第33話 冗談
「そういうことで、ゆっくりしててくれ」
「分かった。ありがとう」
コンロなど外に置いた道具の後片付けは明日でも問題はないが、チョコやバナナの皮をそのままにして明日を迎えれるほど、俺はめんどくさがりでも汚部屋好きでもない。
なので伊桜にはゆっくりしてもらいながらも、少しでも体力の残っている俺が片付けをする。ここに来るまで歩いて来たので疲れているだろうし、気を使うなとも言ったのだから当たり前だな。
そうして水と洗剤を絡ませながら、無駄のないように洗うと、ボウルだけが洗い物であったため2分程度で作業は終わる。
手を拭き、キッチンからリビングでクッションを抱き枕にして横になる伊桜を見るが、何も変化はなくスマホを見ている。イヤホンをせずに指が動くとこから、おそらく電子書籍でも読んでいるのだろう。
俺は圧倒的電子書籍派なので、近づけて見てしまう俺の視力が悪くなることは時間の問題であるが、伊桜はわざわざ本を買いに来るあたり紙派なので、姿勢の良さから考えて視力が悪くなることはなさそうだ。
メガネも度が入ってないものであるため、いつか演じてることがバレたらファッションでしてると思われそうだな。
そう思えば、今こうして寝転んで1人集中して読む姿は伊桜らしくない。学校では背筋を伸ばして優等生キャラ満載なのに。余計にギャップというものに心惹かれそうだ。
そんな伊桜は、気づけばこちらを見ていた。
「何だよ。俺のことがそんなに気になるのか?」
「そんなことないよ。水の音が聞こえなくなったから終わったのかなって」
「集中してたんじゃないのかよ」
「図書室でもあったけど、同じ空間に人がいるって1度でも考えたら、それ以降集中はしにくいの」
そう言う割には水を流してる時は集中していたように見えたが。意識してなくても、水の音が消えたことに反応するようになってるのだろうか。しにくい、だからしていてもおかしくはないけどな。
「それ、俺を意識してるってことだぞ」
「勘違いもここまで来ると何も思わないよ」
「知ってるか?無反応って対応される側にとっては1番つらいことなんだぞ」
もし俺のこの冗談交じりの会話が出来なくなったら、関わり方を1から考え直さなければならなくなる。出来なくならないから今この場にいるのだが、不明瞭な部分があると、そこで崩れかねないので確実とは言えない。
「無反応されないように考えればいいだけじゃん」
私には関係ないもん、とどうでも良さそうに返す。
「多分俺が何言っても今後無反応されるだろ」
「それは気分次第かな。私って気分屋だから」
「俺との相性最悪だぞ、それは」
能天気で常に変わらないテンションで接するタイプの俺に、気分によってその時のテンションが左右されるタイプの人は絶望的な関係だ。いつが気分屋のテンション低い時か分からないし、そのまま巫山戯れば機嫌を損ねるし。
これまで1度もそうならなかったのは、伊桜の優しさだろうな。
マジ感謝です。
キッチンに居るより、リビングの椅子に座って頬杖をつきながら伊桜と話す方が好き、いや、もう気に入ってると言えるほど落ち着けるので向かう。
「ウザく感じても、苦手ラインではないから最悪とまではいかないけどね。それに気分屋でも、天方くんの前ではあまり関係ないし」
椅子に腰降ろすと、反対に抱き枕を両足両手でガシッと掴んだまま起き上がる。俺もクッションになりたいとこれほど思うことはない。
「なら言った意味ないだろ」
「少しでも天方くんが困ってくれると思って言っただけ」
「……やるな」
中々に考えた。接し方については伊桜となら最重要であるため、バカな頭をフル回転させて試行錯誤した。
今日は俺が優勢だと思っていたが、思ってるより俺もイジられているのかもしれない。これは単に俺がアホで引っかかってるだけでしかないが。わざと引っかかってるなんて言い訳も恥ずかしい。
「ところで、今から何するの?」
隠してはいるが、ウキウキなのは目を見れば分かる。それほど俺が計画していることを、楽しいことだと絶対的に信頼しているのか。
「夏の夜っていったら何を思い浮かべる?」
「夏の夜か……あっ、花火」
「大正解」
星なんてロマンチックなことを言い出すかと期待したが、今から星を見ても意味ないって知るからこそ選択肢を外したな。でも、夏の夜は花火以外に俺は思いつかないし、この流れ的に答えは1つみたいなものだ。
「ドカンって近所迷惑になる高額な打ち上げ花火じゃなくて、手持ち花火だけど、2人には十分なほど夏を味わえるだろ」
「えぇー、私は打ち上げ花火を期待してたのに」
「ははっ、捕まって翌日のニュースに出たいのかよ」
これがボケてなかったなら俺は伊桜を心配するが、俺が笑った時にニコッとしたとこからそれはなさそうだ。楽しいことが出来ると思ったテンションで、ついボケてしまうことはあるが、それは伊桜も同じだというのはなんだか嬉しい。
ほんの少しの疲労感が、目の前の幸せによって取り除かれる気がした。
「やっぱ伊桜の笑顔が1番だな」
椅子から立ち上がり、スマホも置いて再び庭へ向かうために背伸びをする。
「可愛い派じゃないんだ」
「可愛い顔はいつメンで見慣れたからな」
また外へ行くのは嫌も嫌だが、誰かと一緒なら構わない。
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