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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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4-3 fin

 クオンをこっぴどく叱った翌日、ハジメは既にクオンの教育をしっかり行う為に買い物に向かっていた。


 素直な性格のクオンは、絶対ダメだという行為について論理立てて説明すればちゃんと分かってくれるので、そこはある意味他の子供より教育が楽だ。


 むしろ、目下最大の問題は文字の読み書きだ。

 幾ら卵の中で周囲の情報を得ていたと言っても視覚情報はかなり薄ぼんやりしたものだったらしく、彼女はとにかく文字に弱い。そこでハジメは絵本を読み聞かせることを思いついた。


 人類の読書の入り口、絵本。

 本のページいっぱいに描かれる物語の世界と、それを補足する簡素で最低限の文字は、子供の好奇心を掻き立てつつ無理なく文章を理解させることのできる教育最強の切り札である。普段は物語など碌に読まないハジメは、万が一地雷絵本を購入してしまわないためにフェオを雇うことにした。

 が、フェオにお金を差し出したら呆れられた。


「……いや、町の本屋さんに同行することまでお金を払ってやって貰おうとしないでください。お金がもらえるのは有難いですけど、それぐらい隣人なら金銭なしで付き合うでしょ?」

「くっ」

「何故そこで悔しがるんですか。もぉ、どんだけお金払いたいんですか?」


 最近どうもハジメに遠慮がなくなってきたフェオは、自分の買い物の際に荷物持ちを手伝うことを条件に同行してくれた。彼女はかなりセンスのいい人間に思えるので、期待できる。


「こっちも助かります。荷物持ちを手伝ってくれと頼めば受けてくれる人はいるんですが、その後家までついてきて上がろうとする送り狼もいるから困ってたんですよ。その点ハジメさんは、その、信頼できますので」

「まぁ、確かに色恋沙汰とは無縁だ。適切な人事だな」

(そういう意味じゃないんだけどなぁ……まぁいっか。ハジメさんクオンちゃんの世話をするようになってからちょっと感情が出やすくなってる気がするし)


 ――フェオは内心、こうして彼の子育てに付き合っていればそれが彼の『死ねない理由』になるのではという打算があった。それに、彼は自分で思っているほど人間味のない人ではないと感じ始めていた。

 現に、クオンの育て方についてヒヒに相談する彼は、まさに本当の親のように真剣だった。彼はきっと、そのひたむきさを自分に向けられないだけなのだ。


(……ハジメさんってなんで死にたいんだろうな)


 不意に、フェオは根源的な疑問を呈す。

 きっと聞けば彼はしれっと喋ってしまうのだろう。

 でも、それでは意味がないとフェオは思った。

 彼が自分からその理由を喋ってくれるとき――それがハジメの生に未練が生まれたときになる気がする。だから、フェオはその疑問を心の奥に仕舞い込んだ。


(いつかハジメさんが話してくれますように。話せるくらい親しい人になれるように……)


 こうして二人は一時間ほど、町で買い物をした。


「クオンにはそろそろぶどうジュースチャレンジをさせようかと思うんだが……」

「いいんじゃないですか? あの子も甘い物に興味を示してますし」


 飲食物の買い出しでは、自分より子供の好みを優先する姿が本当に母親の買い物のようだとフェオはおかしそうに笑った。そのまま二人は次々に店を移していく。


「あ、これいいかも……これもいいなぁ……ね、ね、ハジメさん。どっちの装束がいいと思います?」

「正直どっちでも……」

「ど・っ・ち・が! いいと思います?」

「……じゃあ右の方で。色合いが似合う気がする」

「そう、それでいいんです。どっちでもなんて一番駄目なんですからね?」

「お、覚えておく……」


 衣服の購入の際は、フェオのちょっとしたいたずら心にタジタジなハジメだった。

 その他、家具の注文、それに竜人用オーダーメイドで頼んだクオンの服の受け取り……そして最後に、絵本の為に本屋に立ち寄る。


「これなんかどうだろうか」

「うーん、ちょっと男の子向けな気もしますけど……悪くないと思いますよ。どうせクオンちゃんのことだから全部読んじゃうでしょうし。あ、この絵本! この作家さん好きなんです、わたし!」

