ep6. 島根県出雲市 大国✖八岐
儂は大国。身体はまだない。
儂は根の国の出身で、貧乏長屋の長男である。
一つの卵を兄弟で取り合う。ちよっと多いだ少ないだ。それでもう喧嘩になる。そんな家庭であった。
何時の頃か〈言葉にしたことが本当になる〉という能力があるらしいことに気がついた。
これを「言霊」と名付けた。
例えば、【儂だけ卵が多くなる。】
他の兄弟に 気づかれなければ、こう言うだけで、儂の卵は多くなる。
「気づく」というのをもっと細かく言うと 「あれっ?」と思われるだけではまだ有効である。
「兄ちゃんの卵が多い!」誰かがこう言うと、それで言霊は無効になってしまう。
あそこは、食うや食わずの地域であった。
儂はそれが嫌で嫌で。
とにかく金持ちになりたかった。
そんなところに 東で治水の長期研修があると聞いた。
【治水工事の研修についていける】
儂は言霊をかけた。
で、80人の定員であるところ、81人の研修団員が誕生したのである。
途中、国境の波根というところで宿を取った。
ここにはサージャントが凄い民が住んでいて、鰐を使役しておる。
歓迎の踊りでも、その場で2mは跳んで見せる。
なるほど、国の「端」である「ハネ」と、この民の特徴「跳ねる」の「ハネ」で
二重の呪をかけてあるのか。
そして、波根は宿場町でもある。
【儂は下にも置かない歓待を受けることができる】
儂は湖の真ん中にある小島に案内され手厚い歓待を受けいた。
これもすべて言霊のおかげである。
ナイスバディな女性が横について
甲斐甲斐しく接待をしてくれる。
「そち、名前をなんという?」
『あおでございます』
「それは源氏名であろう?本名はなんと申す。真名はなんと申す。」
『いやですよぉ。野暮なこと言いっこなしですよ。』
...軽くあしらわれてしまった。
まぁいい。
真名を聞き出す方法ならいくらでもある。
というわけで あおのグラスに、解からないほど微量な媚薬を仕込んだ。
普通は3日で効いてくるはずの予定ではあったが
一月ほど経ったであろうか、今宵はあおの表情が違う。
『・・・鈴見様・・・』
いや誰それ。まぁ、誰でもいい。あおの想い人の名であろう。
話を合わせる。
「久しぶりだな。あお。」
『いやっ,そんな他人行儀な。いつものように《◯△■✖》と、呼んで。』
そうか、それがあおの真名か。
「《◯△■✖》、敵が来る。鰐を外に放て。」
『突然ね?鈴見様、一体どうしたの?』
「根の国が騒がしい。この湖に鰐を繋いでおいては全部殺されてしまう。大切な鰐を守るために儂は戻ってきたのだ。」
「この戦いが終わったら、二人でゆっくり過ごそう。」
『うれしい...』
全くのアドリブであるが、綺麗に嵌まったらしい。
これで根の国との境界を混乱させることができる。
誰がやったにせよ、根の国と出雲との間は疑心暗鬼になるであろう。
思った通り、波根は大混乱になったようだ。儂が犯人だなど誰にもわからぬ。証拠などない。
まぁ、儂は面白ければそれでいい。
この大事件のあと八岐は結界を強化するために崖を切り取って立神岩を作り、
それでもそこを越えて行こうとすると呪が醒める山という意味で、醒水山という名の呪をかけた。
それから、研修期間が終わった日のこと。
【儂だけは根の国に帰らなくてもいい】
と、保知石から見て「隠れ地」である杵築で言霊を述べた。
今、八岐に気取られるわけにはいかぬ。
儂は高いもの、大きいもの、が好きである。
だから 身長140センチでも「大黒」「大物」を名乗っている。
いいのである、全員が全員、儂の背格好を知っているわけもなく
名声を轟かせれば、背格好など取るにも足らないものになるはずである。多分。
まず、そのためには、大きな屋敷がいる。
大きな屋敷のために大きな建材が要る。
建材は勝手にその辺りの材料を持ってくればいい。
柱は、三瓶の千年杉に目をつけた。太さ2mはあるかという、大きな杉である。
まぁ、数本くらい無くなっても佐比売は気づかないであろう。
壁土は、朝山のベントナイトを使うことにする。
あのキメの良さ、輝きの美しさは、儂だけにこそ似合う。
大量に重たいものを運ぶには呪がいい。わざわざ人夫を割いてやるなど儂の性分には合わぬ。
呪は、八岐からくすねた。
童女の胸鋤取らして
大魚の鰓衝き別けて
はたすすき穂振り別けて
三身の綱うち挂けて
霜黒葛くるやくるやに
河船のもそろもそろに
