異形の魔獣の正体
目が覚めた俺はすぐに此処が宿だとわかった。
「目が覚めたんですね」
<ガァウ>
「アイリスちゃん。ここは……うっ」
「あぁ、まだ動いちゃダメですよっ。此処は村の借りた宿です。アヤメさんは半日寝続けていたんですよ」
視線を後ろに向けるとほっとした様子のキキョウと、何も言わず此方を見ているエドアルドがいた。
二人も、俺が目を覚めるまで待っていてくれたのか。その事に申し訳無さを感じる。
「アヤメさんが言った地点に向かった時、既にアヤメさんは気を失っていてフィアも足の骨が折れていて……でも、二人とも命に別状はなくてよかったです」
「ちみっ娘、アヤメが目を覚まさないって騒いでたのよ」
「なっ、ななな! ぼっちだって右往左往してたじゃないですか! 自分だけ、冷静だったように言わないでください!」
「あぁー!? ちみっ娘、言うだなんてひどいわ!」
「そっちが先に言い出したんですよっ」
どうやら、思った以上に心配を掛けていたようだ。あの時は"闘気練成"しなきゃ活路はないと思ったが、その度に気絶していたんじゃダメだな。
もっと鍛錬しなければ。
二人の戯れを眺めていると、途中でエドアルドと目があう。
「ご無事でなによりです」
「あぁ」
端的な言葉。
だが、エドアルドらしい。
「私は彼らを呼んできます。アヤメ殿は、そのままお待ち下さい」
部屋を出たエドアルドが連れてきたのは、グリゼルダさんとイフィゲニアだった。
「よう、にいちゃん。無事か」
「無事かどうかって意味なら傷はもう問題ない。アイリスちゃんの腕は何者にも勝るから。だけど、筋肉痛が酷いかな。今もこうして起き上がるのも辛いんだ」
「そりゃそうさ。言っただろぉ? にいちゃん。一気に"闘気練成"するなって。にいちゃんは下地があれど、まだ"闘気練成"には入門したばかりなんだから身体がそれに対して対応出来てねぇんだよ。だから逆に限界を越えた力で動いちまって疲労が全身に回っちまったんだ。今の身体は全身筋肉痛みたいなもんだぞ」
「なるほど……確かに身体が全く動かないや」
俺の体は多少は動かす事は出来るが、力が入っていない。
これが"闘気練成"の代償だろう。だけど、グリゼルダさんの言葉だと筋肉痛みたいなもので、いずれ治るらしい。
「ありがとう、にいちゃん。そして嬢ちゃん達。あんたらがいなかったら、イフィゲニアがどうなっていたか。礼を言う」
「……ごめんなさい。そして、ありがとう」
親子揃って頭を下げる。
俺は、そんな二人に気にしないで欲しいと告げてもグリゼルダは深々と頭を下げたままだった。
ふと、横を見るとイフィゲニアと目が合う。
「イフィゲニア、無事で良かったよ。足も、どうやらアイリスちゃんに治してもらったみたいだね」
「うん、直ぐに痛くなくなってびっくりした。ごめん、アニィ」
「ん、アニィ?」
なんだその呼び名は?
イフィゲニアは少しモジモジする。
「えーと、アヤメにいはアヤメにいだから、アニィ。駄目、かなぁ」
「ははは、まぁ。イフィゲニアの好きにすると良いよ」
まさかイフィゲニアからあにと呼ばれるだなんて。
少しは仲良くなれたって事、で良いのかな? 自惚れる訳じゃないけど、そうだと嬉しい。
イフィゲニアはまだ続ける。
「それでアイリスねぇはアイリスねぇだから、アネェ」
「お姉ちゃん! 良い響きです! ふ、ふふふこのわたしがお姉ちゃん! やったぁ!」
お姉ちゃんという響きにアイリスちゃんは感動しているようだった。
「そしてそっちの顔が堅い人は、とうちゃんが言ってたから、やっくん!」
「……貴方の所為ですよ」
「いやぁ、悪い悪い。まぁ、子どものつけるあだ名だと思って許してくれよ」
じとりとエドアルドがグリゼルダさんを見るも、彼はおちゃらけたように笑う。やがて、意味がないと悟ったのか、エドアルドは諦めのように首を振った。
「で、貴方はマーくん」
<ガゥッ!>
ジャママが尻尾を振りながら吠える。
「ねぇ、此方はなんなのよ?」
最後にキキョウがそわそわした様子で尋ねる。
普段からアイリスちゃんに対して歳上だから敬えと言っているのでもしかしたら妹的な存在が欲しいのかもしれない。
イフィゲニアは顎に人差し指を当てて悩む。
「えーと、貴方はね、こなちゃん!」
「こなちゃん!? なんで此方だけ、ちゃんなのよ!」
「だって自分の事、いつも此方此方って言うでしょ?」
「それは人称であって名前じゃないわ!」
「ぷぷっ、良いじゃないですか。こなちゃん。子どものする事なんですから。何が不服なんですか?」
「だって、だって〜!!」
「?」
不服そうなキキョウ。
それに対して何がいけないのかイフィゲニアは首を傾げるだけだ。
部屋中にみんなの笑い声が広がる。
その時、部屋の外がノックされた。
『中に入っても良いか?」
「あぁ、入ってくれ」
返事をして開けると外にはランドルフがいた。
「ようお取込み中悪いな。どうやら無事だったみたいだな。お嬢様からの要請でよ、アンタが倒したっていう奴の元まで案内してくれ」
「アヤメさん、大丈夫ですか? まだ寝ていた方が」
「大丈夫だよ、傷は治っている。それに俺も奴の正体をもう一度確かめたいんだ」
アイリスちゃんが心配するが、本当に大丈夫だ。
傷は『聖女』の力で塞いで貰ったし、まだ倦怠感と筋肉痛はあるが、それだけだ。命に関わる程の傷じゃない。
