託された思い
地響きがなった方向へ俺達はすぐさま駆け出した。
しかし、かなりの距離があり現場に到着するにはかなりの時間がかかってしまった。
「うっ、この臭い……!」
現場は予想以上に凄惨な有様だった。
強い血の臭い。辺りに散乱した肉、血、内臓、脳漿、目、骨。
あらゆる所が陥没し、荒れ果てた大地に横たわる夥しい数の死体。
その数はリンネさん達を襲っていた数を遥かに上回る。正確な数はわからないが三十以上はいる。
とてつもない激戦があったのは間違いなかった。
<ガゥゥッ!>
ジャママが吠える先。
その中心で一人の男性が、血の池の中倒れ伏していた。
身体中血塗れで、更には穴だらけだ。
腕も折れ、無事な箇所を探す方が難しい。だが、それが誰だかすぐにわかった。
「グリゼルダさん! しっかりしてくれ! 気を失ってはダメだ!」
「しっかりしてください! グリゼルダさん! 今すぐに治しますから!」
グリゼルダさんに声をかける。まだ息があった。
直ぐ様アイリスちゃんが『聖女』の力で治療する。
「この、血の量は」
こ……これは、不味い。
身体中から出血し、内臓も出てしまっている。アイリスちゃんが癒しているのに血が止まる気配がない。息も、もう絶え絶えだ。
「ダメッ、この出血量は。それに、なんでこんなに多くの別の毒が沢山、傷が癒えるのを阻害してます! このままじゃ……ッ!」
悲痛そうなアイリスちゃんの声。
くっ、見つけるのが遅すぎたかっ!
「……に…………」
「グリゼルダさん!? グリゼルダさん、しっかりしてください! 意識を失ってはいけない! 今治療してくれている! だから、うっ!?」
俺の言葉を押しのけ、グイッと胸ぐら掴んで来た。
グリゼルダさんが何かを訴えるように何度も口を開閉する。声は掠れ、肺も傷ついているのか最早殆ど言葉として為していない。それでも、俺にはグリゼルダさんが何を言っているかわかった。
ーー頼む、にいちゃん。イフィゲニアを……
彼は自分が死にかけているにも関わらずフィアの心配をしていた。その目には請うような色が浮かんでいる。
視線が定まっていない。
息はもう止まりかけている。
死ぬ。
グリゼルダさんはもうすぐ死ぬ。
彼にかける言葉は心配なんかじゃない。
だからそれに対して俺が言う言葉はこれだけだ。
「あぁ、任された。だから安心してください」
その言葉を聞いてグリゼルダさんは安心したように笑った。最後にトンっと俺の胸に手を当てる。血に濡れていたが何かの紋章を刺繍されている剥ぎ取ったような布を持っていた。
それを渡した後、力無くグリゼルダの手が血溜まりに落ちた。
「グリゼルダさん! ……なんで、わたしは、わたしはぁ……ッ!」
アイリスちゃんの悲痛な声が聞こえる。
死んだ。
グリゼルダさんが、死んだ。
<クゥン……>
「ちょっと、冗談でしょ?」
「……何という事だ」
ジャママが悲しみ、キキョウは驚き、エドアルドは悔いるように呟く。
誰もがその死を悼んだ。
「……許す訳にはいかないな」
そんな中俺はただ、この残状を生み出した者への怒りがわき上がっていた。
◇
「これだけの数が存在していただなんて」
「……おい、マジか。こんだけの量のあの化け物共を一人で倒したのか」
後から追いついてきたリンネさん達が、この惨状を見て慄いたように呟いた。
「コイツらも化け物だが、一人でこれだけの数を殺し尽くしたおっちゃんも化け物だな……」
「違う。……グリゼルダさんはただの人だ。一人の娘を守ろうとして、己を身を顧みずに、全身全霊で争った。何処にでもいるただの父親だったんだ」
『鬼武刀』と呼ばれ、恐れられていたがグリゼルダ自身はまぎれもない人だ。
大切な人を守る為に戦い、そして亡くなった。決して心無い化け物なんかじゃない。
