異形の魔獣
「アイリスちゃん、イフィゲニアを見つけた。位置は全員が別れた位置から北東辺りだ。皆、特にグリゼルダさんを見つけたら知らせてくれ」
『本当ですか!? わかりました。わたしもすぐそちらに向かいます!』
オニュクスから奪った通信型の魔術具を使ってアイリスちゃんに報告する。
これで暫くしたら皆集まるはずだ。
「問題は、コイツか。見逃してくれる気はなさそうだな」
<オォォォオォォォマエマエェェッ!!!>
「!? コイツ喋れるのか!」
憎々しげに唸り声、いや叫び声をあげる明らかに普通じゃない異形の魔獣。
更にコイツは俺に対して明らかに憎悪の感情を向けていた。これは、俺を恨んでいるのか?
「嫌な気配だ。魔物とも違う、だけど居てはいけない。そんな気配。……生き物に対してこんな気持ちを抱いたのは初めてだ」
<グギョボボ、オ、マエェェ、コ、ロゥゥスゥゥヴッッ!>
やはり、聞き間違いじゃない。魔獣は喋っていた。
油断なく剣を構える。相手は魔族の血を引くイフィゲニアにすら傷を負わせた。上位魔族と同等の力を持っている可能性がある。
その時、後ろから声が上がった。
誰でもないイフィゲニアだ。
「無理だよ! コイツは強い! あたしでも無理だった! 弱いアンタなんかじゃ無理だよ!」
「だとしても、放っておく訳にはいかない。村の安寧の為にも、そして君の為にも」
「あたしの為? そんなのおかしいじゃんか! あたしはお前が嫌いだもん! だから、守ってもらう理由なんてない!」
「誰かを助けようとするのに、好き嫌いも関係ない。俺は救世主だ。だから、守る。それだけさ」
その言葉にイフィゲニアは何も言えなくなった。
<ウガァアァァァァァッッ!!>
先に動いたのは向こうだった。
腕を一つにまとめて突進してくる。
確かに腕をまとめることで威力は増しているだろう。だが、態々一つに纏めてくれるなら好都合だ!
「ぐぅぅッ! "桃孤棘矢"」
<ガアァァッ!!?>
奴の力を利用し、そのまま宙へとかちあげる。
突然宙に身を投げされた事で異形の魔獣は動揺している。俺は無防備な奴の胸な向かって"緋華"を繰り出した。
「硬いッ……!」
しかし伝わる感触はおおよそ肉を斬り裂いた感覚ではなかった。奴の胸を守るように生えた鱗に拒まれたのだ。食い込んではいる。だが、貫通するには至っていない。
「"緋華"と刺斬剣イザイアの組み合わせならいけると思ったんだがな……ッ!」
<グギィィイィィッ!>
「ぐっ!?」
異形の魔獣の翼が動き、俺を叩き落とす。
あの翼、飛べはしないが動くのか!
何とか防御し、地面へ着地する際受け身を取った俺の上にかかる影。
<斧ォォオ割リィィイィッ!>
「何だと!?」
異形の魔獣が叫び、叩き潰そうと腕を降り下げてきた。
俺はそれを躱すが、躱した箇所地面が凹み亀裂が入る。
「何て威力だ……!」
それに今の言葉、まさか『戦士』が持つ技能の【斧割】か!? 何故そんなことを魔獣が出来る!?
