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ぐーたら乙女の異世界移住生活  作者: 永田すず
第一章 ぐーたら乙女と異世界
5/5

05. ぐーたら乙女、尾行する

 あー、放送席、放送席ー。こちら水色髪のイケメンことジェインさんを尾行中の私です、どうぞー。

 ……なんて試合後のヒーローインタビューを真似して気分を紛らわせてみたんだけど、滑った感が半端ない。

 いや、実際にはこんな馬鹿なことをしている余裕なんてないのだけど。


 冒険者が多く集い栄える街、リガルドの東門で検問を担当する獣耳のおっさんに美形を尾行しろと無茶振りされたあと、私は人混みの中へ消えてくジェインさんを必死で追いかけていた。

 水色の髪がキラキラ輝いているので遠目でも目立っているのだけど、あまりその距離は縮まっていない。

 何故ならジェインさんは足が長く、一歩一歩がとても大きい上に歩く速度も早いからだ。コンパスの差のせいで必然的に駆け足になる私は、水色の髪を見失わないようにするのがやっとだった。

 今はまだ東門から真っ直ぐに伸びた道を歩いているだけだが、これが入り組んだ道やもっと人が増えてしまうと見失う確率がぐっと上がる。

 ダッドさん達のように荷馬車を引いて門を抜けた人が多いので、恐らく偶然検問を受ける人達が集中してしまったのだと思う。

 ついてないなと思いながら、視界の端に何とか捉えることができている水色の彼を小走りで追いかけた。


 しかし、ジェインさんを追ってかなりの時間が経過した頃。

 東門から伸びた道は、先程の比ではないくらいの人々が往来する広場のような場所へ繋がってしまった。

 ジェインさんを見失わないよう集中していたので周りの変化を感じられず、気付いた時にはすでに広場の中央あたりに進んだ後だった。


「さぁ、いらっしゃーい! 焼きたてだよ、美味しいよー」

「そこのお兄さん、彼女に贈り物としてどうだい? 二つ買ってくれるならオマケもつけるようじゃないか!」

「あっちでフレッシュジュースが売ってるんだって。新しい店かなぁ?」

「うわああああ、落としたー! 買ったばかりなのに落としちゃったー!!」


 中央にある巨大な噴水を円で囲むようにたくさんの店が並び、通り過ぎる人へ店の人が明るく声を掛けている。

 美味しそうな匂いを漂わせている食べ物の屋台もあれば、装飾品を並べている露店もある。

 賑やかな雰囲気と相俟って道行く人々の表情も明るく、耳に入ってくる音や、空きっ腹を刺激する香りだけでも私の興味を大きく引いた。

 思い返せば異世界に来てから何も口にしていない。日本でも食事をするまえに郵便受けを確認しに行ったので、今日は食事抜きだった。それを思い出すと、都合の良い私のお腹の虫の主張が激しくなった。


 チラリと視線を近くの屋台へやれば、広場に並ぶ店の中でも特に人気の屋台らしく、常に3~4人の列ができていた。

 店員と思われる少年が通行人の邪魔にならないよう客を並ばせたり、大きめの声で商品の宣伝をしている。その一方、屋台では筋肉モリモリのおじさんが無言で串に刺された肉を焼いていた。二人は親子なのだろうか?

 焼き上がった串焼き肉は専用のタレをかけることができるようで、受け取った客はホカホカと湯気の上がっている肉にハケでタレを塗っていた。受け取り場の所に備え付けられている茶色の壺にタレが入っているようだ。

 商品に口をつける前なら自分好みにタレの量が調整できるのも魅力的だろう。

 今私が観察している人はタレたっぷり派のようで、満足そうにタレを塗り終えた彼の表情はとても満足げだった。

 テカテカになるまでタレを塗られた串焼き肉はつるーんと光沢を放っており、齧り付きたくなるほど美味しそうな見た目である。


 そんな彼らを見て、思わず反射的に屋台の最後尾に並びそうになった。

 だがその衝動を何とか耐え、次から次へと串焼き肉を手にした人達が至福の表情で屋台から離れるのを見送る。ちくしょう、手持ちがあれば私だって食べれるのに。

 そう心の中でブツブツと文句を言いながら、早く身分証を作って空腹を何とかすべき思った。

 それにはまず、一刻も早く冒険者ギルドへ向かって登録を――って、あれ?


