ep7. 福島県郡山市 ヤマ✖バンダイ
ヤマという娘がいた。
川そばの部族の娘で
その性根は男勝りながら風貌はとても女性らしく
川に潜っては魚を採るのをとても得意としていた。
川に架かる橋の上から身を乗り出して十五歳になったヤマを見つめる成年が居た。
ヤマの漁の様子をずっと見ている。
というか
ヤマを見ていたのであった。
ヤマの顔立ち。ヤマの肢体。ヤマの動き。
漁で魚を追い立てる、華麗に踊るように泳ぐその姿を
バンダイは凝視していた。
「おとう、あれが嫁にほしい。」
その夜、バンダイは山の族長である父親にねだっていた。
「俺はあの女がいい。」
父親は言う。
「お前の言うことはわかるが、儂にも立場がある。」
「ヤマの一族と、事を荒立てるわけにはいかんのだ。」
バンダイはごねる。
「では、どうすればいいんだ!」
父親が返す。
「お前はまだ若い。まずは、言問をしなさい。上手くいかずとも機を待て。」
バンダイはヤマに毎日、鷲の足に言問の文を括って遣わした。
しかし、返事は来ない。
アサカという男がいた。ヤマとは幼馴染で、幼い頃からよく遊んでいた。
ヤマより2歳年上で 普通の家の子供であった。
頭はよく人の言うこともよく呑み込み、計算も早い。
ただ、感情を外に出すことはなく、いつも無口で
必要以上に人にかかわらず、人が多いようなところ、祭りなどに出ることもなかった。
ヤマは川に出るたび、笹舟と文を用意して流していた。
「アサカに届けておくれ。」
アサカも文が流れてくるのを、その文を読むことをとても楽しみにしていた。
ヤマが忙しい漁の合間を縫ってたまにアサカの家にやってきても
アサカはヤマの話を聞きながら、本に読まれている、男であった。
それでも男勝りのマヤにない、柔らかくきめ細かい気遣いができるアサカが
一緒に居て心地よいアサカが気に入っていた。
バンダイは言問の返事が来ないことにしびれを切らしていた。
「俺の言問がヤマに届いていないに違いない。」
本来、言問は気に入った相手でなければ、文は返さなくていいのである。
が、バンダイはまさか、自分からの言問を断る相手がいる、など思いもよらなかったのである。
ある月のない夜。バンダイは音を立てないよう忍びながらヤマの部族に接近していた。
ヤマが窓から確認できた。あそこにヤマがいる。部族の中央の家に目当てのヤマの部屋があった。
バンダイは、周りの家が切れたところにあったゴミを詰んである場所に、持ってきた火打ち石で火を付けた。
パチパチパチ・・・ 雨が暫く降っていなかったのもあって、瞬く間に火の手が上がった。
「火事だ!」「どこだ?何処が火事なんだ?」
人々が騒ぎ、集落の外れに集まり。火を消しにかかる。
その隙を縫って、バンダイはヤマの部屋に押し入った。
「誰?」ヤマが問いかける。
「黙って連いてこい!」
「いやあっ!」激しく抵抗するヤマ。
しかし、抵抗虚しくバンダイとその付き人たちに捕縛されてしまった。
数刻後。
マヤは後ろ手で捕縛されたまま、バンダイの屋敷に居た。
バンダイが問いかける。
「なぜ、お前は俺の言問に応えぬ?」
マヤは、きっと睨みながら言う。「お応えできないからよ。」
「俺は。」一旦喉をつまらせた後、バンダイが続ける。
「俺はこんなにお前にことが好きなのに。最初に一目見たときから、お前は俺と結ばれる運命にあったのだ。この運命に逆らうことなど出来はしない。」
マヤは、困惑していた。
どうしよう。何を訴えても通用しそうにないわ。何を言っても解放してくれそうもないし。逆らって変に刺激してしまったら、大変なことになりそう。
逡巡している間もなく
「居るか?」
「はっ!」二人の男が入ってきた。
「この女から真名を抜き取れ。」
マヤは部屋に一人きりにされた。眼の前で何かが焚かれている。変な香りが充満してくる。暫くして部屋の
