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【5】 なくなった古巣

 ミランダ、侯爵と三人でテーブルに着く。ふたりは優雅に紅茶を嗜むが俺にそんなステキ趣味はない。ミルクを頼んだ。

 ミルクは今朝とれたものに火を通したものだ。筋肉を極めると、それに比例するように体が弱くなる。困ったものだが物事には必ず表裏がある。筋肉を極めれば諦めなければならぬものも出てくるのだ。


「侯爵、いまギルドは?」


 侯爵は口につけていたカップをゆっくり置いた。その仕草の間、形の良い眉が少し歪んだのを見逃さなかった。


「デンジャラス・ハンマーは解散した」

「解散!?」


 予想もしなかった言葉に、ミルクが入った木のコップを握りつぶしそうだった。


「何故……俺の、せい……?」


 カッとなってしまったが、良く考えれば、俺が収監された理由を考えれば、予想できたことだった。

 その考えが正しいことを、鎮痛な顔のミランダが教えてくれる。


「いや、結果としてこうなったが、理由は明らかに違う」


 侯爵が足を組みかえ、組んだ両手を腹に当てた。そして小さく息を吐いた。心を整える時の侯爵の癖だ。あまり良い話ではないようだが、俺には聞く義務がある。静かに侯爵の言葉を待つ。


「そもそもハムレス公爵とは事業で揉めていたんだ」


 侯爵が苦笑しながら語る話は、初耳だった。侯爵はいつでも優男で俺たちの前では笑みを絶やさなかった。そんな彼があからさまに苦笑いでごまかしている。よほど腹に据えかねているのだろう。


「彼は所有する鉱山で採掘した鉄や貴金属を加工する事業を持っていてね、私の持つ商会がそれを買い取り帝国全土に販売してきた。それなりに長く付き合っていて良好な関係だったと思っていたんだが、彼にとっては格下の私に頭を下げるのが癪だったらしい」


 侯爵がふうと肩を下げた。俺が収監される前に比べると、なんだか小さく見える。元気がないように見えるのが原因だろう。

 それもあのハムなんとか公爵のせいか。腹立たしい。


「どうもうちに代わる商会を探したらしくて、数年前からあの手この手の嫌がらせが始まっててね。半年前にあの事件を起こすまでになったんだ」


 侯爵の事業については、俺は全く知らなかった。

 ギルドを持つくらいだから金は溢れるほどあって遊んで暮らせただろうが、彼はそんな性格ではなかったし、先を考えれば放蕩してるわけにもいかないんだろう。


「巻き込んですまなかったな」


 侯爵が疲れた笑みをこぼした。頭がカッとして真っ白になった。


「そんなことで!」

「マックスにはすまないことをしたと思っている」

「収監されたことはいいんだ。それよりも、なぜ貴方が!」

 

 俺の前腕筋群は怒りで震えていた。握りしめた拳がギリギリと音を立てる。

 公爵との揉め事は、俺には手が出せない部分だし、口を出す権利もない。だがらこそ何もできない自分に腹が立つ。


「今回、ミランダ嬢たっての願いでね、君を監獄から出す代わりにギルドを解散したんだ」

「そ、そんな……」


 俺の目の前が真っ暗になった。あの監獄から出られれば、仲間とあのギルドボールをやれると思っていた。それが砕かれた。しかもそれが俺を出す条件だったなんて。やり場のない感情を、奥歯で噛み殺すしかない。


「ごめんなさい」

「いや、ミランダ嬢が謝ることではありません。マックスの件がなくとも、いずれギルドを手放さなければならなくなっていたでしょう。彼はギルドボール評議会のメンバーに手をまわしていて、私が気がついた時にはすでに孤立しておりました」


 下を向いたまま身じろぎしないミランダ。そして彼女を優しく慰める侯爵。やるせない気持ちを持っているのは俺だけではない。このふたりだってそうだ。

 そう思うと、俺はここでいきり立っても仕方がないと気がつく。胸筋を膨らませ、肺一杯に空気を取り込み、気持ちごと吐き出した。

 落ち着けばこのふたりの関係も気にはなるが、いまはそれを横に置いておかねば。


「ギルドボール評議会が乗っ取られたと?」

「端的に言えば、そうなる」


 侯爵の顔が歪んだ。優男で通っている彼がここまで感情をあらわにするということは、よほど苦々しく思っているのだろう。

 ギルドボール評議会とは、ギルドボールに関すること全てを統括する組織で、各ギルドボールのオーナーが構成員だ。当然、侯爵もそのひとりだ。

 観戦費用、選手の肖像画の販売、ギルドボールへのチーム登録費用等の莫大な金を取り仕切ってる組織だ。試合日程などもここが決める。

 公然の秘密だが、試合を賭け事の対象にし、胴元をしているのも評議会だ。そこで孤立するということは、ギルドを追い出され解散させられるのは時間の問題だった、ともいえる。


