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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-2

『――これは別に隠してたとかじゃなくて、ダークエルフにとっては生まれつきずっとそういうものだから気に留めないことってだけなんだけど……ダークエルフには生まれつき()()()宿()()が課されてるの』

『……計算問題。一生かかるほどじゃないけど、頭がよくても……10年くらいは、縛られる』


 一生研究に没頭しているダークエルフが多いのは種族柄かと思っていたハジメはこの世界で30年も生きていて初めて耳にする情報に面食らった。

 彼らが『頭が良くても10年』と口にしたということは、そうでないダークエルフはその二倍、三倍、或いはそれ以上の時間をかけて宿題とやらを解いているのかもしれない。


『宿題の内容は生まれつき決まってて、クミラの言ったとおり計算問題で、10年かかるのは単純に量が多いから。解き方は人によってそれぞれだけど、死ぬまでに終わらせなければならないし、計算やってれば計算が得意になるからメリットもある』

『……ちなみに、リシューナ(おとうさん)は……計算も遅いし、自分の研究優先だから、開始時点から完了までに37年かかってる』


 単純計算で宿題を始めて終わるまでにハジメの人生以上の時間が経過していることになる。ハジメには想像もつかない人生だ。

 息子からリシューナへのディスりはしれっとスルーしてハジメは疑問を呈する。


『すると、お前達はまだ宿題を終えてないのか? しているところを見たことがないが』

『それが問題なの』


 ヤーニーが腕を組んで困り顔を浮かべ、クミラは端的な事実を告げる。


『結論……宿題が、消滅した』

『すまん、よく分からんので詳しく聞かせててくれ』

『ハジメのそういう知ったかぶらないとこ、私たち嫌いじゃないよ』


 曰く、宿題は紙や伝聞ではなく生まれつきダークエルフの脳内に即座に確認可能な情報として組み込まれているものらしい。紙などに書いて計算する方が効率は良いが、脳内で解き進めることも出来るという。


 ところがつい最近、ヤーニーとクミラの宿題が記憶領域から消え去った。

 消えたからと言って二人には愛するクリストフの側にいるという大切な目的があるのでむしろ好都合なのだが、全く原因を究明しないままでは二人の知性が満足しない。

 そこで洗脳を施した父リシューナとその伝手を利用して他のダークエルフの宿題がどうなっているかなどを確認しようと考えた二人は、父を利用する為に実家に一時的に戻る算段を進めていた。


 そのタイミングで発生したのがバルグテール大森林での大騒動だ。

 リシューナの様子を探れなくなった二人は、ソーンマルスの手で持ち込まれた依頼を聞きつけてそれに便乗。リシューナに確認はとれなかったものの顔も知らない自分たちの兄弟姉妹や協力関係にあったダークエルフの情報を研究設備と素材もろとも持ち去り、第一目標を達成した。


『宿題が消えたのは私たちだけじゃなかった。確認に向かった先のダークエルフ達は途中で宿題が消えたり、或いは終わらせた宿題の内容が以前のような『刻まれた情報』ではなく『記憶』に置換されてた』

『……殆ど、面倒事が減って喜んでたけど』

『始祖ダークエルフのヘイズルを名乗る何者かの出現、宿題の消滅、バニッシュモンスター。これらの因果関係を調べる為に、いま私たちは宿題の正体を探ってるんだけど……』

『一つ、伝えておくことが……ある――』


 二人との会話を脳裏で反芻はんすうしたフェオは躊躇いがちに告げた。


「私は詳しくないのですけど、始祖ヘイズルは『膨大な情報(ビッグデータ)』を処理するための生体演算装置としてダークエルフという一族を作りだし、繁殖させ、今まで維持させてきたのではないか……と、あの二人は推測していました」


 人間の脳は考えようによってはコスパのよい生体CPUだ。

 人間の脳をコンピュータと揶揄することがあるし、SF的な創作作品ではもっと直接的に脳をコンピュータとして使うという非人道的な発想が出てくる程度には、この能力は軽視できない。


「計算しなければならないデータの量が多すぎて単独では困難だったのか、或いは別の問題があってそちらに時間を割く余裕がなかったのか、現状では理由は判然としません。しかし、辻褄は合うと二人は……」