「……待て、この絵本意外と救いのない話なのだが」

「そこが切なくていいんですよ!!」


 こうしてハジメは山ほどの荷物を抱え、フェオは目的を達して上機嫌にショッピングを終えた。

 ただ、悪名高い死神ハジメがエルフの美少女と買い物デートしているという噂が町中を飛び交ったせいで、帰りは少々居心地の悪いものになったが。


「あれが死神の女……やべ、可愛い」

「死神ってもう三十過ぎてんだろ? ちょっと年下趣味過ぎねえか?」

「でももう二人の間に子供がいるって噂よ」

「死神も男だったってことだな、うんうん」

「嘘だ……あの可憐で優しいフェオちゃんが男なんて作る訳がない! 絶対脅されてるんだ! もしくは遺産目当てなんだ!!」

「その理由は優しくなくないか?」

「うおぉぉぉぉーーーーん!! フェオちゃぁぁぁーーーーーん!! 嘘だと言ってくれぇぇぇぇーーーーー!!」


 ひそひそ話もあれば露骨に声を張り上げる声もあり。

 前々からギルドでよく接するようになっていた二人の関係を邪推していた人々もいたが、今回の件で更なる誤解を呼び込んだようであった。

 ちらりとハジメがフェオの方を見ると、彼女の顔は耳まで紅潮していた。お世辞にもイケメンとは言えない陰気なハジメが勝手に恋人にされては彼女も怒りや羞恥があるようだ。


「いっ、いいんですけどねっ。どーせご近所さんですしっ! 言い寄ってくる変な男も減りますしっ! いいんですけど……私、子供がいるほど老けて見えますか……?」

(気にしてるのそっちか)


 ぷるぷると怒りに震えるフェオに、ハジメは内心で突っ込んだ。

 確かにフェオはまだ十代後半のうら若き乙女だ。結婚したり子供を産んでおかしい訳ではないが、少々早い年頃ではある。むしろ相手が三十過ぎのおっさんという点にもう少し怒るべきなのではとハジメは思ったが、案外実はそこまで考えが回っていないかもしれないので危うきには近寄らないでおくことにした。


「年齢以上には見えないから安心するといい」

「信じますよ!? こないだもクオンちゃんにパパって呼ばれて、私ってもしかしておっさん臭いのかなとか悩んだりしてるんです……!!」

「それはクオンが性差に鈍感だからだ。今日からはお姉さんと呼んでもらえる筈だ」


 三十路のおっさんは、若い子って悩みが多いんだなぁとしみじみ思った。

 彼女には、もしかしたらお金以外の恩返しが必要なのかもしれない。




 ◇ ◆




 ――ハジメとフェオが買い物をしているその頃、いい加減に家に籠るのに飽きてきたクオンは、こっそり外出していた。


 彼女は確かに物わかりの良い子だし、ハジメに言われたことは反省しているが、それはそれとして子供らしい好奇心を失ってはいない。クオンは意外と懲りない子だった。


「森の中ならなにかあっても戦わずに逃げれば大丈夫……な筈!」


 怒られるのではという不安は当然あるが、それでもクオンは好奇心を抑えきれない。家には念のために書置きをしているし、エンシェント・ドラゴンたるクオンは翼を展開すれば森のどこにいようが数分もあれば家まで戻ることが出来る。


 丁度忍者たちが修行でいない時間を見計らい、クオンは森に飛び出した。


 鬱蒼と木々の茂る霧の森は傍目に見れば不気味だが、彼女にとってはそうではない。


「これが森の霧……なんだか不思議なにおいと魔力が混ざってておもしろーい!」


 好奇心旺盛で生まれたてのクオンは何にでも興味を示し、木、コケ、キノコ、虫と一つ一つの新発見に目を輝かせる。途中魔物もいたのだが、エンシェント・ドラゴンの格が違う気配に全ての魔物は攻撃より服従を選んだ。つまり、降参である。


 そんな魔物達のお腹をくすぐって遊んだりしていると、クオンの目の前に巨大な崖が現れた。これはグランマグナと呼ばれるこの近辺特有の断層であり、高さはちょっとした山ほどあろうかという隔絶した断崖だ。左右を見渡してもひたすらに同じ高さで続いている。この奥に足を踏み入れた人間は殆どおらず、そしてその奥にはエルフの里があるとされている。


 クオンはその断層を見上げ、そしておもむろに金色の美しい羽を背から広げて羽ばたいた。人間ならさぞ苦戦するであろう高さも、竜の羽ばたきの前には無意味。未踏の大地はあっさりと踏破されてしまった。


 グランマグナの上と下は、近いようで植物も魔物も全く違う。

 その変化に気付いて不思議そうにしていたクオンは、やがて花畑に辿り着く。明らかに人の手が加わったその美しい畑は、面白いことにクオンが足を踏み入れると花々が勝手に避けていくのだ。


「お外の世界って不思議だらけだ……」


 と、クオンは花畑の中心に誰かがいることに気付く。

 まるで森の見せた幻のように美しい二人の子どもと、一頭の豚。

 吸い寄せられるようにクオンが二人と一頭に近寄ると、三者もまたクオンに気付く。


「おや、この花畑にお客さんとは! これは初めてのことだぞフレイヤよ!」

「まぁ、草木も驚いていますわ、お兄様! それにとってもお美しいお方!」

「確かに、フレイヤの次くらいに美しいな!」

「まぁお兄様ったら、何をそんな当たり前のことを。平々凡々過ぎる発言でお恥ずかしいですわ?」

「ブゴッ……」

「あら、グリン?」


 じゃれあう二人をよそに、グリンと呼ばれた黄金の毛並みの豚がクオンに近寄る。初めての豚に興味津々なクオンはグリンに不用心に触れたり耳をぱたぱた動かしたり、好奇心の赴くままに触りまくる。