「……ジェインさんのこと、忘れてた」


 これぞまさしく、花より団子なり。

 私にとっては水色髪の美形より、串焼き肉の方が魅力的だったらしい。

 芋を洗うかの如く人がごちゃごちゃとしている広場を見回しても、あれだけ目立っていた水色の髪を見つけることはできない。

 当然、余所見をしている私をジェインさんが待ってくれるはずもなく、私は迷子へとジョブチェンジしたのだった。



 迷子になってから、ほどほどに時間が経過したあとのこと。

 あれから広場をぐるりと見回ってみた。けれど、やはりジェインさんの姿はどこにもなく私は再び串焼き肉の屋台の近くへ戻ってきていた。

 歩き回っている間に仕入れた情報によると、どうやら今日は週に一度ある休日――日本で言うところの日曜のような日だそうだ。

 休日となれば、日頃疲れた体を自宅で癒す人や、家族や恋人と過ごす人がいる。こうして広場に多くの店が並ぶのも、外出したり買い物をしたりする人を狙ってのことだ。

 普段はポツポツとしか屋台が並んでいない広場には所狭しと様々な店が出そろって、競うようにして通行人に声をかけている。

 店の者は客を求めて、客は店や娯楽を求めて。リガルドの街の住民だけでなく、冒険者や行商人たちも買い物や商売をするために集まるので混雑するのは当然だ。


 互いを想っているのが伝わってくる恋人同士に「爆発しろ」と念を送り、楽しそうに笑い合う家族連れを見て「いいなぁ」と羨む。

 前者は経験がないので冷めた目で見てしまうが、後者は私も同じような経験があるので無意識の内に目で追ってしまっていた。

 そして、両親と両手を繋いだ子供が人混みへ消えていったあと、ふと思う。

 先月末に祖母を亡くしてからは何をするにも気力が湧かなかった。そんな私が今こうして異世界に居る現実。

 もしかすると、神様が私にこの世界で大切な人を作るよう与えてくれたチャンスなのではないかと考える。

 もちろん、それは私が自分の都合が良いように解釈したものだ。

 でもこの世界には、ダッドさん達のように赤の他人の私に親切にしてくれた心優しい人達もいる。だから少し、人と関わり合うことに勇気を出してみるべきではないかと、ほんのちょっぴり思った。

 まぁ、しばらくの間は異世界での自分の生活を定着させるために大忙しだろうけど。いつか……五年後になるか、十年後になるか、それより先になるかは分からないけれど、両親や祖母のようにずっと一緒に居たいと思える人と出会えたら良いな。


 そのためにも、ギルドで冒険者登録をして身分証を作らなくては。

 ジェインさんを見失ってしまったので、彼を探すのは諦めた方が得策だ。きっと今頃ギルドに到着しているだろう。

 そもそも、案内の件を断った人を追いかけ回す方がどうかしている。ジェインさんの中では「面倒くさい、嫌だ」と口にした時点で交渉は決裂。それでも諦めなかった獣耳のおっさん……トーマスさんに全ての責任がある。

 無事に身分証を作ったら、無茶振りにも程があるとトーマスさんに一言文句を言おうと決めた。


 とにかく今は、ギルドについて誰かに聞いてみよう。

 道順を教えてもらっても地理が全然頭に入っていないので苦労しそうだけど、このまま広場で時間を無駄にするのももったいない。

 あっ、地理と言えば、街の地図をステータス画面で見ることはできないのだろうか。

 そういえば、大抵のゲームではフィールドやダンジョンの地図をプレイヤーが確認できるうようになっていたと思う。

 私の場合は生身で異世界にいるので、それを確認するならステータス画面しかない。

 ついでにナビ機能でも付いていないかと都合の良いことを期待して、小声で「ステータス」と呟いた。ついつい口にしてしまったけれど、ステータス画面を開きたいと思うだけで表示されるかどうか、またあとで実験してみよう。