 生まれつき研究に特化した、余計な感情を抱かない計算機として優秀な脳。

 隠匿生活によって他者に脅かされづらい研究環境。

 子を三人以上遺す義務もあるという。


 そして、どれだけ非人間的な思考回路でも、何故か一つだけ研究と関係ない筈なのに残り続ける感情――恋愛感情。

 恋愛感情とは突き詰めれば繁殖欲求だ。

 ダークエルフを演算装置として扱うならむしろ残さないと都合が悪い。


「一生宿題で縛らずに自己の欲求に基づく研究を許す余地があるのは、子孫繁栄を促すため。個人主義なのは大災害や戦争で根絶やしにされるのを回避するため。恋愛感情があるのは他種族から完全に悪と見做されないための側面も……あの! これはあくまでダークエルフ視点の話で、私が考えたものではないことは念押ししておきますよ!?」


 説明するほどに非人間的な部分が嫌になってきたのか、フェオは疲れた顔で念押しした。その場の全員がフェオの言わんとすることを理解して気遣う視線を向けた。それくらい、ダークエルフという種の詳細は知って気持ちのよいものではなかった。


 結局の所、これらの事実はある推論を押し上げる。


 ――宿題が消滅したのはビッグデータの処理が終了したからではないか?


 ――ダークエルフの宿題が消えたのと時を同じくしてバニッシュモンスターが出現したことは密接に関係しているのでは?


 ――ビッグデータの正体と回収した肉や生命力の使い道とは、ヘイズルがバニッシュモンスターを作るためのものだったではないのか?


 全ての疑問が嫌な予感にしか繋がらない。

 ギューフは、「こんなもの民に公表できる訳が……」と胃が痛そうに腹を押さえて呻いた。この場の全員がその気持ちを痛い程に理解できた。こんな情報が公になったら、最悪の場合は血気に逸った者達によるダークエルフ狩りの発生とダークエルフによる全力抵抗でどんな惨事が発生するか分かったものではない。

 ダークエルフに関する問題どこまでも扱いに困るのを実感したハジメであった。


 史実に僅かに名を残すヘイズル・スミスという男の生涯は謎に満ちている。

 魔法学術都市リ=ティリで現人神の如く崇められるエイン・フィレモス・アルパは本人の意図しない形で事実が歪曲しているが、ヘイズルについては本当に記述が少なく、ダークエルフ達も自分たちのルーツに興味が無かったのかダークエルフの始祖という以上の情報を何も持っていない。


 始祖という以外に特段の実績は伝わっておらず、ダークエルフの間で特別視や信仰対象とされることはほぼない。

 かといって始祖の定めた宿題に反感を覚えることもない。

 まるで空気のような当然の概念として、始祖の宿題というものだけが途絶えることなく現代まで続いてきた。


「事前に彼の事が議題に上がると聞いていたので天使族の里でもあるだけ情報を集めてみましたが……」


 神代から生きるベルナドットがデータベースから抽出したヘイズルの情報は、わずか数ページの紙に印字されたものだけだった。顔写真、身長、体重、種族、その他いくつかの検査項目――事前に写真をマルタに確認して貰ったところ、己の知るヘイズル本人にしか見えないと返答があった。


「彼は神代の時代にわずかな間、我々の管理していた都市に難民として保護されていた記録が残っています。彼が都市に入ってから一ヶ月後、神代は終焉。彼は混乱の中に姿を消し、以降は不明。エルフの難民は彼のみでしたから珍しいなと当時思ったのを覚えていますが、問題行動も犯罪行為も確認されておらず、人物像についても不明です。強いて言えば、あまり社交的な人物ではなかったと思われる程度です」


 その後の動向は不明だが、皮膚の色からして当時の時点で既に彼はダークエルフ――エルフの魔力適合の極致に至っていたと思われる。

 資料を人差指で叩いて難しい顔をするベルナドットは個人的な推論を口にする。


「……もしかしたら彼は転生者ではないにしてもブンゴさんに近しいほどの分析スキルを持っていたのかも知れません。『聖者の躯』を見学した際に情報異性体の概念を理解したとすれば、バニッシュモンスターの創造主というのも分からない話ではない」