「予想外なことばかりだ。だが、それでも俺は負ける訳にはいかない」
俺は油断なく相手を睨む。
幸い、既に位置はアイリスちゃん達に知らせている。ならば、時間を稼げばすぐにみんなが集まり、この異形の魔獣を倒すことも出来るはずだ。
<ワル、ワル、ワル。シシシ、シネェッ!!>
「なに!?」
俺の考えを見透かしたのか、異形の魔獣が嗤う。
同時に地面から触手が突き出す。
その先にいるのは、俺ーーではなく動く事の出来ないイフィゲニア。
「させるか!!」
すぐに俺はイフィゲニアを庇い、触手を切り落とす。
<グゲェッ、シシシ、シネッッ!!>
魔獣の口から何か液体が放たれる。
通常ならばこんなの斬って防ぐ事は容易い。
「捕まれ! 荒くするよ!」
「うわ!?」
だが嫌な予感がした俺は、イフィゲニアを抱えその場から離れる。
液体が着弾した位置は、煙を出して猛烈な勢いで溶けた。
更に斬り残した触手からも同じ液体が放たれる。
その全てを躱すが、足場のぬかるみと数に次第に押され逃げ場がなくなる。
すると一本の触手がしなりをあげて振るわれた。
狙いは俺ではなく、抱えられたイフィゲニア。
この角度、剣では無理だ。
「ぐっ!?」
意識を持っていかれそうな衝撃が頭に響く。
やがてだらりと生暖かい感触が顔に感じた。雨粒なんかじゃない。血だ。
「だ、大丈夫!? もういいよ! あたしを置いて逃げてよ!」
「嫌だ」
「なんで! 大丈夫! もう足は痛くない! だから大丈夫だよ!」
「嘘は良くないな。まだ痛むんだろう。大丈夫、心配しなくても俺は負ける訳にはいかない。それに君も強がるのも良いけど、時には頼ってくれよ。実は俺、頼られるの嫌いじゃないのさ」
「うっ……」
軽口を叩いて笑顔を浮かべ、彼女の緊張を解す。
俺は少しだけ離れた位置でイフィゲニアを降ろす。本当はもっと離れたかったが、雨が降る今では人一人抱えたままじゃ逃げ切るのは難しい。
……この状況は少し厳しいか。
相手の能力が多様に渡る上に、向こうを倒す為に接近しても技が通用しない。頭からの血で片目も防がれている。
不利なんて状況じゃない。
「なんで……もういいよ! なんであたしなんかを庇うの!?」
「変な事を言うね……、大人が子どもを守るのは当たり前じゃないか」
仮面はすこし欠けているけど、仮面が盾になったのか頭を丸ごとエグられるのは回避出来た。
皮膚が切れて流血はしているが、この程度なんでもない。
「わかんない! わかんないよ!
「大丈夫。俺が君を守るから。だから安心してくれ」
「あ……」
イフィゲニアを安心させるように笑うアヤメ。
『安心しろぉ、イフィゲニア。俺ぁが守ってやるからなぁ』
「とうちゃん……?」
その姿がグリゼルダと重なった。
(時間をかけている暇はない。奴を、直ぐにでも仕留める)
最初こそ、他の皆が来るまで時間稼ぎをするつもりだったが奴はイフィゲニアを集中的に狙ってくる。足を負傷している彼女ではまともに避ける事は出来ない。
そして俺も彼女を庇って戦うのは難しい。幾度か剣を叩き込んだが奴の身体を斬り裂くだけの力がない。
「力不足か……。これで何度目だ」
不甲斐ない。
何が勇者だったんだ。
結局俺は人一人満足に守る事も出来ない。
俺はすぐにでも異形の魔獣を仕留める決意をする。
その為には反撃すら許さずに即座に殺す必要がある。
ならばどうするか。
考えがない訳じゃない。
須く生物には弱点がある。
首と心臓だ。
この両方を同時に破壊する。そうすれば如何に屈強な魔獣とは言え耐えられない。
その為には速度が必要だ。今よりも速く、疾く。
勇者の時に使えた【加速】みたいに。
しかし俺にはもう技能を使えない。
