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決意

 今だに騒がしい町中とは切り離された宿の一室。そこを借りて、俺はアイリスちゃんを寝かしつけていた。


 アイリスちゃんは沢山汗をかいている。

 俺はそれを何度もタオルで拭う。


 倒れてからそれなりの時間が経つが余り良くなったとは言えない。それでも薬を飲ませたからか、最初よりはマシだ。


 アイリスちゃんはまたも汗をかいて、息も荒い。

 ジャママも心配そうにアイリスちゃんを顔を覗いている。



 ガチャッとドアの開く音がする。

 現れたのはキキョウだ。


「アヤメ、ちみっ娘の様子はどう? 」

「……今は大丈夫。倒れた時はびっくりしたけど、寝かして薬を飲ませたら少し落ちついた」

「そう。ならこれも頭に乗せてあげて。此方(こなた)特製の氷を布で包んだだけだけど、水で冷やすよりかは効果があるはずよ」


 キキョウは態々替えのタオルも含めてピエールさんに話して貰って来てくれた。ピエールさんも怪我人が沢山いるのに清潔なタオルを態々くれた。その事には感謝しかない。

 俺はキキョウから受け取った布で包んだ氷を乗せる。


 少しばかりアイリスちゃんの顔が和らいだ気がする。


「ありがとうキキョウ」

「これくらい気にもするほどのことではないわ」


 その会話の後少し無言。俺はキキョウ以外聴く人がいないからか、ポツリと呟く。


「アイリスちゃんは何でいきなり倒れたんだろう」


 キキョウは「あら」と意外そうな声をする。


「アヤメなら分かるでしょう? 『魔法使い』は自らの体にある人為的魔力(マナ)を使って魔法を行使している。此方もそれは変わらない。そして当然魔法を使えば人為的魔力(マナ)は減る。人為的魔力(マナ)を失った『魔法使い』は、殆ど立つことも出来ずに、酷ければ気絶するわ。今回の症状とそれに近いものでしょう。……最もちみっ娘の『聖女』としての力が此方(こなた)らと同じかっていうとそれはわからないけど、それでも他人に癒し(・・)という魔法をかけているのならば、『治癒士』のように当事者本人の人為的魔力(マナ)を使った治癒力に依存するのではなく、ちみっ娘に負担がかかったと考えるのならそう間違いではないはずよ」

「だけど、アイリスちゃんはそんな事一度も……」


 語るキキョウは凄くお姉さんという感じがした。それに対して俺は自身のあまりにも不甲斐なさに唇を噛みしめる。


「確かにそうね。でも予想はつくわ」


 キキョウは近づき、アイリスちゃんの首元の汗をタオルで拭う。


「この子の事よ、どうせアヤメの迷惑になると思って黙っていたんでしょうね。ほんとうに、ばかな子」


 その声は小馬鹿にしながらも、何処か優しさを与える声色だった。



 俺は自分が情けなかった。

 少し考えれば分かることだろう。『聖女』はその力であらゆる傷を癒す。

 だが聖女自身は?

 傷を負った聖女を誰が癒してくれる?

 俺はそんな事にも気付かずアイリスちゃんの力に頼り、結果的にこうなるまで気付かなかった。


 何が救世主だ。

 側にいるひとりの人も守れずに烏滸がましい。


 情けなくて、自分に怒りが湧いてくる。



「アヤメ、あまり自分を責めるのはやめなさい」

「でも」

「どうせこの娘のことよ。アヤメのお願い抜きにしても助けられるのなら助けたいと勝手に癒していたでしょうね。本当に、そんな所はアヤメそっくり」


 俺は思い出した。

 アイリスちゃんと初めて会ったときのことだ。俺は力があるならその力で誰かを助けたいと言った。それと同じでアイリスちゃんも自らに癒す力があるのならば癒したいと思ったのだろうか。『聖女』なんて関係ないと言いながらも。それで助かる命があるならと。