外から声が聞こえる。
「お前の真名を名乗れ。」
「いやよ。絶対、嫌!」
「お前は真名を名乗りたくなる。」
「さぁ、お前の真名は何という?」
数刻に亘って、やり取りが繰り返された後
香が効いてしまったヤマは、真名を喋ってしまった。
「私の真名は《◇○□☆》・・・」
そして、力なく首をうなだれてしまった。
アサカは、ヤマが連れ去られたことを知り、急いでバンダイのもとに向かっている。
「無事でいてくれ。」
しかし、その願いも虚しく真名を抜かれたヤマはバンダイの操り人形のようになってしまい、すでに抵抗する力はない。
そして、バンダイの近習の女たちによって、花嫁衣装に着替えさせられていた。
祝言をしてしまい、けじめを付けて、褥を共にしてしまえばこの女も諦めるだろう。
バンダイは手に入れたいものは手段を選ばない。そういう男である。
アサカがバンダイの屋敷に着いたのは、深夜であった。
が、それにもかかわらず、賑やかに何か行事が行われている。
何をやっている?アサカが目を凝らして見る。
そこには、真っ白な衣装を着てバンダイの横にいるヤマが見えた。
「何ということだ!」
猪を呼ぼう。山々の猪を招集するアサカ。
そしてお願いをした。
「いつも世話になっている上に、無理なお願いをしたい。バンダイの屋敷周りを全力で駆け抜けてくれ。」
猪たちが応える。「何を仰る。アサカに世話になっているのは我らの方である。喜んでご助力いたそうぞ!」
すまない。アサカは短く礼を言うと、ヤマのそばまで跳んだ。
「ヤマを返してもらおう!」
「神聖な席の最中に、呼ばれもしないお前が入ってきたうえで、何を申す。」
バンダイが返答する。
アサカは腰の剣を抜いてバンダイと切り結ぶ。
いつの間にか猪たちが部屋に上がり込んで暴れ始めている。
「パキン!」
何度か切り結んだ後、アサカの剣はバンダイの剣に折られてしまった。
「くっ!」歯嚙みするアサカ。
その時
猪が一頭、バンダイの顔に覆いかぶさった。「ブヒッ!」
たまらず手で猪を払いのけるバンダイ。
その刹那、ヤマを軽く肩に担いでアサカは窓の外に跳んだ。
「くそう、逃がすものかぁ!」バンダイの咆哮が背後から聞こえる。
アサカはヤマとともに、猪の背に乗り猛スピードで走り去っていった。
なんとか追手を巻いて里まで戻ってきたアサカではあるが、ヤマは尋常でないままである。
「どうしよう・・・。」ヤマは怪しい香と真名抜きの呪文のせいで意識を失っていた。
アサカはずっと横でヤマの手を包んでいるが、ヤマは意識を戻すこともない。
「出雲の差海に行ったらどうだろう?」近習のナガモリが意見をしてきた。
ナガモリは里の外交を引き受けている人物で、里の外のことに詳しい。
「アサカ、このままではすぐバンダイはヤマを取り返しに来るだろう。ここにいては危険だ。」
「俺にいい考えがある。里を出るんだ。ただ出るだけでもバンダイはヤマを捜索しにくくなる。そして差海にいけ。」
「差海に?なぜ?」
「八岐様の力をお借りするんだ。」
「どういうことだ?」
「差海の八岐様はどうやら、真名を書き換えることが出来る呪をお持ちらしい。ヤマの抜かれた真名を正してくださるかもしれない。」
「分かった。すぐに出よう。」
アサカは、動けないヤマを背負って南に下る旅に出た。
采女が神社の外にいた時、砂丘の方から人が歩いてくるのが見えた。ボロボロの身なりで、よろよろと危なかしい足取りでこちらにやって来る。
采女が思わず駆け寄ると、背中に女性を背負っていることに気づく。
『誰か手伝って!』近習のものが声に気づき数名駆け寄ってくる。
ああ、たどり着けた。
アサカはその場で倒れ込んでしまった。
目を覚ますと、寝具の上にいた。
ぼぅっとした意識が鮮明になり ガバッと飛び起きる。
しまった。ヤマは?