「(お? 新しいタブが使えるようになってる)」


 薄い緑色の背景色で目の前に現れたステータス画面は、前に見た時と比べて少し変わっていた。

 B5サイズの横長の画面には複数のタブが付いている。前回は一つ目である「能力・装備」のタブしか選択できなかったのだけど、今は二つ目が選択可能状態になっていた。新しいタブの名称は「地図」だった。

 なんてタイムリーな解放なんだと感動しつつ、タブをタップすると画面が切り替わり「城壁街、リガルド」と題された、形が真四角の街の地図が浮かび上がった。

 どうやらリガルドは東西南北にある各々の門から真っ直ぐ大きな通りが伸びており、それが交差する中央部分に今私がいる広場があるようだ。

 その広場から放射線状に多くの道が存在し、そのどれもが他の通りへ繋がる脇道を持っている。道が蜘蛛の巣のように表示されている地図を見て、これは覚えるのに時間が必要だと頭を悩ませる。


 とは言っても、地図があるだけ大助かりだ。

 実際に歩いてみれば意外と覚えやすいかもしれないし、とにもかくにも移動しなくては何も始まらない。

 私はさっそく冒険者ギルドの場所を知りたいと強く念じ、地図に変化が起こるのを今か今かとワクワクしながら待った。

 きっと、この地図に記されている建物のどこかが淡く光るはずだと信じて。


 ――が、待てども待てども地図は何の反応も示さなかった。

 何度念じようにも、地図に表示されている建物の中で名称が分かるのは「東門」「警備兵団・東門詰所」「広場」の三つだけ。

 どうやら地図には一度訪れた場所の名称しか表示されないらしく、いくら私がギルドの場所を知りたいと願っても叶えてくれないようだ。まったくもって、融通がきかないシステムである。

 他に何か変化していたり、役に立ちそうなシステムが追加されていないか探してみたが何も見当たらなかった。

 職業等を決める時に私の要望が通ったからといっても、そう毎回都合よく問題が解決してくれるはずなんてない。

 ガッカリしながら最後にデフォルトで選択されていた「能力・装備」のタブへ戻すと、職業が「魔法使い(迷子)」になっていて、更にテンションが下がった。

 やはり広場にいるリガルドの住民に道を聞こうと思った私は、ステータス画面を消すべくウィンドウを閉じるイメージを思い浮かべる。


 だが、何気なく眺めていた自分のステータス画面を見たまま、画面を閉じる直前で動きを止めた。

 今私が直視しているのは、職業や装備品が載っていた画面の下方部。日本でパソコンに向かって設定したスキル――<探索・探知>の部分だった。


「……探索って、人捜しにも使えるんじゃない?」


 そうだ、スキルだ。探索・索敵という便利スキルを持っているのでジェインさんを探すことができるかもしれない。

 選んだ時は珍しいアイテムを手に入れるのに役立ちそうだと思っただけだが、設定する時に読んだ効果にはそれ以上のものがあったと記憶の片隅に残っている。

 少し慌てて<探索・索敵>とある部分をタップすると、説明文が浮き上がった。そこにはこう記されている。「人物や品物を探したり、外的の接近を察知することができる」と。


 きた、完璧だ。このスキルさえ使えれば、ギルドに居るであろうジェインさんのもとへ向かうことができる!

