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【6】 マックスの過去

 侯爵と再会した翌朝。まだ朝霧が晴れない中、俺とミランダを乗せた馬車は石畳の街道をひた走っていた。前日だが、試合のある帝都北部のスタジアムに向かっているのだ。


 帝都にはギルドボール用のスタジアムが六つある。ギルドが十二あるので同時に試合開催も可能だが、集客の観点から毎週二試合開催される。

 三週間試合があり、月末の週は天候不良での延期のための予備週だ。

 ちなみに一か月は四週間であり、一週は六日だ。


 これは、世界創世神話の中に出てくる全能神アスモディートが原始世界を生み出して冷却した時間なんだとか。俺には力の神ガルガにしか興味はないから、良くは知らないが。

 ギルドボールの試合は各ギルド月に一回に設定されている。これは、選手の怪我の治療期間を含んでいるためだ。


 死にはしないが大怪我はするのがギルドボール。だが、そんなものは俺から言わせてもらえば、そいつの鍛錬が足りないからだ。

 鍛えられし筋肉は怪我をも吹き飛ばす。力の神ガルガに誓って、そうなのだ。


「明日の試合は獣人自治区のギルド〝ブラッディホーン〟とです」


 ミランダがまっすぐに俺を見ながら言った。不安があるのだろう、瑠璃色の瞳が揺れている。

 今日の彼女は口に紅をさしている以外化粧をしていない。それでも美しいと言える(かんばせ)が曇っている。

 試合が現実のものとなり、緊張で心が責められているのだろう。

 ここは年長の者として、ギルドボールの先輩として安堵を与えねばなるまい。


「あのギルドは力押しの戦法を取ってくる。ふたりしかいないとなれば、全員で攻めてくるかもしれないな」


 影のさしていたミランダの顔が、緊張で強張るのがわかる。脅したつもりではなかったのだが、失敗した。


「彼ら獣人特有の身体能力をいかした戦術ですね」

「あぁ、動き回る奴らに手こずったものだっと、そんなに不安な顔をしないでくれ」


 ミランダがすまなそうにはにかんだ。

 どうも女性に気遣うというのが慣れない。俺の言葉に全幅の信頼を寄せてもらってるのは嬉しいが、ちょっとした一言で動揺してしまうのは、まだ彼女が幼い証拠なのだろうな。

 感情に振り舞わされてしまうようだし、俺も発言には気を付けないとまずい。


「負ける予定でいるんだ。怪我にだけ気を付けるんだ」

「は、はい!」


 初陣で気負うと無茶な動きをしてスタミナを消費し、あらぬことで怪我をする。ルーキーにはよくあることだ。

 初戦を負ける、と決めたのは、僥倖かもしれない。じっくりと相手を観察して動きを読む練習にもなる。

 ぐっと拳を握る可愛らしい仕草のミランダを見ると、怪我などさせてはならないと、俺の腹筋が訴えてくるようだ。


「どうせ負けると決めた試合だ、ちょっとパフォーマンスをしてみないか?」

「パフォーマンス、ですか?」


 気合が入っていたはずの顔がきょとんと変わる。そばかすも残っていて、本当に幼く見える。ミランダを見た相手は侮るだろうが、そこを突かせてもらう。


「現地に着いたら鉄鎚を持って説明する」

「はいっ!」


 満面の笑みに変わったミランダを見て、俺も一安心だ。窓に顔を向ければ、晴れかけた霧の向こうに帝都の重厚な城壁が見えてきた。水平線を埋め尽くす、黒く塗られ威圧感を与える城壁。帝都を訪れる諸侯、諸外国の人間に帝国の威信を植え付けるための城壁だと言われている。


 戦争という文字が消えて久しい帝国には似つかわしいと思うが皇帝は変えるつもりはないようだ。もっと爽やかにすればいいのにと思うが、厳つい俺がそのようなことを主張してもお前が言うなと返されるだけだな。


 馬車は帝都の喧騒を避けるように外周を回り、北部の門から入るようだ。この馬車も堅牢そうだが地味で、ミランダには似つかわしいと思うが目立たなくていいともいえる。

 侯爵の入れ知恵なのかミランダの普段がこうなのか、俺にはわからない。わからないが、特に不安はない。俺には後がなくて、半ばやけなのかもしれない。


「マックス、あの!」


 妙に硬いミランダの声に振り向けば、彼女が膝の上で拳を握り、俯いていた。


「……どうした? なにか不安な事でも?」

「不安ではなくって、その、戻りたかったギルドをなくしてしまい……」

「それは、済んだことだ」


 今にも泣きだしそうな声に変わったミランダを制した。昨日の事を引きずっているのだろう。自分がやりたいことのために潰したと自責の念にかられているのだろうが、それはもういいのだ。


