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そういえば、イハル兄に、グレースとのなれそめとか聞いてないよね。って、フッと思い出して、聞きに行こうかなって部屋を出たんだけど。
「ユノ嬢! お願いですから、助けてください!」
怖い顔したエレンさんが、部屋の真ん前にいた。あんまり鬼気迫る顔だったから、あたし、何にも聞かないで思わず頷いちゃったよ……。
「ってか、いきなりどーしたの?」
「そうですね……言ってしまえば、気の休まらない拷問を受けているような、殺伐としていたたまれない一日を過ごせと命令を受けまして……ユノ嬢がいれくれたら、少しは快適に過ごせると思い、こうしてお願いにうかがったのです」
……エレンさんが、拷問とか、殺伐とか、いたたまれないって……何、それ。ってか、あたしもそれに巻き込まれるわけ?
うん、まあ、勢いとはいえ頷いちゃったし、それはしょうがないって諦めがつくけどさぁ。
「いったい、何があるわけ?」
「騎竜の里へ行き、管理と育成をしている方にお会いしてくるだけです。ただし、その方は非常にくせ者で、ヴァージルが大好きでお気に入りで、あれでないと話が通じなくて。徒歩ならあちらに一泊していくことになるけど、私がドナを出せば日帰りになる。それが死ぬほど腹立たしいからって、私にはネチネチ嫌味を言うし、よりによってヴァージルと二人でなんて、それこそ発狂ものよ!」
ハアハア、って肩で息をしてるから、エレンさん、よっぽど嫌なんだろうなぁ……。そりゃあ、お互い嫌いって思ってる相手と二人で、なんて、あたしでも嫌だよ。
あたしだと、多分、ベネットの竜に乗る感じ? うっわ、無理!
……ん? あれ? 今、何か……。
「エレンさん、いつもと口調違う?」
ハッとした顔で、エレンさんが右手で口を覆った。
ちょっと意外な動作だけど、何かエレンさんが可愛い。言ったら怒られるか、怖いことになりそうだし、言わないけどね。
「元々、こっちが私のしゃべり方で、ヴァージルとの因縁を知らない人には面倒なことになるから、そういう人にはあえてヴァージルっぽくしゃべってただけ。最初からこうだったら、ユノ嬢も、私がヴァージルを殺してやりたいほど嫌いだなんて、思わなかったでしょ?」
「んー? 割とすぐ、将軍もアルヴィン様も嫌いなんだろうな、って思ってたよ?」
ちゃんと見てれば、その人が好きか嫌いかはわかるんだよね。どんだけうまく取り繕ってても、空気とか、ふとした瞬間の目とか、そういうのが違うから。
「……あら。ユノ嬢は意外と鋭いのね」
意外と、は余計。
ってか、エレンさん、将軍とアルヴィン様には、時々殺気出てたし。イハル兄にすら向けてなかったのに、あの二人には堂々と殺気だもん。
さすがにわかるよ?
「んでも、エレンさんが将軍を呼び捨てにしてたら、やっぱ邪推されるってこと?」
「邪推どころか……余計なお節介を焼こうとした人もいたから。誰が好き好んであんなのと!」
ギュッと握り締めた拳の、色がないんだけど……エレンさん、どんだけ力入れてるの?
……あー。昔っからこの調子だったら、エレンさんはいろいろ縁遠くってもしょうがないよね。そんな気がして、納得できちゃう。
「というわけで、明日、夜明けとともに出発しますので、よろしくお願いしますね」
「え……あ、うん、わかった」
朝早いね。今日は早めに寝なきゃ! あ、あと、グレースたちに、明日は一日いないって、言っとかないとね。
‡
夜が明けてくとこを、あたしはドナの上から眺める。
ひょっとして、リアムもこの景色見たのかな? そんで、空の支配者気分って言ったのかも。
この光景だったら、あたしでも、空の支配者って気分になる! ホント、すっごい気持ちいい眺めだもん。
暗い空が、ほんのり赤っぽい黄色から、だんだん青くなってくの。色の変わり方とか、面白い!
「エレンさんってさ、いっつもこんな景色見てんの?」
「ふふっ、とってもいい気分でしょ?」
「うん! いいなぁー」
将軍もいるけど、最初に顔を合わせた時に挨拶したっきりで、ずっと黙ってる。んでも、しゃべりたくない、とかじゃなくって、単に黙ってるだけっぽい。隅っこで座ってぼんやりした感じだけど、口元はちょこっと笑ってるし。
風はちょっと冷たいかな? あ、そういえば、防寒具とか持ってきてないけど……騎竜の里って寒かったりしない?
「ねえ、将軍。騎竜の里ってさ、寒いとこにあるの?」
「山の上ですから、この時期は、城よりは寒いかと。今、寒いのでなければ、それほど気にすることではありません」
「あ、そうなんだ。じゃあ、大丈夫かな?」
せっかく行ったのに、寒くって竜を見るどころじゃないとか、それで風邪引いたとか、何かやらかしたらもったいないなって思って。
どうせなら、バッチリ竜を見て、グレースとリディにお土産話、持って帰りたい!
「薄着で行って風邪引いたら、またイハル兄とかカノ姉に、バカは風邪引かないって言うのに、って言われるじゃん?」
「……その、馬鹿はどうこうと言うのは、どういう意味ですか?」
将軍に聞かれた。エレンさんも、不思議そうに首を傾げてる。
「へ? あれ? マーハルニーファだと言わないの? あ、そういえば、ねぼすけ雪さんも違う言い方するんだっけ……」
えーっと、何て言ったらいいのかな?
「それって、愚者は夏に風邪を引く、と似た意味かしら? 愚かな人は鈍感で、体が弱る暑い時期になって初めて、具合が悪いことに気がつくってことなんだけど」
「あー、うん、そんな感じかも」
やっぱ、似たような言葉はあるんだね。んでも、何か、印象が全然違う。
ねぼすけ雪さんの時も思ったけど、マーハルニーファの言葉は、ちょっと小難しい気がする。
「セイライ国の言葉は、ストレートで面白いのね」
「そうかなぁ?」
「春先に降る雪も、晴れているのに降り出す雨も、それぞれ名前があるんでしょ?」
「うん、ねぼすけ雪さんとお天気雨さん。夏の夕方にわって暗くなって、雷も鳴るのが夕立だよ」
雨とか雪は、セイライ国ではよく降るものだから、いろんな名前がついてるんだよ。雪も、ちっさいのがバーッて降ったら粉雪って呼ぶし、大きいのがボタボタ落ちてくるとボタ雪。水っぽくて、地面に落ちるとベチャッてつぶれるのは水雪。
水雪だけは、そんなに積もらないんだよね。そういえば、あったかくなってきた頃によく降るかな?