 不発に終わった地図と違い、ジェインさん本人に会ったから認識はできている。氷魔法を使いそうな容姿だが、腰には剣を装備していた。トーマスさんとの会話の中で、ギルド期待の剣士だとも耳にしたので情報量も少なくはない。

 大丈夫、きっと成功するはずだ。新たなスキルを使用することに緊張している自分にそう言い聞かせた。

 正直に言うと、どうスキルを使えば良いのかは不明だ。

 でも、捜索対象について考えていれば発動してくれると信じて、タブを改めて地図に変えてからジェインさんについて考えはじめた。

 ジェインさんー。水色の髪に青い瞳をした美形で足の長い冒険者のジェインさんー。不愛想で歩く速度がめちゃくちゃ早いジェインさ……。


 ――ドンッ。

「ってぇな……。どこ見て歩いてやがる!」

「え、あ、す、すみませんっ」


 身体への強い衝撃とドスのきいた低い声に驚き、集中が途切れてしまった。

 困ったことに、スキルを使用するのに気を取られすぎて広場の通行人にぶつかってしまったようだ。

 ……うん? いや、それはちょっとおかしい。

 私はスキルを使うのに集中していたので、その場を一歩も動いていないはずだ。それなのに人に接触したのは、私からではなく相手側からぶつかってきたということだ。

 つまり、私は相手から責められる必要なんてないのだ。相手の勢いに負けて思わず謝罪の言葉を口にしてしまったけれど、私にも文句を言う権利がある。争うのは嫌なので穏便に済ませたいというのが本音だけど。

 でも腹の虫がおさまらないのも事実だ。

 だからせめて、一睨みくらいしてやろうと思って私は相手を威嚇すべく顔をあげた……のだが、その気合いは早々に散った。


「わぁお」

「ぶつかっておいて頭下げねぇ気か? ふざけんなよ」


 いえいえ真っ先に謝ったと思うんですけど……、と口にしたくても言えない。

 何故なら、私と接触したと思われる腕をおさえているのは、真っ赤なモヒカンが素敵な眉毛のない男だったからだ。やばい、どう贔屓目に見てもチンピラだ。

 しかも彼の隣にはドレッドヘアーの顎鬚男も立っている。確実に仲間だ。大親友に違いない。


「おいおい大丈夫かよー。この姉ちゃんがぶつかった瞬間、変な音がしたぞ?」

「大丈夫じゃねぇよ。あーあ、こりゃあ完全に折れちまってるわ」

「折れ……? そ、そんな。そのくらいで折れるなんて――」

「人を怪我させておいて、その態度は酷いんじゃねぇ? 俺の相棒が嘘をついてるって言うわけ? ええ?」

「あー、痛ぇ痛ぇ。死ぬほど痛ぇわ。」

「ほら、超痛がってんじゃん。どう落とし前つける気だよ」


 ぶつかってきたのはモヒカンからだし、彼の腕からは折れるような音なんてしていないので明らかに嘘だ。

 そんな大根役者もビックリな演技を披露した彼らは、これでもかというくらい顔を歪ませて脅してくる。たじろぐ私に詰め寄るドレッドヘアーに、一歩後ろで痛い痛いと連呼するモヒカン。

 広場の通行人達の目が私達に集まっているのを感じながら、私は目の前の二人に恐怖を――抱くより先に、大興奮していた。

 何故ならこれは、記念すべき異世界初のイチャモンだからである。


 ふおおぉぉ! 異世界初のイチャモンだっ。真っ赤なモヒカンとドレッドヘアーという最強のチンピラに絡まれたぁぁぁ!

 日本でも漫画やドラマで同じようなセリフを悪役に言われるけど、まさか異世界でも同じとは。時空を超えて共通なんて、あらゆる意味で感動する!!


