第四十四話 啓太の一日
朝6時半、時間どおりに大杉がやってきた。
朝早くからすみません、と啓太が詫びる。
アバターの形態変更が6時間ほど掛かると見込まれるため、啓太が活動できる時間を考えると仕方がないこととはいえ、早朝から来てもらうのは申し訳ない。
「なに、気にするな。年寄りは朝が早いし、沙也佳さんの家に一日いられるというのも乙なものだ。」
大杉は機嫌良く笑う。
永遠が出てきて、手順の説明をする。
「アバターの形態変更の最中に人がアクセスしていると痛みがありますので、大杉さんには本来の体に移ってもらいます。
それで、ママは形態変更が終わるまで、いつもどおりに星の小冠で働いてもらって、アバターの準備ができてから男性型アバターへ移ってもらうことになります。」
啓太が、じゃあいつもどおりだね、と言うと、大杉が、何じゃ、付き合ってくれんのか、と軽口──ただし本音──を返した。
啓太たちが日課を終える間に、大杉は本来の体に戻り、風呂で体を清め、咲良の紹介を受けて、啓太たちと共に朝食を摂る。
「おお、綺麗どころに囲まれて朝食とは、これは嬉しい。
啓太君、学校の勉強に必要なら、どんどん言ってくれて構わんぞ。」
これは大杉の本心だった。
啓太は、出掛けるまでの間、永遠、咲良と共に、大杉へ永遠とのリンクや永遠のシステム崩壊、咲良の加入の経緯などについて説明をする。
大杉は、黙って聞いていたが、ふと口を挟む。
「永遠さん、あんたが以前に比べて随分と可愛らしくなったのは、そういう訳じゃったか。
だが、啓太君が男に戻った後に沙也佳さんになるのは少し辛かろう。
他の人を探すとかの考えがあるのか?」
永遠が、美也も考えているようだが、まだ決まっていないと言うと、大杉が考え込んだ。
「美也さんと永遠さんの新しい候補について、条件付きだが、心当たりがある。
虫の良い条件だが、聞いてくれるか。」
大杉が真剣な表情で頼み込んできた。
永遠が急いで美也に連絡を取り、はい、と返事をすると、大杉が携帯電話を取りだして写真を見せた。
美也と同じ年頃の可愛い双子の女の子が写っている。
「儂の孫たちだ。昨年、娘が無理心中を起こして、娘に首を絞められてな。
発見が早かったのと、懸命の救急措置で二人とも息は吹き返したものの、脳に酸素が回らない時間が長すぎて、植物状態になって入院している。
医者からは、蘇生直後に高濃度の酸素吸入をしたことで爆発的に脳細胞が死んで損傷を受けており、脳死に近い状態で、自発呼吸ができていないことから、機械を外せば死ぬとも言われている。
儂は老い先が短いが、ほかに面倒を看るべき者がおらんのでな、今は、儂にもしもがあれば、脳死を確認した時点で、機械を外して埋葬してもらうように頼んである。
このまま残してはいけんのだ。
あんたたちの技術なら、脳の詳しい状況が分かるだろうし、ひょっとしたら回復ができるのかもしれん。
もし、孫たちが回復できるものなら、申し訳ないが、孫たちを救ってやって欲しいし、脳の損傷も、できるものなら治してやって欲しい。
それで、医者の言うように、脳の損傷が回復できず、機械を外せば生きていけないものであるならば、その時は、あんたたちに……活用してもらいたい。」
最後は、絞り出すような声だった。
話を聞いて、啓太が永遠を見やると、そこには美也が来ていた。
「大杉さん、お話は伺ったよ。
まず、お孫さんたちは、私たちの件抜きで、精一杯やらせてもらう。約束するよ。
私と永遠の身の振り方はまだ検討中だし、やるときは、大勢の中から私たちの身体条件に合う者を探すから、大杉さんのお孫さんが適合するのかも分からないんだ。
でも、私たちにとっては非常にありがたい申し出だ。感謝するよ。」
美也が回答すると、大杉が、頼む、と頭を下げた。
啓太は、ここまでを聞いて、出勤した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ちょうど正午に、永遠が沙也佳の口で準備完了と囁き、トイレで啓太と永遠は交代した。永遠は、啓太が眠るのを感じて後を引き継ぎ、急いで戻って忙しく調理をする。
一方、啓太は、栗田家の沙也佳の部屋で目を覚ました。
部屋の姿見で、一月ぶりに自分の顔と男の体を見て、嬉しくなった。
啓太は部屋を出て、戻りました、と言ってソファに座ったのだが、その姿を見て、永遠と大杉がなぜか視線を逸らす。
啓太は意識していなかったが、膝をきちんと閉じて、足を揃えて斜めに流し、背筋を伸ばして両手を太股の付け根の辺りで軽く組んでいる。
176センチと身長が高いし痩せて体も締まっているので男性にしか見えないのだが、女性の仕草が身についてしまって、妙な色気が出てしまって、周囲がいたたまれない空気になっている。