 グリンはそんなクオンの匂いを鼻を鳴らして二度、三度嗅ぎ、そして元の場所に戻ると座り込んで眠り始めた。

 二人の子供が驚いた顔をする。


「グリンが余所者の前で眠るなど珍しいな! グリンは匂いで相手がおおよそどんな人物か判別できる特技があるのだが……成程、きみはぼくたちと同じくらい清らかな心を持っているようだね。名前を尋ねてもいいかい?」

「まぁ、いけませんお兄様! 里の外から来た存在に安易に近づいては、長がいい顔をしません! まぁ長がどんな顔をしようがバレなければ問題ないので結論としては問題ありませんが。わたくしはフレイヤ、そしてこちらは兄のフレイ。貴方が触っているのはグリンです。貴方のお名前もお聞かせくださる?」

「わたし? わたしはクオン! ママから貰った大切な名前なんだ!!」


 この日、クオンは冒険の楽しさと共に、その生において初の友達を得ることが出来た。ただし彼らは秘密の存在である為、クオンは家に帰った時にハジメが「その頭の花冠はどうした?」と聞かれたときに、ちゃんと「ひみつにしてって言われたから、ひみつ!」と答えておいた。


 なお、クオンが家に残した書置きは、文章が成立しておらず解読不能だったという。




 ◇ ◆




 不安――ハジメが長く、感じたことのない感情だ。


(こんな調子で子育てなど出来るのだろうか……)


 ハジメは今、買ってきた絵本を読んであげている途中にベッドで眠りについたクオンの寝息を聞きながら、窓の外を眺めていた。


 今までも、前世でも、ハジメは人の世話を焼いたこともなければ碌に焼かれたこともない。子供を育てるどころか、相手をするだけでも未知の経験だ。子育てのノウハウ本を読むなどしてなんとかしようとしているが、そうこうしている間にクオンは村を二度も脱走している。


(一度目は俺を追って。二度目は興味の赴くままに。なんと奔放なことか……)


 やはり、人間であることに失格した自分のような存在に子育てなど土台無理な話だったのだろうか。誰にも愛されたことのないハジメに人を愛する役割など、務まらないのではないだろうか。


 思えばハジメは、常に一人で行動し、誰とも親しくならないことによって、極力他の誰かと関わることによって生じる責任から逃げていたのかも知れない。


 母親の顔を思い出す。

 前世の母親だ。

 ハジメはその頃気にしてはいなかったが、こちらの世界に転生させられてから、前世の母親は一般人から見れば親とは呼べないほど劣悪な存在だったことを知った。


 だからといって何かを思う訳でもない。

 ただ、自分は誰にとっても邪魔者であったと再確認しただけだ。

 ハジメの生きる意志の欠如には、何も影響を及ぼしていない。


(……蛙の子は蛙、か)


 親の特性は子に受け継がれる。転生前も転生後も親に見捨てられてきた自分は、よい親にはなれないのだろう。事実、育てると言いながらも心のどこかで彼女が育ったら親の役目を降りたいと願っている自分がいる。

 子を捨てる親を持った子は、子を育てきれずに捨てる。

 漠然とだが、そう感じる。


「んぅ……」

「!」


 クオンの声が聞こえて振り返ると、彼女はごろんと寝返りを打っただけで、目覚める気配はない。彼女の金色の角は、寝る間は邪魔なのかとても短くなっている。

 神獣も夢を見る。

 夢の中で彼女は何を見ているのか、楽しそうに笑っている。


「ままぁ、まってぇ……」


 子供はいいな、と思ってみていると、クオンの表情は段々と悲しそうなものになっていく。


「……まってよぅ。ままも……まままで、おいていくの……?」

「!!」


 クオンは卵として親に産み落とされた。しかし、彼女の親はどのような理由かクオンのことを放置していた。存命かどうかも不明。捨てたのかどうかも不明。一つだけ確かなのは、置いて行かれたクオンが平気でいられた訳はないということのみ。


「出来ればパパと呼んで欲しいが……」


 小声で呟きながらクオンの額を出来るだけ優しく撫でてあげると、クオンの表情に笑顔が戻った。

 せめて彼女がこんな夢を見なくなるまでは一緒にいてあげなければ、親以前によい人間とは言えない。やれるだけのことはやろう、と、ハジメは自らの不安を空虚な心の奥底に放り投げた。

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