 と、叫び出しそうになる身体に力を入れ、何とかその感情を抑える。

 しかしその耐え忍ぶような動きはチンピラ達のお気に召してしまったようだ。ああ、私はチンピラのワールドワイドさに感銘を受けていただけなのに……。


「あれぇー? 震えちゃってんのか? 冴えない見た目だと思ってたけど、かっわいーじゃん」

「お前、こんなのが趣味なのかよ」

「いやぁ、我慢強い方が思いっきり殴れるだろ。スカッとしたい気分でさ」

「なるほどな。痛めつけ方は好きにすりゃあ良いが、奴隷商に売れるよう加減しろよ。酒代は多い方がいいだろ」


 二人の話は円満に解決したらしい。私にとっては全然円満ではないけれどねっ!

 どうやら彼ら曰く「冴えない見た目」の私はフルボッコにされた後で奴隷商人に売られるみたいだ。

 彼らの誤解を解こうと首を横に振っても、私を見てドレッドヘアーはケラケラと楽しげに笑い、モヒカンは加虐的な笑みを浮かべた。

 わあ、これは本格的にやばそうだ。大興奮とか言っている場合ではない。

 誰か助けてくれないか、と遠巻きに私達の様子を窺っている周りの人達に懇願するも、目が合わせないよう顔を逸らされてしまう。

 それもそうだろう。自ら面倒事に巻き込まれようとする者なんていないし、こうして見て見ぬふりをするのが大多数の反応だ。

 見ず知らずの人を助けて何のメリットがあるというのか。


 しかし悲観するより今私が考える必要があるのは、この危機的状況をどうやって乗り切るかだ。

 戦闘用のスキルは初級魔法しか使えないので、二人を相手にして真正面から戦いを挑むのは無理だ。ならば、チンピラ二人から逃げおおせる事が目的となる。

 逃亡に重要なのは、タイミング。一瞬一瞬の全てが勝負であり、ひとつ欠かすことが命取りだ。

 幸いにも、二人は私が怯えて震え、動けないと勘違いしている。

 ならばその油断を利用して隙を作ろう。使うのは水魔法だ。コップの水を浴びせるくらいの魔法しかできないけれど、少しの隙くらいは生み出せるだろう。

 火や風の魔法を選ばなかった理由は、一度も試したことがないからだ。

 水魔法のレベルから予想すると、どちらも威力に期待などできない。肝心な時にマッチ程度の火がついたり、そよ風が吹いたりしても困るだけ。

 だから唯一使えると判明している水魔法を最大限利用した策を立てる。少しでも時間を稼げれば、万が一にも私へ救いの手を差し伸べてくれる人がいるかもしれないから。

 東門には警備兵団のという組織の人がいた。あの兵士の服装をした人なら見過ごさないと信じて、魔法を仕掛けるタイミングを窺った。

 そして――。


「じゃあ連れて行くか」

「いくらくらいで売れるだろうな」

「お、賭けるか?」

「いいねぇ、乗った!」


 互いの顔を見合わせて笑っている二人は私が逃亡するなど露程にも思っておらず、完全に油断している。

 話題は私が奴隷商人にいくらで売れるかだ。そんな下世話な話で盛り上がる二人に、舌打ちしたい気持ちをおさえ、指パッチンを二回鳴らしてから水魔法を発動させる。


 パチン、パチン!


「ぶはっ、何だ!?」

「げほげほっ、急に水が掛かりやがったぞ……!」


 コップ一杯分の水は見事二人の顔面へ命中し、手や腕で顔を拭う二人の意識が完全に私から逸れた。

 作戦通り隙を作り出せた私は心の中でガッツポーズを決め、急いでその場から駆け出そうとする。眺めていただけの周りも、私が動いたことに驚いていた。


「すみません、通してください!」


 野次馬の如く集まっていた人の群れへ突っ込み、掻き分けるようにして前へ進む。

 だが予想以上に人垣が厚く、呆気にとられている人達の反応も薄い。私を逃がすために道を譲ってくれるものだと思い込んでいたのだけど、そう上手くはいかないようだ。

 理由は、私がチンピラに絡まれていると気付いていない人達も人垣の一部と化していたから。

 人だかりができているから、自分達も見に行ってみよう。そんな心理で集まった見物客が、血相を変えて逃げる私を知るはずがない。

 結果、思うようにチンピラ達と距離をとれなかった私は捕まる寸前だ。

 進むのに苦労している私とは逆に、追う側の二人はそれほど難なく追跡できている。私が先に道を作っているのもあるが、彼らの見た目に萎縮した住人達が自然と道を譲っているのが主な理由だ。