「それにしては当時から現代までの間に時間がかかりすぎじゃないか?」


 ハジメが疑問を口にするが、ベルナドットは逆の考えだった。


「情報異性体を利用した生体兵器なんて、当時は研究すらされていませんでした。単純にコスパに見合わず必要性もなかったからです。ヘイズルはそれを旧神の超高速処理技術を借りず、わずか一ヶ月ほど逗留とうりゅうした際に見聞きしたものを手がかりにほぼ独力で作った。旧神のテクノロジーと逆行していたエルフの生まれの彼がです。現実にバニッシュモンスターを形にしている時点で驚異的ですよ」


 ベルナドットの顔には一種の尊敬の念さえ感じられる。

 その事実がヘイズルという男の非凡さと異端さを物語っていた。


「もちろん自力の計算と後世のダークエルフによる処理だけで実現したとは限りません。神代の終わりの混乱に乗じて彼が都市等のコンピュータを奪取して独自に運用した可能性もなくはない。しかし、旧神のコンピュータは発展の方向性からして親機なしには大した性能を発揮出来ないものが多く、その親機も旧神がいなくなった今となっては再現不可能なものでした」


 そういえば、旧神は『聖者の躯』をバラバラにしてコンピュータとして使っていたという話があった。彼らの技術はそちらの方へ伸びたか、或いは技術とは突き詰めるとそこに行き着くのかもしれないとハジメは思った。


「ゴッズスレイヴや天使族の里の施設は例外ですが、それらの行方はカルマさんを除いて全て天使族が把握済みです。彼が独力で回収しうるコンピュータでは到底処理速度が足りない。それこそ情報異性体管理に必要なコンピュータの開発に何百年もかかって研究の完成が遅れるなんて本末転倒になりかねない。彼の計算ではダークエルフ達による並列並行情報処理の方が安定して処理能力を上昇させられて確実だったのでしょう」


 行方は把握しているという言葉は、過ぎたる玩具は天使が壊したとも受け取れる。それはさておき、ゴッズスレイヴと言われるとカルマの姿が脳裏に浮かぶ。もしもヘイズルが彼女を回収していたら計画は大いに前倒しに――。


(いや、ないな。カルマの性格を考えると絶対協力しないどころか逆に生意気だからとかの理由で研究を木っ端微塵にしそうだ)


 ……ヘイズルがカルマという神代の技術の結晶を捜し当てていれば良かったのか、見つけなくてよかったのかは微妙に判断に迷うところである。

 ちなみにオルセラは「見つけた方が愉快そうだ」と念話で即答した。

 ハジメ達の内心を知らないギューフはベルナドットの話に理解を示す。


「君が言うなら考慮に値すると私は考える。それに、ヘイズルは神獣グリンの庇護に入らなかった古代のエルフだ。寿命も相当長いはず。長大な計画を実行したことも近年まで生きていたことも不自然ではない。見た目の若さの維持についても幾つか手段や理由が考えられる」

「信用してくれてありがとう、ギューフくん」

「信頼だろ、ベルくん?」

(こいつら相変わらず変に仲良いな……)


 二人でいちゃいちゃする美丈夫とショタ。

 一部界隈の沸きそうな光景である。


 ちなみにエルヘイム自治区の所持していたヘイズルの情報は、天使族のもの以上に簡素なものだった。実際にはもう少しあったそうだが、内容がダークエルフを悪し様に罵るプロパガンダ臭のするものばかりで信用に値するかどうかかなり微妙なもので、念のために追加調査中だそうだ。


 ヘイズルの経歴は、多少は分かった。

 彼の才能を鑑みればバニッシュモンスター創造は可能なことと、それを実行した可能性が高いことも分かった。合理主義なことも何となく感じ取れた。


 分からないのは、彼が何故それを実行したのか、そして彼の計画の全容がなんであるかだ。


 マルタにこの疑問を訊ねた際には知らないと言いつつ、「考えても無駄じゃない?」とアドバイスとも呼べないあんまりな返答を寄越した。


『あいつは自分の複製の意識まで用意して既に動き出した訳で、実際準備を全部終えて死んだっぽいし。アイツが準備を終えたって言ったってことは、もう何やっても目的が達成される状況は完成してると思うわよ~……なにせ、約2000年の執念だもんね』