「あー、もう。」
永遠がリンクを発動して啓太の姿勢を修正すると、場の空気が元に戻った。
「言葉と態度が沙也佳のまんま。注意しないとダメだよ。」
永遠に注意されて、啓太は初めて事態に気づいて、真っ赤になりながらも男を意識して胸を張る。
舞台は整ったと思ったか、永遠が啓太の前に進み出て、両手を前で組み合わせて挨拶をする。
「啓太さん、初めまして。永遠です。」
永遠が気恥ずかしげに上目遣いに微笑むと、啓太も照れながら挨拶をする。
「初めまして、永遠ちゃん。啓太です。」
それを見守っていた大杉が片手で目を隠して横を向き、咲良がにまにまと笑った。
啓太と永遠が昼食を作っている間、大杉と咲良はテーブルに座って、料理をする2人を見ては小声で好き勝手を言っている。
「2人の息がぴたりと合って、まるで若夫婦のようじゃのう。これは美也ちゃんは分が悪いかもしれん。」
その言葉を拾った永遠は嬉しそうだったが、啓太は気づかなかったようだ。
食後、啓太と永遠は忠義と話をし、その後に生存記録を残すために、町中の夏休みイベントの特設会場に参加することにしている。
永遠は、途中で美也と入れ替わるものの、男の姿の啓太と同行できるのでご機嫌だ。
だが、まずは忠義と会わなければならない。
2人は手を繋いで坂道を下り、忠義のアパートへ行く。
ドアをノックすると、忠義が出てきて、啓太に何か言おうとしたが、横にいる永遠を見て口をつぐむ。
「忠義。沙也佳さんや美也ちゃんや、大杉さんからも話を聞いた。
何か言うことはあるか? 」
「……お前が、自分だけこっそり上手くやっているのが、悪い。」
「俺のせい。本当にそう思っているか?」
「沙也佳さんが、欲しい。お前が協力しないのが悪い。」
「……そうか。子どもを抱えて働いている人を、ただ欲しいと言って駄々をこねて、周りに迷惑を撒き散らすんだな。違うか?」
忠義が俯いて、長く押し黙る。
やがて泣き始めた。
「……畜生。………もう、迷惑は、かけない。」
忠義は顔をくしゃくしゃにして、ドアを閉めた。
ふう、と啓太は息を吐く。
長年、忠義と付き合ってきた啓太には、あいつは、これでちゃんと分かったという確信があった。
かなり拗らせたが、いまようやく自分の失恋を受け容れたのだろう、あれはその涙だ。
悪いな、忠義。俺に惚れられても困る。
啓太は、心の中で忠義に言えない詫びの言葉を呟いた。
◇◆◇◆
忠義との面談が終わり、喉が渇いたので、星の小冠へ行きたいと、永遠が言い出した。
あの店に巣くう常連の遠慮のなさを知っている啓太は、え、常連が、と引いたが、永遠は満面の笑みを浮かべて啓太を説得する。
「そうよ。だからこそ受け入れてくれれば、2人のことを見守ってくれるのよ。」
啓太は逃げる気満々ながら、そう言われれば仕方がない。
魔窟にでも入る気持ちで、啓太は店へ向かう。
店に入る直前に、永遠は繋いでいた啓太の手を離して啓太の左腕に右腕を巻き付ける。
啓太が、あ、と思ったときには、もう店内に入っていた。
そして、永遠がにこやかに左手を上げて、厨房の沙也佳に声を掛ける。
「お母さん、連れてきたよ。」
それに対して、沙也佳は微笑んで小さく手を振る。
両方とも操作しているのは永遠。酷い自作自演だ。
たぶん、最初から企んでいた。
これで、星の小冠において、啓太は母親公認の美也の恋人という地位が確定してしまった。
ざわつく常連達を尻目に永遠は啓太とテーブルに着き、えへへ、と笑う。
えへへじゃないだろ、という叫びを秘めて啓太は永遠を睨むが、カウンターから、おお、見つめ合っておる、お熱いことだのう、という声が聞こえる。
啓太は、もう何を言っても無駄だと悟って開き直った。
永遠と種類の違うケーキと紅茶を注文し、ケーキを交換して食べながら話をする。
永遠は、途中で美也と交代した。
美也は、啓太を見るなり、輝くような笑みを溢す。
どうみても恋する乙女の幸せそうな笑顔。
ひそひそと状況確認をしていた店の常連達は、ついに黙った。
良い時間になって店を出る。
町のイベントを見て回りながら、ときおり取材のテレビカメラに映り込むよう、美也が指示をしてくれる。
しばらくイベントを見物するうち、これで存在証明は完了よ、と美也から聞いて、2人で手を繋いで帰路につく。
栗田家では大杉さんと仕事を終えた沙也佳に咲良がいて、談笑をしていた。
啓太は大杉に礼を言って体を沙也佳に移し、夕食をご馳走して歓談を続け、深夜、大杉を送り出した。
大杉も、大変に満足そうに、良い一日だったと言って帰って行った。




