経過報告
「フゥテ」
誰かが私を呼んでいる。聞いたことのある声だ。その口調は優しく私に呼びかけるようで、なんだかとても懐かしい。
「フゥテ」
私の名前を呼ぶのは、一体誰なんだろう。ここまで出てきているのに、思い出せない。とても、大切な人だったはずなのに。
お母さん? お父さん? それとも、アミ? ……誰でもいい。誰か私を助けて――
「フゥテ!」
目を覚ますと、目の前にリアンが立っている。酷く汗をかき、表情も優れない。辺りを見渡すと、もうすっかり暗くなっている。一日中寝ていたようだ。
「苦しそうね」
「ごめん、なさい……治す方法を見つけられなかった」
「ああ、何? そんなこと?」
別に期待なんてしていない。そんなに簡単に見つかるなら、施設にいた頃にすでに治療されているはずだ。私はただ、この子が苦しむ姿を見たいだけ。私だけが不幸になるなんてありえない。
この子も道連れにさせなければ、気が済まない。ただそれだけ。
「ほら、飲みなさい」
リアンに解毒薬を差し出す。リアンは震える手で、瓶を開け、とろみのある液を少しだけ口に含む。
「それだけで大丈夫なの?」
純粋な疑問を口にすると、リアンはコクリ、と頷く。
「そこまで飲まなくても平気な薬だから」
そう言って、薬と手提げ袋を私に手渡す。
「何? これ?」
中を覗くと、パンに缶詰、リンゴなど、適当な食料が詰め込まれている。
「お腹が空いているだろうと思ってもってきたの」
そう答えるリアンの顔色は随分と良くなっている。薬を飲んだおかげか、だいぶ血色が戻ってきたようだ。
「何? 罪滅ぼしのつもり?」
そんなことをしても、私の怒りが収まるわけがない。そんなこともわからないの?
「いらないの?」
「そんなわけないでしょ」
袋の中のパンを乱暴に掴み取り、口の中に詰め込む。……美味しい。特に変哲もない、普通のパン、そのはずなのに。もう何日もまともな食事を食べていないせいか、今まで食べてきたどんな食事よりも美味しく感じる。
私は何度も喉を詰まらせそうになりながら、夢中になって袋の中の食料にありついた。
「ねえ、フゥテ」
私が食事を済ませると、リアンが話しかけてくる。
「今日あったこと、聞きたい?」
「何よそれ」
「アミと遊んで、フゥテの両親と食事をした。ただそれだけなんだけど」
「そんなの……」
下らない、と一蹴しようと思った。そんなこと、私に対する当て付けじゃない。楽しく愉快に過ごしましたとでも言うつもり?
……でも、この子が私に成り代わって何をしているのか、私の大切な人たちがどんな生活をしているのか、純粋に興味があった。
「……話しなさい」
私は込み上げてくる感情を抑え、リアンの話を聞くことにした。
アミと一緒に登校をして、勉強をしただとか。忘れ物をして、貸してくれただとか。ペットのうさぎを触らせてくれただとか。手を洗わずに、食事をしようとしてお母さんに怒られただとか……
リアンの話は本当に、実のない、平凡な日常の話だけだった。
それでも、私の両親も友達も、皆、何事もなく幸せに暮らしているということが十分に伝わってきた。
……どうして? どうして誰も私に気がついてくれないのだろう。本物の私がこんなところで苦しんでいるというのに。リアンを偽物だって微塵も疑っていない。
ふと、私は自分の手のひらを覗き込む。どす黒く染まった肌。そこには過去の私の輪郭があるだけ。まるで影法師のようだ。
本当に、私はフゥテではなくなってしまったの?
「フゥテ」
はっ、と顔をあげると、リアンの姿が見える。話を途中から聞いていないと思われていたのだろうか。無表情ながらも、首を傾げるような姿勢で私を見つめている。
そうだ。私はフゥテだ。私だけが本物なんだ。
それに、この子が来てから、まだ日は浅い。暮らしていくうちに、誰かが違和感に気がついてくれるはずだ。私を見つけ出してくれる。その日まで、私は折れてはいけない。希望はまだ、消えていない。
「私はもういくよ」
「待ちなさい」
私は毒の入った瓶をリアンに突きつける。
「これを飲みなさい」
リアンは大人しく錠剤を数個飲み込んていく。これでまた、明日には私の元へと来ざるを得なくなった。
「また、治療法が見つかったかどうか、報告しに来なさい」
「無駄だと思うけど」
「わかったら早く消えろ!」
リアンは微笑んだ後、私を振り返ることなく、そのまま家へと戻っていた。その様子が、なんだか気に食わない。くそっ、一体何だと言うの? もやもやした気持ちのまま、寝床を整え、深い眠りに入った。