「評議会の地位も彼は上にあるからな」


 侯爵の固く結ばれた口が、今の心境を物語ってくれる。まだ心の整理がついていないのだろう。

 いまだ下を向くミランダを見て、ふと疑問がわいた。


「デンジャラス・ハンマーが抜けた穴はどうなって……」


 言いかけた時、ミランダが顔をあげた。


「その代わりに私のギルドが入ります」


 目の端に涙の粒をため、何かを振り払うようにミランダは言い切った。


「そういうことだ」


 侯爵とミランダ。ふたりの視線が刺さる。


「入れ替わり、か」

「実際のところは、私を入れるために侯爵がギルドの解散を決めてくださったのです。マックスが戻るはずのギルドも、私が奪ってしまったのです。ごめんなさい」


 ミランダの声がだんだん弱くなっていく。


「私の成し遂げたいことのために、マックスもエンゲル叔父様も」

「ミランダ嬢。物事にはタイミングというものがある。マックスが収監され、デンジャラス・ハンマーも負けがこんでいた。そこに君の相談が来た。これはまさに運命だと思ったよ」

「叔父様……」


 ミランダは感極まったのか、指で目元をぬぐって、そこに侯爵がハンカチを差し出した。ふたりは叔父と姪、という関係なのか。

 侯爵には確か姉と妹がいたはずだが、そこの娘ということか。だとしても、侯爵の後釜に入れる程甘いものではないと思うのだが、政治的なものは俺にはわからない。

 なんにせよ、古巣のギルドは無くなっていた。俺はミランダについていくしかない。


「そういえば侯爵、ギルドの仲間はどこへ?」


 アイツらがいればメンバー不足も解消できる。元のギルドが残っている前提で考えていたからこの選択肢が思い浮かばなかったんだ。


「彼らは他のギルドへ移ってもらったよ」

「移籍……しかし、この事態がわかっていればミランダのギルドに誘えばよかったのでは?」

「彼らには断られたんだ」

「ことわ……なんで!」


 思わず立ち上がってしまった。ガタとテーブルが揺れ、カップが乱暴に鳴った。


「マックス、落ち着きなさい」


 咎めるでも侮蔑でもない、言い聞かせる目で、侯爵が見てくる。俺が公爵のギルドに世話になった時から、この目で見られてきた。こうなると俺は逆らえない。

 俺はおとなしく座りなおした。


「彼らは移籍しなければ家族に危害をくわえる、と脅されていたらしい」

「なに!」


 俺は憤慨を隠せなかったが侯爵は口を閉じてしまった。言及するつもりはないらしいが、さすがに俺でもわかる。

 家族を盾にするとは卑劣を極める。男子とし許されざる所業だ。

 俺の腹筋も許すまじと震えている。


「マックスが僕のところに来たのはもう十年も前だ」


 不意に侯爵が呟いた。俺が十五の時にギルドボールがやりたくて、当時弱小ギルドだったデンジャラス・ハンマーに入ったんだ。


「マックスが入ってから、|デンジャラス・ハンマー《うちのギルド》も強くなった。三連覇を含んだ六回の優勝だ」


 懐かしげに、だが寂しげにも見える笑みを浮かべながら侯爵が遠くを見ている。


「君のおかげで楽しい時を過ごせたよ。その力で今度はミランダ嬢を助けてやってくれないかな」


 にこりと微笑まれた。今生の別れを告げられたようで、俺の胸筋が悲鳴を上げ、目の裏が熱くなる。

 何のために。どうしてそこまで。

 口から出かかった言葉を噛み殺す。侯爵とて思い入れのあるギルドを手放したくはなかったはずだ。それでもミランダのために投げ出した。もちろん追い詰められてのこともあるだろうが。

 そこに俺が口を挟む権利などない。肩の筋肉がメキと哭いた。

 真正面に侯爵を見据え、俺は背筋を伸ばした。


「ミランダに尽力することを、戦いの神に誓う」


 侯爵が満足そうに微笑んだところで急に片眉を吊り上げた。


「そうそう、コイツを忘れてはダメだね」


 侯爵がソファの後ろへと回り込み、屈み込んだ。何か重いものを持ち上げようとしているのか、グッという息をこめた音が聞こえた。


「叔父様、私が」


 ミランダがスッと立ち上がり侯爵の元へと早足で向かう。スカートをはためかせて向かう姿が、なんとなく俺の元から去っていくように感じ、少し胸が痛んだ。

 そんなものは気のせいとスパッと振り払い、俺は待つ。

 苦笑する侯爵の脇にミランダが屈み込み、何かを軽々と持ち上げた。


「そ、それは!」


 彼女が胸の位置に持ち上げたそれに、俺の心臓が大きく跳ねた。


「マックスの鉄鎚(ハンマー)ライトニング(雷光)〟です」


 嬉しそうな笑顔の彼女が持つそれこそ、俺がハンマーキングとして活躍していた時の愛用の鉄鎚だった。

 柄の丈は俺の身長と同じ百九十センチを超え、通常よりも大きく重くしたヘッドの形状は、先端を(すぼ)めた威力集中型。コントロールは難しいが、その代り打面あたりの力はずば抜けている。

 俺の筋力で撃ち抜くことで、誰にも阻止できない雷のような打球を生み出す。それがライトニング(雷光)だ。


「なにもできない僕からの、せめてもの餞別さ」


 寂しそうな笑みの侯爵に、俺の涙腺も限界だった。

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