やがて俺たちは例の異形の魔獣と交戦した場所に着く。
「此処が例の魔獣と交戦した位置です」
「これは……。なるほど、かなりの激戦だったみたいですわね」
<バゥン>
穴ぼこの地面や倒れた樹々を見てリンネさんが呟く。リンクルもまた臭いを嗅いで軽く同意するように吠える。
そのまま俺は案内する。
あの死骸はキキョウが凍らせているから腐る心配はないらしい。更にはアイリスちゃんが植物を使って隠しているから他の魔獣に見つかる可能性もない。
やがては魔獣を隠していた位置までやってきた。
「リンネさん、本当に見るんですか? あまり見て気持ちの良いものじゃないと思います」
「構いません。私は『魔獣使い』であり、それに因んだ知識も見解も持っています。一目見れば
「そうか。わかりました。二人ともよろしく頼む」
俺の言葉にアイリスちゃんとキキョウが頷きあう。
「【氷解】」
「【植物よ、わたしの頼みを聞いて、秘められた封印を解き、姿を現してください】」
氷が解け、植物が蠢く。
やがて中からあの魔獣が出てきた。
「……っ」
「大丈夫だ、イフィゲニア。安心しろぉ」
それを見てイフィゲニアがグリゼルダさんの手を握る。彼はおちつかせるように強く握り返した。
<バウゥッ……!>
「これ、は……。なんという異形な姿」
「こんな生物がいるのかよ」
「俄かには信じ難いですね」
現れた異形の魔獣の存在感にリンネさん達も微かに汗を滲ませる。
「どちらにせよ、より深く知る必要があります。既に命尽きていますが少しでも情報が欲しいですわ。【思念相波】」
リンネさんが技能を使う。
【思念相波】とは読み取る技能だ。
元は魔獣に対して歩み寄り為に、魔獣の事を知る為に互いの考え、感情をダイレクトに伝える技能。
相手は最早物言わぬ死体になってしまっているが、それでも残留思念とでも言うべきか異形の魔獣が死ぬまで抱いていた事を少しでも感じ取ろうとしているのだろう。
「う、おぇぇぇっ」
「お嬢様!?」
「どうなさいましたか!?」
やがて何かを感じ取ったリンネさんがその場で膝をついて吐き出す。ランドルフとヒノハさんが直ぐに介抱し、背中を撫でる。
「な、なんて事……! こんな事が許されるはずがありませんわっ。こんな、こんな非人道的な事……!」
えづきながらもリンネさんは何かに憤っていた。
「落ち着いてください。先ずは、口をゆすぎましょう。どうぞ、お水です」
アイリスちゃんが、リンネさんに水を渡す。それを受け取って口をゆすいだリンネさんは、落ち着いたように息を吐いた。
「……感謝いたします」
「いえ、全然気にしてないのです」
「リンネ殿、一体何があったのでしょう? 我々にも説明して貰えますか?」
「そうだぜ、お嬢様。あんないきなり吐くだなんて尋常じゃねぇぞ」
「えぇ、わかっていますわ」
リンネさんがヒノハさんに支えられて立ち上がる。
「この身体には数多の魔獣が宿っていますの。飛竜、馬、狼、魔食虫植物……そして、人間」
「なっ」
今なんといった?
その言葉は全員に衝撃を与えた。
「人間ですと? そのような事容易には信じ難い。あり得るのですか?」
「いや、待ってくれエドアルド。心当たりがある。奴は……発音こそ多少変だが何か言葉を発していた。そうだろうイフィゲニア?」
「うん、アニィ。あいつは、何か言葉みたいなのを発してた」
俺の言葉にイフィゲニアがこくこくと頷く。
「一つの体にあるべきでない様々な命が混ざり合い、そうして互いに蝕みあってある。恐らくはどの道長くは生きられなかったでしょう」
「……とうちゃん、あたしもそう感じた。戦っている時、凄く奇妙な気配だった。多分、それが、複数の命が混ざり合ったせいだと思う」
「森が言っていた歪な存在とは、こういう事だったのですね」
俺は異形の魔獣と戦っていた時の違和感がこれだったのかと気付く。
同時に俺は最悪な事を思い浮かんだ。
「まさか、これまで人の死体が発見されなかった理由は殺されたんじゃなくて」
「アヤメ殿、その考えは大いにあるかと」
「くっ、なんて事だ!」
恐らくは消えた人も素体として攫われたのだろう。これ一体を生み出すのにどれほどの命が必要なのか考えもつかないが、それでも
俺は滞在していた村の様子を思い出す。あんな風に、穏やかに過ごしていた人々を、こんな化け物にするだなんて。
「このような事、許されて良いはずがありません。私は急ぎお父様に事情を話し、より国を挙げた調査を実施しようと思います。これは何者かが手を加えなければでなければあり得ない。もしかすれば、魔王軍による新たな実験の可能性すらあります」
「それが良いと思います。こんな事をする者を野放しになんて出来ないのです」
「えぇ、何者が何を持ってしてこのようなこと、論理的に許されるはずがない」
「はい。こんなの生命への冒涜です。断じて看過できないのです」
憤り、強くこんな事をした相手を許せないと語るリンネさんとアイリスちゃん。
それは俺も同じだ。必ずこんなことをした犯人を突き止める。
力が入り辛い手を、強く握りしめた。
「歪められ、生命から逸脱された存在よ。どうか、安らかに……」
<クゥン>
アイリスちゃんが異形の魔獣、いや犠牲となった人に花と祈りを捧げる。
俺たちも、皆それに模し、黙祷を捧げた。