ならもう手は一つしかない。
(すいません、グリゼルダさん。貴方の懸念通り、俺は約束を破ります)
俺は心中で謝罪する。
だが確信はあった。これを使えば少なくとも相手に対抗出来ると。
「"闘気練成"」
身体中から湧き上がる力の気配。
「あ……ッ! ぐぅッ……!」
同時に軋み、痛みも襲い来る。
だがそれを無理矢理抑える。気絶しないように歯をくいしばる。
すると痛みはあれど、比べ物にならないほどの力が満ちるのを感じた。
今しかない。いつまで持つかわからない以上速攻で勝負をつける。
剣を水平に構える。
「行くぞ!」
<シィィィネェェッッッ!!>
異形の魔獣の目が嘲笑うように歪むと同時に口が開かれる。
「危ない!」
イフィゲニアの警告。
異形の魔獣の口から出たのは液体でなく、重なりあった手のような舌の強力な一撃。
俺は咄嗟に後ろに跳ぶと同時に身体の前に鞘を構える。
ぶつかる舌と鞘。
衝撃が来るも、軽い。
吹っ飛ばされた俺は態勢を立て直し、木の幹に水平に着地する。
<ウガアァァァァッッ!>
「同じ手は食わない!!」
そのまま木ごと倒そうと突進してくる相手に対して力の限り木の幹を蹴り、交差すると同時に瞳を斬る。
<ギィヤァァッ!!?>
「遅い! "陽狼"、そして"落花狼藉"」
痛みに悶えた異形の魔獣が闇雲に触手を伸ばすも、その場に俺は既にいない。
奴の背中を蹴って背後に移動した俺は機動力を奪う為、脚の腱を切断する。
態勢を崩す。その時繋ぎ合わせるようになっていた鱗の部分と毛皮の部分を見極めた。
「見えたッ!」
その間に剣を突き刺さし、一気に剥がし斬る。
<ギャギギィアァアァァァッッ!!?>
厄介な鱗の守りがなくなり、奴の心臓が露出した。
「"緋華"、"天花乱墜"」
その心臓を突き刺さした。
そしてそのまま力の限り上へと斬りあげ、首も縦に両断する威力を誇る"天花乱墜"でトドメを刺す。
"闘気練成"で強化された身体能力は、"絶技"の威力をもあげていた。
<カッ、カァッ……! マ、タ、負……ケ……>
異形の魔獣は何かを呟いたがやがて倒れ、ついに完全に沈黙した。
「つ、強い……」
唖然とした様子でイフィゲニアが呟く。
"闘気練成"を行った後のアヤメの動きはイフィゲニアの目をしても捉えるのが困難であった。正に電光石火、しかもそれだけの速度を保ちつつ、速さに振り回される事もなく見事に異形の魔獣を倒した。
「ふぅ、ふぅ、うまくいったか……。うぐっ!?」
息を整えていると身体中が痛みと軋みを訴え俺は倒れ伏す。
「身体が動かない……」
指先までピクリとも動かない。顔中泥まみれだ。
ほんの僅かに使っただけでこれだ。
"闘気練成"は確かに俺の身体能力を跳ね上げてくれたが、まだまだ鍛錬不足だ。これでは実戦に使うのは不安が残る。
だが、そんな事よりも俺には安堵する事があった。
「君が無事でよかったよ。イフィゲニア」
「っ、馬鹿!!」
「いやっ、馬鹿って……ひどいなぁ」
「馬鹿、馬鹿だよ! そんな風になってまであたしを守ろうとするなんて大馬鹿だよ! 馬鹿、ばか……うぇ、うぇぇん」
「ちょっ!? なんで泣くんだ!?」
イフィゲニアは突然泣き出す。
「生きててよかったぁ〜! 死んじゃうかと思ったぁ〜! うわぁ〜ん!」
イフィゲニアの涙は俺を心配してくれての事だった。
確かにそうだ。彼女からすれば、気が気でなかったはずだ。同時に、少しでも仲良くなれたかなと思う。
慰めの言葉をかけようとするが、視界が段々と微睡んでいくのがわかる。極度の疲労だ。
「アヤメさーん!!」
<ガゥッッ!!>
「イフィゲニアッ!!」
仲間の声を聞きながら、俺は気絶するように意識を失った。




