第二十三話 初仕事
日が昇り出す頃。
私達は支度を済ませ家を出るところだった。
腰に付けている鞄の中には、モノンに渡す為の薬が入っている。
施設に納品する傷薬は量が多いので、取っ手の着いた木箱に入れられ、ルークが片手で持ちあげ玄関に向かおうとしていた。
準備は満タン‥‥なのだが‥‥。
ジェイトがまだ来ていない。
それなのに、ルークは今にも出発しそうな勢いだ。
「よし、行くか」
ほらな。
「ルーク、ジェイトがまだなんだけど‥‥どうするんだ?」
「フッ、心配するな。あいつは嘘をつかない。ほら、これ着ておけ」
渡されたのは耳付きのローブ。
モノンが居るのは魔物の国の中心部らしい。
だから私は人間とバレてはいけない。
バレると色々厄介な事になるから気を付けろと言われた。
悶々とした気持ちを隠すようにローブを纏い、私達は家を出た。
それから暫く歩き、魔物の国の転移門前まで来た所で後ろからシロナと呼ぶ声が聞こえてくる。
その声に聞き覚えがありバッと振り返ると、小走りで駆け寄ってくるジェイトの姿が見え、その左手には短剣が握られている。
曇っていた心が一気に晴れた。
ルークが横で独り言のように
「ほら来た」
と呟いた。
「シロナ〜。間に合ってよかったぜ〜」
「ジェイト!よかった、今日はもう無理だと思ってたから」
「何言ってんだよ、俺は嘘はつかねぇぜ。ほら、頼まれてた品だ!抜いてみろよ」
待ちに待った私専用の武器!
ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、私は剣をゆっくりと抜く。
渡された短剣は、翡翠色に美しく輝いていた。
柄から刃までその透き通った色に輝き、まるで超凄腕職人の一級作品の様だ。
「すごい‥‥綺麗だ」
思わず見とれた。
その感想を聞き、満足気に指で鼻を擦るジェイト。
「へへ、気に入ったか?その色にするの苦労したんだからな〜。シロナの瞳の色をイメージしたんだ」
言われてみれば‥‥。
私と同じ‥‥。
「ジェイト‥‥‥‥」
「ん?」
私は少し照れながら小さな声で呟いた。
「あ、‥‥‥‥ありがとう‥‥」
ジェイトはニカッと笑って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「おうおう!こんぐらい良いんだよ!お礼言えて偉いなぁ〜!」
いつもならうるさい!って言って手を払ってしまう所だが、今回は気にしないことにした。
だって、こんな綺麗な物をくれたのだから、それくらい我慢しよう。
「ジェイト、わざわざ済まない。また代金を支払いに行く」
「あ?いーんだよルークちゃん。今回はシロナの照れ顔ありがとうで十分!気にすんなよ相棒」
代金はいらない??
こんな高価そうなのに??
ルークも申し訳なさそうにしている。
「いいのか?材料も馬鹿にならなかったろ」
「いいっていいって!ほら、これから納品行くんだろ?遅刻しちまうから早く行けよ。俺もこれから便り飛びの仕事あるからさ」
ジェイトがこう言っているので、私達はその言葉に甘えることにした。
また機会があれば、お礼に何か持っていこう‥‥。
何が好きなのかな。
クッキーとか?
‥‥‥‥んん。
料理は苦手なんだが、ルークに今度教えてもらおうか。
手を振り走り去っていくジェイトの背中を見送った後、転移門を潜り魔物の国へ入る。
受け取った短剣は、腰に付けている鞄の隙間に入れて固定し、ルークの後ろを魔物から隠れるように歩いて着いて行った。
やはりイヂラート街とは雰囲気が違う。
ルークも完全純血の魔物ではない為、魔物の国の住人からの視線が痛い。
コハクもその視線を感じ取っているのだろう。
目付きが異常に悪い。
それを諌めるよう、私はコハクの頭を撫でる。
この疎外感。
私の村でも同じ思いをした。
‥‥ルークは‥‥平気なのか‥‥?