俺の言葉にランドルフは暫し黙り、「悪い」と言った。リンネさんは近づいてきて、俺がグリゼルダさんから託された紋章が刺繍された布を見た。
「その紋章の刺繍、間違いありません。わたくしを襲ったのと同じように、この方を襲ったのも"魔獣研究所"の者です。その紋章は彼らにしか与えられていませんから」
「……そうか」
この場にイフィゲニアはいなかった。なら考えられるのは一つ。
彼女は攫われた。"合成獣"はその為に投入され、グリゼルダさんは奴等と戦闘になった。
"合成獣"は"魔獣研究所"によって造られた。
そこに居るのは人を素材として扱った者達の本拠地だ。
ならば何をするつもりなのか考えなくともわかる。
「行くのでしょう?」
リンネさんの言葉は確信に満ちていた。
「その顔を見ればわかります」
「止めるか? 悪いけど俺は」
「いいえ、わたくしが止めようと言葉をかけた所で貴方は止まらないのでしょう?」
その言葉を俺は否定しなかった。
そう、俺は止まる気もさらさらない。
「いかな理由があるとしても、ヨゼフ・ドクトゥルは人々を攫い、生命の冒涜を犯しました。ならばその事に対しての罰は、受けるべきです。しかし、彼らは国の機関。わたくしが彼らを糾弾しようとも、覆い隠される可能性も逃亡する可能性も十分あり得ます。その前に、誰かが潰さねばなりません」
リンネは理解していた。
ヨゼフは元々外から来た研究者だ。それを国が認め、研究者の主任とした。ならば繋がりがある者によって罪をもみ消される可能性がある。
「わたくしは何があっても良いようにこの魔獣……いえ、人達をすぐさま屋敷の者に運ばせます。これだけあれば、その脅威も伝わり国も動くでしょう。ヨゼフ・ドクトゥルがいない今ならば反論も許さず、迅速に対応できるはずです。ですが、それには時間がかかります。わたくし達がいないその間に研究所の者が、何かに襲われたとしても仕方ないでしょう」
彼女は俺たちが"魔獣研究者"を襲う事を暗に認めた。
言葉こそ濁してはいるが、確かだ。
「わたくしはわたくしの出来る事をします。貴方達が、これから何をしようともわたくしは存じませぬし、止めません。だから貴方達は貴方達のすべきことを行なってくださいまし」
「……ありがとう」
「感謝される筋はありません。……そうそう、もし、ヒノハに会ったら伝えて下さい。『貴方はクビです。お元気で』って」
<バゥン……>
リンネさんの声色には寂寥感があり、微かに震えていた。
主人のそんな様子を感じ取ったのか、リンクルが寄り添う。ランドルフも何も言わず、ただ肩をポンポン叩いていた。
きっと彼女も心中は穏やかなんかじゃないのだろう。
だけど、慰めたりするのは俺の役目じゃない。
俺は、彼女に背を向ける。
そして未だに必死にグリゼルダさんを治そうとしているアイリスちゃんの血だらけになっている手を止めた。
「アイリスちゃん、行こう」
「アヤメさん、わたしはまだやれます。わたしは……」
「いいんだ、君の優しさは俺がよくわかっている。……グリゼルダさんは丁寧に葬ろう」
「う、うぅぅっ……!」
俺の胸で泣くアイリスちゃんを抱え、その場から離れる。
キキョウは代わりにグリゼルダさんの遺体を氷で囲っておいてくれた。これで血に惹かれた魔獣に食い荒らされることはない。
ジャママは心配そうに泣いているアイリスちゃんを見上げている。
エドアルドも無言で俺の後をついてくる。
泣いているアイリスちゃんを慰めつつ、俺は一人である事を決意していた。
「ごめんなさい、アヤメさん。もう、大丈夫です」
「そうか。ならよかった」
俺はアイリスちゃんを降ろす。
すると彼女は俺の顔を見て何かを感じたのか首を傾げる。
「あの、どうしたんですか?」
「決めた事があるんだ」
俺はアイリスちゃんだけでなくキキョウとエドアルドにも伝わる様に振り返って、言った。
「フィアを助けるのは、俺一人でする」