『どうしたの?ゆっくり養生していいのよ。』采女が声を掛ける。
「ヤマは?背負っていた女の子は・・・。」
『横で寝ているわよ。』
よかった。ヤマはいた。アサカは横のヤマを確認して、また横になった。
「ありがとうございます。助かりました。」
采女が問いかける『一体、どうしたの?』
「私は、奥州から参ったアサカといいます。この女性はヤマ。」
『まぁ。そんなに遠くから一体何でまた?』
「ここは、差海ですか?八岐さまのお社ですか?」
采女はきょろきょろして周りを伺いながら小声で言う
『そうよ。そうだけど、それは知られていないことだから口外しないでね。』
『というか、なぜそれを知っているの?』
「同じ部族のナガモリに聞きました。」
すると、遠くから男の人の声が聞こえる。
「ああ、ナガモリ殿か。で、どのような要件かな?」
齢五十くらいの壮健そうな男性がいつの間にか笑顔で立っていた。
采女が畏まる。
「遠くから大変でしたな。よくぞはるばるおいでになられた。」
そう言いながら男は胡座をかいた。
「この女性の真名を直していただけると聞き参りました。」
「ほう。」そう返事をし、女性をみた途端、男の顔が曇る。「こりゃ、ひどい。」
「何をやったらこんなに無理矢理に真名を引き剥がせるんだね。」
アサカが答える。「わかりません。私が目にしたときは、すでにこうなっておりました。」
「ふぅむ。そなたのせいではないわけだ。」男が少し考え込む仕草をする。
「よし。任せなさい。いずれにしてもそなたたちは養生が先だ。」
数日
アサカは剣を振っていた。
いつ、バンダイが攻め込んでくるとも限らない。次は必ず勝てる見込みもない。居ても立っても居られない。
アサカはとにかく身体を動かして気を落ち着かせようとしていた。
ヤマは目覚めない。アサカの代わりに采女がとても手厚く介護をしてくれていた。そのせいもあってボロボロだった肌は艶を取り戻し、ガリガリだった身体ももとに戻っていた。
「さて。真名を治すとするかね。」
ふと見ると、男性が立ってアサカを見ていた。
アサカは片膝をつき、畏まった。
「ああ、客人であるそなたはその様になさらなくていい。」
「いえ。」アサカは続ける。「このように手厚くして頂き、その上更に真名まで直していただける。どの様にお返しをしてよいのかもわかりません。」
男はニコニコしながら、「では始めるかね。」と言いながら手を広げた。「さて、新しい真名は何にするかね。本人は意識がないので聞きようもないが、そうだ。そなたがつけるかね?」
アサカは一瞬きょとんとしたが「《□▽◯□》」でお願いしたいです。と答えた。それはこの2人が一番大事にしている言葉であった。
「ほう。良い名を選ばれたな。」男性は目を細めそう言って、手をおろした。
途端、ヤマの目が開いた。
「あれ、あたしどうして。てか、ここどこ?」
アサカは膝が抜けて「すとん」と、しゃがみ込んでしまった。
「あんた、何してんのよ?」ヤマが訝しそうな顔でそう言った。
男が話しかける。
「火山を動かして、川をせき止めたそうじゃないか。」
バンダイのことを言っている。アサカはそう思った。なぜそんな情報を知っているのか?疑問に思ったところであったが
「もとに戻さないといけないと思うのだが、できそうかね?」
先に思考を持っていかないと失礼だと思い返答をする。
「私どもにその力はございません。あれは山の一族だけが持つ力です。」
「そうか。仮に治せるとしたらどうするね。」
「それは勿論ぜひ・・・」
もう、ここまでお世話になったので十分である。
そう思っていてもこれからのことを考えると、あのまま川がないのであれば自らの部族は滅亡の未来しか無い。
「お願いできましたらお願いしたいです。」
アサカは絞り出すように答えた。
男はニッコリして言葉を続けた。
「アサカ殿、良い刀を進ぜよう。ここの山は鉄が取れてな。その鉄でこさえた刀だ。」
すっと目の前に刀が出現した。
「差し上げよう。」
アサカはびっくりしながらも 前に手を出し刀を受け取った。
「それから・・・」
ふと横を見ると、挙動不審な男女が立っていた。「えっ?えっ?」って言っている。
「この二人は川を塞いだり山を治せたりするかもしれない。後で遣わすかもしれないのでその際は対応をお願いできるかな?」
「ありがとうございます。」アサカは深々と頭を下げた。