国来々々と引き来縫へる
良く、国造りで言われる「くにこ、くにこ」であるが、普通全文を目にすることはない。
なぜならこれ自体に強力な呪が懸かっており、危ない文章でもあるのだ。
大魚、機、すすき、三身の綱、霜黒葛、など材料は入手した。
「くにこ、くにこ」の部分は「いえこ、いえこ」と重ね書きができた。意外と大変だった重ね書き。
問題は童女である。
霊力の高い童女を手に入れねば、この呪は成立しない。
どれだけ重い、大きい建材を運べるかどうかは、童女にかかっている。
儂は稲田比売に目をつけた。このあたりで一番霊力が高い童女である。
八岐の許嫁ではあるが、別にばれねば構わぬ。神隠しにでも遭ったことにしてもらおう。
稲田比売を闇に閉じ込める。驚き泣きわめく稲田比売に言霊を投げかける。
【そなたの真名を言祝げ。さすればたちまち闇は晴れる。】
稲田比売がその真名を《◯△...》といいかけた時、儂の半身は血だらけになり、呪を返されたことを知る。
あれは八岐が返してきたのだ。
仕方ない。とりあえず家は諦めよう。
儂は神戸の水海の北部を杵築と名付け、【大きな港町である】と言霊を毎日投げた。
貿易はうまく行った。
主に唐土から来た調度品とこの界隈の安い織物を交換するだけで儂の富はだんだん膨らんでいった。
と、思ったのに。
ある日、近習の者から報告が入る。
「親方、港が・・・」
「港が、どうした?」
「浅くなって船が入れません。!」
・・・やられた。
八岐は鉄穴流しを推奨して、神戸川からの土砂の流入を増やしていたのだ。
結果、儂の港には船が入れなくなってしまった。これでは、儂の商売は上がったりである。
しかも神戸の水海は名前を書き換えられてしまって「神西湖」になってしまっているではないか!
誰だ、こんな事をした奴は。
「港を掘り起こすんだ。浚渫しろ!」儂は命令をした。
一度埋まった水海を浚渫するなど、気が遠くなる話であるが、手を拱いている場合ではない。
しかし杵築はもともと、泥濘地を杵で築いてようやっと地面の体をなしている。
掘っては崩れ、掘っては崩れ・・・。
浚渫工事のせいで儂の富はどんどん減っていっている。
よく見ると神戸川の上流で見たことがある男が、がんがん雷を落としている。
あいつのせいで水海は埋まってしまったのだろう。
「あれは須佐之男命ではないか。」
儂はニヤッとした。
あれの真名は儂が抜いた。儂は須佐之男命を操作できる。
「《◯△▽■》(須佐之男命の真名)、雷を落とすのをやめよ。雨など降らせるな。」
おや、全く効かん。目を凝らしてよく見る。
須佐之男命ではない?あれだけ似ているのに、そんな馬鹿な。
ようく、見ると、「白竜」と名が浮かび上がっているではないか。
儂は真名の書き換えなど聞いたことがない。聞いたことはないが、あれは須佐之男命だ。
なんであろうと、これでは、あれを操作することはできぬ。儂はがっくり肩を落とした。
凹んでいるところに、長男の事代主神が声をかけてきた。
「父上がお元気になれますように、宮を造営いたしました。」
「おお。我が子よ。なんと頼もしい。」
行ってみると、96メートルの高さの宮がある。すっごい!
儂、高いところ大好きである。
喜び勇んで駆け上がると、遠くは船通山まで望む事ができた。
大感激していると、不意に「お覚悟!」と、声がして儂は捕らえられてしまった。
「な、何事であるか!」儂、ばたばたと手足をばたつかせる。
「父上。不憫でござる!」
事代主神が大きな刀を持って、今まさに斬りかからんとしている。
「まてまて。どういうことだ。」
「私はこうすれば所領を安堵していただけると。杵築の当主は私になると。八岐様からの信任状をいただい
ております。これも杵築全体の安寧のためでございます!お覚悟!」
こともあろうか、儂は八岐の生んだ玉鋼からこさえられた刀によって、体と魂を離れ離れにされてしまった。
そして
天之常立神
宇麻志阿斯訶備比古遅神
神産巣日神
高御産巣日神
天之御中主神
儂の魂は宮の牢屋で儂の直属の部下であった5柱の神に動きを封じられ、身体は根の国へ持ち帰られてしまった。
そして大きな声で言霊を投げても、96メートルは無理。地上まで聞こえないのである。
ひどい話である。
今は、狡いことしかできない儂であるが、いつか、必ず復活して、お返しをしてやるつもりである。
儂は大国。身体はまだない。