 ハジメはそれに理解したが、もし彼の目的が世界の破滅やコモレビ村の消滅に繋がることならばちっぽけな命で存分に抗うつもりだ。

 そうなるとやはり、何を用意したのか、目的は何なのかのうち最低限一つは知らないと勝負にならない。


「バニッシュクイーンがヘイズルの計画の一部に過ぎないとしたら、その奥にはまだ何かあるのか……?」


 バニッシュクイーンの時点であの厄介さだ。

 今のところバニッシュクイーンの再出現は確認されていないが、膨張する反転情報空間の歪みが解消されていない以上は力を送る何かがいる筈だ。


「もし世界の破滅を狙ったものだと仮定して、俺だったら大量のバニッシュクイーンを同時多発的に都心部や重要拠点に出現させて人類に力を維持できなくさせるか、気付かれにくいであろう地中を空洞化して地盤崩落で一気に落とすか、海に発生させて星の水を干上がらせるとか、そういう手段を取る。それをしないということは世界の破滅を願った訳ではないと思うのだが……」

「「「うわぁ」」」


 その場の大半の人間が最悪の未来を想像してしまい「そうならなくてよかった」と心底思った。どんなに強力な実力者がいたとしても、そんな真似をされればどうしようもない。

 だとすると、目的は――。


「情報異性体技術は『聖者の躯』を封じ込める技術……実際にアグラニールも行動不能に追い込まれた……バニッシュモンスターは、ヘイズルの目的は、『聖者の躯』の奪取か?」


 人知を超えた超高度文明の都市の中枢を担い眠り続ける聖者。

 神をも生み出した真の神秘、人の身に余る別次元の存在。


 もしそれを手に入れて十全にコントロールすることが出来れば、その者は旧神に等しいかそれ以上の力を得た新たなる神としてこの世界に降臨することとなる。

 圧倒的な力を持ちながら個としての己を頑として捨てなかった旧神と違い、死後に遺した感情を介さないヘイズルという情報の下に全てが合理的に統制された軍勢が生まれたとしたら――或いは絶対的な力を一つに束ねた存在が新生したとしたら――。


(それはもう、人の関与できる規模の戦いではない。絶対に阻止する必要がある)


 ハジメとしては予想が外れてヘイズルの目的が都合良く『神の躯』の封印や破壊であることを期待したいが、相手は知り合いの友達という絶妙なポジションだし知り合いも大分感覚がおかしいタイプなので最悪の事態は想像しなければならない。


 ハジメの推測に、ベルナドットとギューフは険しい顔で互いに視線を交わす。

 ハジメ達にとって、ヘイズルとバニッシュモンスターの行動は阻止の一択しか選べない。それもヘイズルの計算通りだったとしても、大切なものを守るためにはそれしかない。


「仮に希望的な予想の通りだったとして、無限に反転情報空間を膨張させ続ければいつかは必ず『聖者の躯』に辿り着くしどうせ死ぬから何百年何千年かかってもいいやと思ってそもそも星や世界に住む人のことを考えていないだけというオチもダークエルフならあり得るが」

「「「うーわぁ……」」」


 皆がイヤな顔をし、フェオが申し訳なさと呆れの入り交じったため息でハジメの肩を叩く。


「すいませんハジメさん、想像するに恐ろしい推測を口に出すの控えて貰えます?」


 フェオの言葉にその場のほぼ全員がうんうん頷いており、ハジメは独裁者達の多数決に屈した。

 一応は「そんなに入念に準備していた男が外せば終わりの一点賭けはしないだろう」と続けるつもりだったのだが、わざわざ口にするなと皆の目が訴えかけている気がした。


 さて、既に皆はカロリーの高い情報が次々に議題に並べられて食傷気味になりつつあるが、まだメインディッシュとも言える情報が残っている。


「では、続きまして――ヴァンハイト・サヴァリーから齎された十三円卓についての機密情報について情報の共有を始めます」


 花のように甘く香る妖精たちからの、全く可愛くない贈り物だ。

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