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(一)回想

 例えば、魔導武具をあつかえるというだけなら、ただの人間と誰もがうなずくだろう。

 例えば、莫大(ばくだい)な魔素を保有できるというだけなら特異体質の一言ですませられたろう。

 例えば、瘴気症になりにくい体質というだけなら、それだけでよかったはずだ。


――〈迅雷〉は優秀だからな。

 ちがう。


――〈迅雷〉は魔導武具と相性がいいんだろう。

 ちがう。

 なぜ、誰も疑問に思わない。


――君は知っていたの?


 ああ。キサマ(ソウ)は、バケモノだ。



***




「たぶん、黒影ちゃんと俺が考えていることは、それほど遠くないと思いますよ」

 湖の街での夜。アークは言った。

「これは確信ではなく、可能性の話ですが……彼は、人族というには、ちょっとちがうような気がするのです。まぁ、なにを人族と定義するかにもよりますが」

「キサマが言っていた発露、とやらか」

「それもあります」

 返答。含みのある言いまわしだ。彼は淡々と肯定して、グラスの水を傾けた。一口。飲み下して、膝の上にグラスを置く。

 片方だけ眉を上げてつづきをうながすと、アークは数秒の沈黙のあと、ころりと表情を変えた。はにかむような笑みと共に、ふざけた調子で高い声をあげる。

「やだもう黒影ちゃん、俺にぜんぶ言わせちゃうおつもりですか?」

「もういい。キサマとは話さん」

「あーごめんごめんすみませんって、そんなふてくされないでくださいよ。ちょっとした冗談ですよ冗談。空気を(なご)ませたかったんですよぅ」

 アークはこまったように眉根を下げた。すっと表情が戻ると、明哲な光を宿した翡翠が細く笑う。重心を傾けて、サイドテーブルで頬杖をつくなり、グラスを置いて左手をひらいた。

「まぁ、俺としては黒影ちゃんの見解をうかがいたいところですけどねぇ」

 ひと睨みしてやると、彼は息をついた。まったくもう、と口をとがらせ身体をもどすと、クセのように左耳の黒曜石に触れる。ややあって、亜麻色の髪を梳くように胸の前へ持ってくると、その三つ編みをゆるやかにほどき始めた。

「ほかの人は気づかない。気づけない……というよりも、気づくに至らないんでしょうね。ソウくんが優しいから。ソウくんが善良に見えるから。そしてなにより、彼が人知れずに孤独でいるから」

「……難解な言いまわしだな」

「黒影ちゃんにしゃべってほしいんですよ。わかってくださいよぅ」

 こちらがなにも言わずにいると、彼はあきれたように肩をすくめる。

「ソウくんのおかしさに気づける人間は、魔導武具の知識を持つ魔狩でしょうね」

「アイツは単独で仕事をこなしてきた。そして、ほかの魔狩の前では、違和感に気づきにくい状況でしか〈雷撃〉を使わん」

「違和感を見過ごしてしまう状況。さらに、ソウさんの演出する善良な人間性を前にこの違和感は不当だ、と無意識に思い、それ以上考えることをやめてしまう、といったところでしょうか」

「だろうな。だがアイツは、自分がどういうものか知らんらしい」

 言葉を返すと、アークはくちもとに笑みをふくませた。

「いや、ええ。俺もね、わからないことはないんですよ。黒影ちゃんがソウくんのことを()()()()()って、言う理由」

 妖笑。

「過剰なまでにイイ子でいようとする。それって、本当の自分はおかしいと言っているようなものじゃないですか。けれど、彼自身も自分のおかしさを認められないから見過ごしている。すごく気持ちが悪くて、とっても愛おしいですよね」

「同意を求めるな。キサマの価値観は知らん」

「つきはなさないでツッコミくらい入れてくださいよ。悲しいじゃないですかぁ」

 編みなおした髪をほいと背中になげると、特にこちらの反応がないことを確認し、やれやれ、とわざとらしく肩をすくめてみせた。

「では問題です。黒影ちゃん。ソウくんがおかしいのは、どこでしょう?」

()()()()()()()()ことだ」

「正解」

 それがどれほど異常なことか。考えればすぐにわかることだ。

「ふつうなら、まずあれだけの規模で雷撃を放つことはできない。それはなぜか。簡単だ。そもそも魔素がたりないからだ」

「では、自然に存在している魔素を必要なぶん、身体へとりこめばいいのでは?」

 アークはあえて質問を返してきた。わかっているくせに、あくまでもこちらに話をさせる腹積もりらしい。至極めんどうではあったが、それをいちいち突きつめていても(らち)があかない。くだらない。息をついて、話しはじめる。

