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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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4-1 転生おじさん、子育てと仕事の両立に悩む

 忍者ライカゲは、十数年前からこの世界の裏社会で名を轟かせてきた戦士だ。


 名前以外の素性は一切不明。

 それが本名であるかも含めて、謎だらけ。

 しかし、依頼を持ち掛ければ成功率100%という圧倒的な数字と、義によって仕事を為す確かな信念から、その名はいつしかアングラ世界の伝説となった。


 そんなライカゲには、表沙汰――アングラで表沙汰というのも変な話だが――にはならなかったが一つだけ未達成の依頼がある。実際には依頼主の裏切りという最も許されざる所業によって依頼達成の必要さえなくなったが、仮にそれがなかったとしても達成できたとは断言できないものだ。


 故に、時折『答え』が欲しくなる。

 忍者としては抱くべきではない、無意味な私情を。


(我ながら青いものよ。されど、こればかりはな)


 草木が枯れ果て、水は毒々しい色に濁り、この世の果てのように荒漠と広がる大地。荒れ果てた大地に意味もなくぽつんと佇む岩の先端に足先のみで立っていたライカゲは、振り返る。


 そこにいるのは、完全武装の冒険者。

 いや、正確には過剰武装と呼ぶべきだろう。


 背中に大剣と槍と杖、腰に長剣、通常剣、短剣。他にもいくつかの投げナイフ等の仕込み武器。鎧こそフルではないが、腕には小型の盾が手甲に装着されるように装備されており、明らかに平均的な冒険者が同時に所持する武装の量を大幅に超過している。その辺りの冒険者が真似すれば無駄に己の機動力を削ぎ、武器の重みでまともに歩くのも難しいだろう。


 しかし、この男はそんな格好をしていて尚、全く重心のブレも疲労も見せない。否、この男に限ってそのような浅はかな思考を以て装備を調えることはあり得ない。

 見る者が見れば唸るであろう。彼の背負う武器の全てが、今の人間が自力で作れる装備性能の極致と言える練り上げられた逸品揃いであることに。


 彼こそ、世に名を轟かす、もう一人の依頼成功率100%。

 死神の異名を持つ超一級冒険者。

 そして、ライカゲが依頼で倒せなかった唯一の相手。


 冒険者の名はハジメ・ナナジマ。


「……来たか」

「来るさ。お前が呼んだんだろ」

「来るとは思わなかった。私闘は『良いこと』ではなかろう」

「魔王城周辺偵察依頼のついでだ。どうせここには何の変化もない」


 二人がいるのは、まさに魔王軍の総本山たる魔王城のすぐ近く。勇者が魔王を倒すだけの力を手に入れない限り絶対に干渉できない城の異界断層は、他のいかなる干渉も無効化する。こちらからは手が出せず、あちからからは兵を送り放題だ。


 今はまだ二人の存在に気付いていないようだが、仮に気付いたところで彼らが今後二人の行う出来事に干渉することは恐らくないだろう。何故なら、彼ら程度で干渉できる次元の出来事は起きないのだから。


 ここなら、今から二人が何をしようが巻き込まれるような存在は誰もいない。いる必要もないし、魔王の瘴気で大地はとっくに不毛と化している。つまり何を言いたいかと言うと、ここでどれだけ暴れ回っても誰にも迷惑はかからないということである。


「お前も確かめたいのではないか?」

「確かにそうだ」


 と、ハジメが剣を抜いた。


「今、自分がどの程度の能力になっているのか測るのは悪いことではない。測る相手もそういない」

「そうさな。魔王軍幹部を超越して以来、強敵らしい強敵は転生者くらい。その中でも某に匹敵する者と言えば……ハジメ、お前しか知らん。なに、一晩戦おうなどと無体なことは言わぬ」

「本当にやめろ。クオンには夕方までには帰る約束をしてる」

「ふっ……ならば疾く始めるか。合図などいらぬな?」


 ライカゲが二本の忍者刀――『矜羯羅こんがら』と『制吒迦せいたか』を逆手で抜き取る。これは、彼がハジメにしか頼むことが出来ない依頼だ。


「忍者ライカゲ、推して参る」

「仕事を済ませよう」


 依頼内容――『体力測定 (難易度・天級)』

 命懸けの体力測定が、始まる。


 戦闘開始の宣言とも取れる言葉の直後、ライカゲの下に目も眩む雷が落ちる。しかし、雷が岩の先端を砕いたそのときには、ライカゲはそこにいなかった。


 彼がいたのは、ハジメの背後。

 迅速に過ぎる完璧な奇襲。

 されど、ハジメは常軌を逸した速度で体を回転させ、ライカゲの二刀を受け止める。


 今のはライカゲの忍術、雷遁・電光石火。

 自らに雷を落としたのではなく、自らが雷の属性による加速で背後に回り込んでいたというのが真実だ。通常速度加速は風属性のイメージだが、雷の速度は光にも近しい。光による目潰しも兼ねたそれは通常ならば絶対に反応は出来ない。


 しかし、『この世界では』光だろうが雷だろうが極限まで鍛錬すれば見切ることが出来る。その事実をハジメは身を以って立証した。


 ライカゲはそのまま後方に弾かれるように空中に逃げ、忍者刀を目にも留まらぬ速度で振る。余りにも速すぎて常人にはライカゲの手が一瞬歪んで見えただろうが、問題はその速度ではない。その瞬間に放たれた、一瞬で魔物をサイコロステーキに変える夥しい量の飛ぶ斬撃だ。冒険者ならソニックブレードだが、ライカゲのそれは風遁に類するものとなる。