ルークのことが心配になり、気づかれないよう覗き込む。
しかし彼の表情は、無表情に近かった。
なんて言うか‥‥鉄の心なのか、気づいていないだけなのか‥‥。
いまいち心が読めないんだよな‥‥。
すると突然ルークが立ち止まった。
目の前には大きな木の門。
街の中に白いレンガの塀で囲った場所があった。
その塀は十数メートルあって、私はそんな建物を見た事がなく、反り返るように顔を上げて上を見ていた。
「おっきぃ‥‥」
「ク〜」
コハクも私の真似をして塀の上を見上げている。
その様子を見ていたルークはクスッと微笑んだ。
「行くぞ。モノンはこの中だ」
再び歩き出すルーク。
門の左右に警備兵が居たが、話が通っているのかすんなり中に入れてくれた。
門をくぐると、中央に石でできた噴水があり、至る所に草木が植えられ綺麗に整備されている。
その奥に長い階段があって、大きな白い建物がそびえ立っていた。
建物‥‥っていうか、城だなこれは‥‥。
そこで私の中に1つ疑問が生まれる。
「ルーク。ここは一体なんなんだ?王様でも住んでするのか??」
「はは、王様か。まぁ当たらずも遠からずって所か」
?
きっと私の頭の上に?マークが浮かんでいたに違いない。
どういう意味だ?
私は首を傾げた。
「ここは魔軍の総本部だ。昔は王様も存在していたらしいが、今は居ない。でもかわりに騎士団長が取り仕切ってるから、当たりっちゃ当たりだ」
「ふ〜ん‥‥ここがあの魔軍の‥‥」
長い階段を上りながら過去を振り返る。
そういえば‥‥あの変なトカゲどうなったんだろ‥‥。
まだ何も分かってないのかな‥‥。
とりあえず、あんな奴にはもう出くわしたくない。
真っ平御免だ。
すっごく怖かったしな!
と、思っていると階段の上から声が聞こえた。
「シロナ〜!ルーク〜!」
顔を上げると、そこには手を振るモノンの姿が。
私も手を振り返す。
「いやぁ!良く来ましたね!ささ、中に入りましょう」
中に誘導しようとするモノンだったが、ルークはそれを止めた。
「いや、今日はここでいいです先生」
「そうですか?‥‥まぁその方がいいかもですね。それよりシロナ本当に僕の薬を作ってくれたんですね!嬉しいです」
一瞬曇った表情はコロッと変わり私の手を握り笑みを浮かべてくる。
「あの‥‥気になったんだが、モノンって魔軍の所属なのか?」
「あれ?言ってませんでしたっけ?僕ここの副騎士団長なんですよ!これでも一応偉い立場でしてね」
「ふっ、副騎士団長?!」
す、すごい‥‥!
メチャメチャ凄い人だった!!
「それより、シロナあれからどうです?何か封印解除からありました??魔法は特に問題なく使えてます?」
うっ‥‥。
きた。
この質問。
いや、来るとは思ってたけど‥‥。
どうしよう‥‥。
やっぱ誤魔化すか。
でも、この人なら分かって‥‥。
頭の中で色々考えていると、その間が微妙に長くなってしまいモノンは首をかしげている。
変に勘違いされても困る。
そう思った私は咄嗟に嘘をついた。
「あぁ、問題ないぞ。魔法も簡単に使えるようになったし、モノンのおかげだ」
「そうですか!良かったぁ。またお家に伺いますね!僕もシロナの魔法見てみたいですから」
「‥‥うん。もちろん」
モノンの笑顔を見て、私の胸がチクチクと傷んだ。
言ってしまえば良かったのかな‥‥。
でも‥‥。
上手く隠したつもりだった。
しかし、モノンはその微妙に曇った表情を見過ごさなかった。
「では、先生。また」
「はい、次の納品行くんですよね。気をつけて」
モノンに薬を届け終え、私達は城から出た。
モノンは私達の背中を見届けると、口に指をあて考え込み城の中へ戻った。