「待ちやがれ、絶対に許さねぇぞ!」

「げふっ、ごほごほっ! ちくしょうっ、鼻が痛ぇ……」


 モヒカンは自慢の髪型が崩れてしまっているし、ドレッドヘアーは水が鼻に入ったせいで未だ苦しそうな顔をしている。

 見た目こそ悲惨だが二人には共通点があった。どちらも私に対して激怒しているという点だ。

 しかも二人とも足が速い。男女の差があるので追いつかれる覚悟はしていたが、警備兵団の兵士を見つける余裕どころか、周りに目を配ることさえできない。

 もはや自分が何処へ向かっているのか、何処を走っているのすら分からない。


「おらぁっ、捕まえるぞ!」

「鬼ごっこは終わりみたいだな。……げほっ」

「(ダメだ、本当に追いつかれるっ!)」


 飛んでくる罵声はすぐ後ろからだった。

 慌てて振り返れば、彼らとの距離は成人男性が腕を伸ばせば届く範囲内。つまりそれは、この逃亡劇の終了を意味していた。

 あの時の恐怖や絶望といった、両親と祖母が亡くなった時に感じたものに再び支配されそうになる。

 一体いつになれば私の影った心に陽が射すのか。

 ダッドさんやハンナさんに優しくしてもらった時の幸福感がそれに近いと思ったが、もはや確かめることは出来無さそうだ。


「(せめて二人に恩返しをしたかったな)」


 そう心の中で呟いた直後。

 激情しているモヒカンの手が私へ伸ばされたのが見え、異世界での新しい生活が早々に詰んだことを悟った。




 ――次の瞬間。


「ぐへぇっ!」

「うぎゃあっ!」


 私を捕まえようとしていたモヒカンと、一歩遅れて追走していたドレッドヘアーが、蛙が潰されるような悲鳴を上げて勢いよく吹っ飛んだ。

 あまりに突然のことに驚いたため、駆けていた足を止めて倒れた二人を茫然と見つめる。直後、走っている最中は感じていなかった疲労と息切れが一気に襲ってきた。

 逃亡中の恐怖と未だ捕まっていないことへの安堵感のせいで、私はへなへなとその場に座り込んでしまった。腰が抜けたようだ。

 そんな私と、倒れたままのチンピラ二人に向かって、とても静かな足音を伴った人物が近寄ってきた。


 陽の光を浴びて輝く髪は水色で、微かに吹いた風によってふわりと揺れる。

 鋭くなった眼光のせいで確認しづらくなっているけれど、瞳の色は海の色を連想させる深い青。

 上質な防具と、使い古されているが手入れの行き届いた剣を腰に携えたその人は、私の前でピタリと足を止めた。

 ゆっくりと見上げて確認できたのは、水色の髪と青い瞳の持ち主――ジェインさんだった。


 何故ジェインさんがここに? どうしてチンピラを? と色々質問を口にしようとしても、整いきれていない呼吸のせいで旨く言葉は紡げない。

 そんな風に何度か咳を交えている私を見下ろすジェインさんは、心底嫌そうな表情で言った。


「尾行ぐらいしっかりやれよ。ったく、面倒くさい女だな」


 と。どうやら最初から尾行はバレバレだったようだ。

 しかしながら、最大のピンチに駆けつけて(?)くれた水色髪の美形を見上げつつ、――少女漫画のヒーローか! とツッコミを入れてしまったのは仕方がないと思う。

 何はともあれ、チンピラ達に奴隷商人へ売り飛ばされる最悪の人生だけは避けられそうです。ああ、よかった……。

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