 並の武器では迎撃どころか逆に細切れにされる威力の飛斬が、無数にハジメに降り注ぐ。圧倒的な『面』の攻撃は剣でも盾でも受けきることは不可能。

 しかしハジメは眉一つ動かさず、背の杖を空いた手で触る。


「エアロバースト」


 瞬間、ハジメを中心に莫大な魔力が大気を渦巻き、そして爆ぜた。

 エアロバーストは自らを中心に空気を爆ぜさせ、その爆風とも言える風で攻撃する上位魔法だ。この魔法には他にも特筆すべき特徴がある――それは、範囲内の空気を媒介とする風属性及び風魔法を強制的に無効化するというものだ。


 ただし、エアロバーストの発動は一瞬。

 僅かでもタイミングがずれればスキルを防ぎ損ねる極めて危険なカウンターだったが、ハジメは恐怖が欠如したかのような平常心で成功させた。エアロバーストの破壊力によってライカゲの飛ぶ斬撃は威力が一気に減退し、続くハジメが放った特大のソニックブレードに呑み込まれて霧散した。


 この世界では、特に大魔法は杖を大地に着けて発動しなければ威力が減退する。理由は、この世界の魔法が足元にマジックサークルを敷くことと、大地から染み出るマナの力がどうこうといった少々ややこしい話になっている。


 かみ砕いて言えば『移動しながら大魔法を使う』ことを禁じ、『足を止めなければ大魔法は撃てない』という理屈を世界がこちらに押し付ける為だけの法則。もっと言えば、『ゲーム的な都合』だ。

 しかしハジメはこの法則に様々な裏技を発見している。

 

 ハジメはライカゲが空に飛んだ時には背中の長い杖を地面に突き立てていた。更に彼は魔法使いの最上位スキルである詠唱破棄を習得しており、長ったらしい呪文が必要ないので一瞬でも杖が地面につけば減退の少ない魔法を発動させられるという絡繰りだ。

 だが、それだけの理論が揃っていても、本来は使いこなせなければ意味はない。スキルや魔法の法則や相互作用を調べ上げてその場で即座に判断するハジメの観察眼あっての行動だ。死を恐れない彼の判断能力は如何なるときも鈍らない。


 そしてここからハジメの反撃が始まる。


「オーラブレイド」


 これは魔法ではなく剣士の武器スキル。

 ハジメの剣がオーラの刃を纏う。

 このスキルの特徴は二つ。剣の威力が倍増することと、剣の間合い以上に伸びたオーラにも剣の切れ味が付与される。つまり、剣の上から更に実体のないエネルギーの剣を展開するということだ。


 ハジメはそれを、身の丈ほどはある大剣に付与させた。これによって唯でさえ巨大な刃渡りの剣に更にリーチが重ねられ、射程はおよそ4メートル。人間の振り回すサイズの武器ではない。

 ハジメがオーラブレイドのスキルを練りに練り上げ、常識外の膂力を持つからこそ実現した超大剣。そこから繰り出されるのは、規格外の連撃である。


 重力に従って落下するライカゲに向けて猛進したハジメは剣を振るう。

 通常、大剣は威力こそ大きいものの隙もまた大きい。しかし、ハジメはリーチを活かしつも全く重量の影響を感じさせない連撃で容赦なくライカゲを追い詰める。ライカゲも当然近接職のたしなみでオーラの剣を展開するが、技量が近ければ今度はリーチが物を言う。


 なんとか剣戟を凌ぐが、ハジメは畳みかけるように更なるオーラを滾らせた剣を大地に振り下ろした。技と呼ぶのも烏滸がましい大雑把な破壊力が、斬撃に関係なく大地を砕き、衝撃波で地面をめくり上がらせる。


 ――ミサイルという兵器は、命中させて相手を破壊するのではなく至近距離で爆発した衝撃で相手を破壊するのが本質だ。そういう意味で、この振り下ろしは相手に命中させる必要がない。もし魔物が巻き込まれれば、当たらなくとも近くに振り下ろされただけでひき肉だ。


 ライカゲの全身を荒れ狂う衝撃波が襲う。

 肉を削ぎ、骨をねじ切り、内臓を爆散させ、そして挽肉になる――かに見えたライカゲの姿が、幻だったかのように歪む。気付けばそこには手裏剣の刺さった丸太が残されていた。


「代わり身の術」


 ワープ染みたインチキ級回避スキル、代わり身。

 ニンジャというジョブだけが持つ、回避と奇襲が一体化した絶技。


 丸太が出現したときには既にライカゲはハジメの背後に回り込み、殺人的な速度の回し蹴りを彼の首に放っていた。ギロチンフォールと呼ばれる蹴撃のスキルだ。


「ィヤァァァァーーーーーッ!!」

「……ッ!」


 しかし、ライカゲの蹴りはハジメに通らない。

 大剣から片手を放したハジメの籠手に装着された小型盾がそれを阻んでいた。ただの盾ならライカゲは蹴りで腕ごと粉砕される筈にも関わらず、だ。


 では、何故蹴りは通らなかったのか――答えは単純、ハジメが『パリィ』スキルで蹴りを防いだからだ。本来なら相手の動きを見切ってこそのパリィだが、代わり身の術の存在を知っているからこそハジメは間に合った。


 ただし、幾らパリィスキルと言えどライカゲの規格外の脚力から放たれた蹴りを弾いて反撃に転じることは出来ない。ライカゲの蹴りの衝撃がハジメの全身を通して足から大地に伝わり、再び大地が砕ける。


「キエェェェーーーーッ!!」

「……ぉおおッ!!」


 響き渡るライカゲの奇声染みた雄叫びと、ハジメの雄叫び。

 二人の体力測定は、更に激しさを増していく。

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