満天姫、丁半博打を体験する
驚いたものの、見目麗しい女性に何か教えると言う行為は、男にとって不快なことではない。新次郎はそっと満天姫の耳に口を寄せた。
「壺振り……あのツボを持っている男。あの男が2つの賽子を壺に入れる。出目の数が偶数なら「丁」、奇数なら「半」。当てた方が外した方の賭け金をもらう」
「賭け金じゃと……あの紙札がそうかや?」
「金をあの紙札に交換するんだ。ここでは金一朱で一枚。小判一枚だと十六枚の紙札と交換できる」
「なるほどのう……」
満天姫はそう言って場を見る。参加している客は常時十人ほど。その倍の人数がいるが、様子を見たり、休憩したりしている。
「盆座の中央にいるのが中盆。賭け札の精算や進行をする。その左隣が貸元。この鉄火場の主催者だ」
「ほう……」
中盆と言われる進行役は、浅黒い肌の中年の男。長年声を張っているせいか、声が潰れてだみ声である。
貸元はもっと歳を取った太った老人。目が細くまるで福の神のような容貌だ。キセルで煙草を飲んでいるが、時折、細い目を開ける。賭場の人間からは「親分」と呼ばれている。
それが鋭く、鷹のような眼だと雪乃は思った。
満天姫は新次郎の説明を聞きながら、目の前で行われている賭けを見る。既に壺振りがツボにサイコロを入れて、前後に三回押し引きしている。
「さあ、丁ないか、丁ないか……」
中盆の男がそう煽っている。見ると六人が半に賭けている。賭け札は全部で二十四枚。丁は四人が賭けているが、十枚に過ぎない。
賭け札の数が合わないと勝負にならない。丁に賭ける人間を募っているのだ。
「よし、ここは行く」
ここまで見ていた新次郎が賭け札を前へ出す。全部で十四枚。一枚が一朱金だから、十四朱。一分金三枚と一朱金一枚に相当する。
(え~っと……。1文が約三十円とすると一朱金は二百五十文だから、七千五百円。十四朱ということは、十万五千円!)
雪乃は計算して驚いた。新次郎という青年、ギャンブラーと言うか、金の使い方が荒いと言うか。
賭場の人間や客が目を見張る。その視線がうれしいのか、何だか自慢げに見えるのは気のせいであろうか。
「ようござんす!」
中盆の男が賭けを締め切る。その合図で壺振りが右手でツボを掴む。左手は指を開き、何も持ってないことをアピールしている。
「はっ」
壺振りがツボを開ける。
「勝負、二ゾロの丁」
中盆がそう告げた。サイコロは二のぞろ目である。
「よし!」
新次郎はそう言って笑った。この賭けは新次郎が勝った。勝つと賭けた同額の紙札がもらえる。十四枚の賭け札が新次郎にもたらされた。
その中から新次郎は一割にあたる一枚と一枚を十枚にした小さな紙札から四枚をざるへ入れた。
見ると勝った者はみんなそうしている。
「これはテラ銭といって、勝った者が払う手数料だ。ぞろ目だと勝った金額の一割。ぞろ目じゃないと五分払う」
そう新次郎は説明した。それで満天姫も雪乃もこの賭場を主催している者の収入が理解できた。
勝った者から毎回、10%から5%の手数料が手に入る。これはぼろ儲けできる。
ただ、このやり方だと主催者側が不正する理由がない。ただ、客の賭け金を仲介しているだけだ。
「どうしても客が均等ならない場合に、貸元が補充する場合もあるんだよ。負け方が多ければ、貸元は儲かる」
そう新次郎は説明した。もちろん、貸元が負ければ損失をかぶることになる。
「相分かった。わらわもやる」
そういうと満天姫は帯にはさんだ一両を両替した。雪乃の満天姫にやれと言われて、仕方なく自分のお金で二朱金を紙札に替える羽目になった。
「それでは、ツボに入ります」
壺振りがそう宣言する。右手に2つのサイコロ。左手は指を開いて股に何もないことを客に見せる。そしてツボに入れると盆座に伏せた。そして三回、押したり、引いたりする。
この所作は毎回同じ。機械のように正確に行われている。
「さあ、張った、張った!」
「丁!」
「半!」
客たちが賭け始める。
新次郎も場を見ながら賭ける。丁、半が同数で賭け数が同じでないと成立しない。中盆の男が成立するよう煽る。
「丁!」
そう新次郎が賭けた。先ほど大勝ちしたせいであろう。自重したのか、賭けたのは紙札一枚。
「わらわも丁じゃ」
「それでは私も……」
満天姫が丁に賭けたので、雪乃もやむなく主君と同じ丁に賭けた。雪乃は二朱金を紙札に替えたので二枚しかもっていない。そのうちの一枚だ。
「ようござんす」
賭けが成立したので、中盆が締め切る。
「勝負!」
壺振りがツボを開く。
「ニロクの丁」
サイコロの目は2と6.
「よし!」
新次郎はこぶしを握った。これで二連勝である。ついでに満天姫も雪乃も買った。
五分のテラ銭を払って買った分を受け取る。
「どうだ、面白いだろう」
そう新次郎は満天姫に話しかけた。
「うむ……。何となく分かりかけた」
そんなことを言う満天姫。新次郎は満天姫が興味をもったことがうれしいらしく、これまでの自分の戦歴をしゃべり始めた。
(はいはい……。こういうのって勝った話ししかしないのよね)
雪乃は満天姫の隣でその話に耳を傾けた。勝った話を自慢げに女性に話す男は多いが、負けた話はしない。ギャンブルにはまった人間は大抵そうだ。
(そして新次郎、あんたが全部で百両近く負けていることは、澄姫さんから聞いているからね)
澄姫にどうにかしてくれと頼まれて、こんな怪しいところにわざわざ満天姫と雪乃は来ているのだ。
満天姫はと言うと相変わらず無表情であるが、それでも新次郎の話に合わせているように見える。時折、頷いたり、「ほう」とか反応したりしている。
結局、二時間の間。新次郎は賭け事をしながら、自分の話ばかりをしていた。
そして勝負はほんの少し利益が出た程度であった。テラ銭を払っても一両ほどプラスであった。
満天姫はというと、テラ銭を払っても一両ほど儲けていた。雪乃も満天姫と同じところに常に張っていたから、同じく二朱金が四朱金になった。
「どうだ、初めての賭場は?」
「そうじゃのう。いろいろ分かった」
賭けがお開きになり、新次郎は満天姫との別れ際にそう話した。今日はいつもより調子がよかったのか、なぜか上機嫌である。
隣に座った訳ありの美しい娘に自慢げに教えてやったことが、嬉しかったのだろう。元手が三十両もあったのにわずかな利益しか得られなかったことを反省するべきだが、そういう気はないらしい。
「あの、満天姫様。新次郎さんとお近づきになれたのはよいのですが、ただ遊んだだけのようにも見えますが」
帰りながら雪乃はそう満天姫に尋ねる。こうやって真夜中の江戸の町を女二人で歩いていること自体危険であるが、満天姫が剣の達人だけに雪乃はどこか安心している。
それに姿は隠しているが、甲賀のアルトが護衛をしていることも安心材料だ。
「まずは敵を知ることからじゃ」
そう満天姫は答えた。
雪乃は嫌な予感がした。