「それは難しい。理由は二つある。まずひとつ。魔素と瘴素は酷似したものであり、選り分けることが難しい。それによって瘴素が体内へ蓄積されれば、とうぜん瘴気症を発症しやすくなり、やがては白亜化へつながる。それはあまりにも危険な行為であり、推奨されない」

「ふたつめは?」

「雷撃を放つために必要な魔素量へ達するまでに時間がかかりすぎる。その間に魔種に喰われておさらばだろうな」

「さすが黒影ちゃん。やはり魔狩ですねぇ。でしたら、こうしましょう。魔種と戦うより前に体内にあらかじめ魔素をとりこんでおく。もちろん、白亜化の危険も承知のうえで。これなら、『あえて無駄な危険を背負う異常な性格』さえ置いておけば、なんらおかしくないただの人族です。いかがでしょう?」

「――……」

 否。それはちがう。

 ちがう。

「雷撃を放った時点で、()()()()()死んでいるだろうが」

 瞬間。アークはくちもとに笑みをうかべた。

「確信に、なっちゃいましたねぇ」

「……すくなくとも、人族というにはいささか気味が悪い」

「優しいですねぇ」

 アークはやれ話が終わったとでもいうように背もたれへ自重をあずけると視線を外し、片手でグラスを揺らした。

「黒影ちゃんは最初から、わかってたんじゃないですか? あなたの魔素のあつかいはひどく繊細でていねい。そしてなにより、ふつうなら気がつかないような微細な魔素の変化に気がつく。たぐいまれなる才能……それとも瘴気症の後遺症、でしょうか。なんにせよ、惜しむらくはあなたの魔素保有量が格段に少ないこと。もしそれがじゅうぶんにあったのなら、あなただって()()()()()()()()()でしょうに」

「興味もない。キサマこそ――、」

「まぁそうでしょうね」

 アークはこちらの疑義さえ(さえぎ)るように言葉を重ねた。

「きっとあなたは、ソウくんがなんであろうとかまわないのでしょう。俺にとってもまた、この話はささいなことでしかありません。けれども、ソウくんはちがう。そして彼をとりまく社会環境もまた、寛容とは言いがたい。しかし彼がもし(ただ)人であったのなら、それこそ生きているはずがないのです。いままでに何度死んだことでしょうね。彼の特異体質はそれこそ彼を生かしながら、同時に彼を苦しめるものでもあるでしょう。これからさき、きっと。ずっと長い間、さいなまれることになるかもしれません」

 彼はグラスの水面を俯瞰(ふかん)して眺めながら、息をついた。

「あなたが言ったように、ソウくんがもし本当に――どうしようもないくらい、壊れてしまったら。人間と呼べる理性と思考まで失って、戻れなくなってしまったら。あなたはどうするんです?」

 翡翠色の瞳がこちらへ向く。そこに憂慮(ゆうりょ)はなく、しかし射貫くような鋭さもなかった。彼はまるで、世間話でもしているようなふうだった。

「ワタシは殺しあいができればそれでいい」

 アークは「そうですか」とあまり興味もなさそうにグラスへ口をつけた。コクリと咽喉を上下させると、ややあって、言った。

「彼は厄介ですよ。すくなくとも、あなたにとっては」

 だろうなと思ったが口にはしなかった。

「俺は」

 ふいに、アークが言った。彼は自分の左手を見つめていた。黒紫の紋様をなぞると、亜麻色が耳からすべりおちて毛先を揺らす。彼の横顔に落ちた影は、およそナギとは似ても似つかないものだった。

「生きつづけなければいけないということは、たいへんなことです。もし、ソウくんが望むなら――……」

 彼はその先をつづけようとしたのだろうが、いくらか口を動かしたものの、けっきょく音にすることはしなかった。彼はもう一度だけ黒紫の紋様をなぞると「ではおやすみなさい」と言って寝台へ向かった。

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