」
「ちょっと、背中を撫でないでよ。くすぐったいって」
「私ね、フゥテが帰ってきて、本当に嬉しかったの」
「わかったから、ちょっと落ち着こう、ね?」
「それに、帰ってきたフゥテってなんだか不思議なの。何というか、私のして欲しいことを察してくれるというか……」
相変わらず馬鹿なことをするけどね、とフゥテがくすくすと笑う。
「でも、それが何と言うのかな、すごく愛おしいの」
「あの、アミちゃん、落ち着いて……」
「何でかな、今まで以上にあなたのことが――」
バキッ、と枝がへし折れる。その音に、二人が一斉にこちらへ視線を向ける。
「何の音?」
「そ、それよりさ、アミちゃん。そろそろ抱きつくの止めよ? なんだか熱くなってきちゃった……」
「あっ、ごめん。フゥテ」
お互いに抱擁を解く二人。今までのことを思い出しているのか、アミの顔は真っ赤に染まっていた。
「それより、ほら。そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」
「え、ええ。それもそうね」
行きましょう、リアン。そう言って、二人はこの場を離れる。
私を置いて、二人はいなくなる。……残された私は、行き場のない怒りに身を震わしていた。