「でも……」

「今はこのレディ・ジャスティスでギルドボールに復帰できるわけだ。確かに十五の時に世話になってから十年。デンジャラス・ハンマーに思い出は詰まっているが、それは俺の心にしまい込んだ」


 俺は右の親指で胸を差した。過去の栄光と仲間との思い出はここにある。ギルドのように無くなることはない。

 忘れがたいものとして俺の胸筋にも刻み込まれている。問題はない。


「マックスは優しいですね」


 しおらしくなったミランダの頭を撫でた。彼女の目が大きく開かれる。

 勝手に手が出てしまった。大慌てで手を引っ込めた。

 未婚の貴族令嬢に気安く触れるなど、あってはならない。無意識とはいえ自重せねば。

 だがミランダは怒ってはいないようで、いたずらっぽい、幼子のような顔になった。


「十年前……多分、私が六歳のころです、最初にマックスを見かけたのは」


 ミランダがにこりと笑う。


「そうなのか?」

「叔父様が、凄い男が入ったんだって嬉しそうに話してくれたのを覚えています」

「侯爵が……」

「えぇ。当時良くわかっていなかった私は叔父様とハイタッチして喜んできました」


 その時を思い出してふふっと笑うミランダは、化粧などなくても十分な女の色香を纏っていた。

 幼くもあり、女でもあり。そのちょうど境目の移ろいゆく年ごろなのだろう。肉体と精神のアンバランスさが美しさに拍車をかけているようだった。

 じっと見つめていたからか彼女が頬を赤らめた。侯爵にも窘められたばかりだというのに。誤魔化すように馬車の天井を見た。


「十年か。あっという間だったな――」


 俺の脳裏には十五の時の情景が浮かぶ。幼いころに流行病で両親をなくし教会に預けられた俺だが、当時でも百八十センチを超えるこのでかい体が問題を引き起こしていた。

 体がでかい分、食べるのだ。


 教会は孤児を預かり、成年になって働けるようになるまで面倒を見ている。国からの援助もあるが、スズメの涙ていどの額でしかない。敬虔な信者から寄付もあるが、その信者の生活も豊かとは言い切れないのが実情だ。

 貧しい暮らしへのやり場のない怒りを解消する役割として、ギルドボールがあった。


 教会のギリギリの運営は、痛いほど感じていた。俺の大きな体は、軍に行っても役に立つだろうが、それでは金はもうけられない。俺は世話になった礼をしたかった。

 そんな時、教会に寄付を持ってきたエンゲル侯爵に出会った。


 当時、彼は侯爵の地位を親から継いだばかり。ギルドも発足直後で、最下位を独占するほど弱かった。

 俺のデカイ体躯と筋力を買って、スカウトに来たのだ。

 俺自身、いずれかのギルドボールの門戸を叩く気でいた。ギルドボールで活躍すれば、金が手に入るからだ。

 当時から優男だった侯爵は笑いながら右手を差し出してきた。


「僕のところのギルドを強くしてくれないかな?」


 平民で孤児という底辺に属する俺を卑下することなく、彼は話しかけてきた。

 俺の身体が燃えるように熱くなった。足元から炙られているのではと錯覚するくらい、俺の筋肉達が吠えていた。

 差し出された右手を、強く握った。優男を体現するような弱々しい手だったが、火傷するほど熱かったことは良く覚えている。


「それから、仲間と共に自身を鍛え、二年後に初優勝したんだ。それから三年して、俺はハンマーキングと呼ばれ始めた」

「当時、私はちょこちょこと叔父様の背中に隠れながらギルドボールの試合を見ては、私も出たいと考えるようになっておりました」

「そうなのか?」


 夢見る乙女の像となっているミランダに声をかけた。俺の記憶には彼女のような純朴そうな美少女はいない。貴族令嬢のような、着飾って精一杯の背伸びした少女たちは見かけたが。


「邪魔にならないように、離れたところから双眼鏡で眺めておりました」


 ミランダがペロッと舌を出す。ちょっとズレているとは思ったが、この女神様のズレは半端ではないようだ。

 だからこそ、ギルドボールをやりたいなどと言ってしまうのだろう。

 

「お転婆な女神さまだことで」


 この女神は守らねばならない。力の神ガルガに誓って。


「もう、マックスは意地悪です」


 口をとがらせプイっと外を見始めたミランダに苦笑いをこぼし、俺も外を見た。

 彼方には、漆黒の城壁を超える高さのスタジアムが見える。

 莫大な量の木材と石材で造られた娯楽の殿堂。その黄土色の壁が朝日に輝いている。明日はあそこで試合をする。

 そう思うと、俺の身体が震えた。

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