 さて、とキキョウは立ち上がる。


「またあの騎士達みたいなのが来ないとも限らないし、此方(こなた)が外に居といてあげるわ。だからアヤメはちみっ娘の近くにいてあげて」

「すまないキキョウ。悪いけどそうさせてもらうよ。この借りは絶対に返す」

「ふふ〜ん、お礼は今度また一日お買い物に付き合ってくれたら良いわ」

「あぁ、必ず」

「やった。それじゃ、ちみっ娘のことよろしくね」


 パタンとキキョウは出て行く。

 後には俺とアイリスちゃん、ジャママしかいない。

 話していたのはキキョウちゃんだから居なくなれば必然的に部屋は沈黙に満ちる。


「………ほ、んと…こんなときにおねえさんぶってむかつく、です……」

「っ! アイリスちゃん!?」

<カァウッ!>

「そんなおおごえださなくてもわかりますよ……あやめさん、じゃまま……」


 辛いだろうにアイリスちゃんは心配そうにしていたジャママの頭を撫でて安心させる。そしてそのままよろよろと起き上がる。


「もう、だいじょうぶです。しんぱいおかけしました」

「だめだよ。まだこんなに熱があるじゃないか!」

「これくらい、なんともない、です。それよりも、ほかにきずついたひとがいたら……治さないと……」


 向こうとするのを俺は毅然とした態度で止める。


「アイリスちゃん、君のおかげで今すぐに命に関わる程の重症な人はいないだから大丈夫だ」

「だけど、まだ怪我した人は……」

「だめだ、アイリスちゃん。君は寝ているんだ」

「でも……」

「さっきも言ったろ? 幸い死傷者は出ていない。怪我した人も後から来てくれた反乱軍の人達が今治療してくれている。そして今、優先して休まなきゃいけないのは君だ。だから、寝ているんだ」


 強引だが俺はアイリスちゃんの肩を掴んで寝かす。

 これ以上無理はさせられなかった。


「そう……ですか。そうですね……」


 口では納得した風を装っていてもやはり気がかりなのが目に取れた。だから俺は頭を撫でてやった。優しく、諭すように。

 するとアイリスちゃんは、弱い笑顔を浮かべながらベットに寝る。


「あやめさん……ひとつおねがいしてよいですか?」

「なんだい?」

「てを、にぎってほしいのです」


 彼女は、ベットから手を取り出す。


「すこしだけこころぼそいので……」


 そんな事ならと、俺はアイリスちゃんの手を握る。…俺よりもずっと小さく、それでいて多くの人を癒した手だ。

 アイリスちゃんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ……こうしててをにぎってくれるのはフィオーレのまちいらいですね」

「そうだね。あの時はアイリスちゃんが握ってくれて随分と心が軽くなったよ」

「あやめさんからにぎってくれたのははじめてです。ふだんは、わたしがねているあやめさんのてをにぎってあげているのに、これでははんたいですね……」

「えっ、そうだったの?」


 全然知らなかったんだけど。これもしかしたら聞いちゃいけなかったものじゃ……。アイリスちゃんは頭がぼーとしているのか自分の話した内容に気付いていないようだ。


「ほんとうに……おおきいて……」


 にぎにぎと指を絡めるように

 俺の手なんて剣を握ってきて角ばって豆があるだけの手だ。

 なんだか、少しこっぱずかしい。


「じゃままも、ありがとう。よかったら、あやめさんといっしょにわたしのそばにいてくれますか?」

<ガァウ!>

「ありがとう」


 少しばかりこっぱずかしく、それでいて何か出来ることないかと頭を働かせ、ふとアイリスちゃんと初めてあった時の事を思い出した。


 俺は結局自分が眠気で寝てしまうまでアイリスちゃんの頭を撫で続けた。





 後日。

 アイリスちゃんの体調は良くなった。それ聞いて俺は安堵した。ジャママも嬉しそうだし、キキョウも口では「もう治ったの?大した事なかったんじゃない」と言いつつも安堵した様子だった。


 それと同時にピエールさんが一度別の反乱軍の場所に移動すると言ってきた。俺はアイリスちゃんの容態が心配だったが彼女も行くと言ったから一緒に行くこととした。


「あの、アヤメさん」

「なんだいアイリスちゃん」

「えと、あの。確かにまたあの様な事がないとは限らないっていうアヤメさんの心配もわかります。ですがこれは些か恥ずかしいのですが……」


 アイリスちゃんが大丈夫といっても心配だった俺は一計を案じた。

 彼女を背負っていくことにしたのだ。

 アイリスちゃんが落ちないようにロープでも繋いだ完璧な布陣だ。


「アヤメって過保護ね。ま、ちみっ娘も素直に受けといたらいいじゃない。じゃないと貴方また無理するでしょうし、こっちとしてもそんな状態で動き回られたら気が気でないわ」

「ぼっち……」

「此方としたら、赤ん坊をあやしてるみたいで面白いし。ぷーくすくす」

「なぁぁぁ! ちょっとだけ見直したわたしの気持ち返してください!!」

「あ、アイリスちゃん。そんな暴れたら危ないよっ」

<ガゥッ!>


 ジタバタと背後で暴れるアイリスちゃんを宥める。

 けど、俺としてもまた倒れると思ったら気が気でなかったからお願いするとアイリスちゃんもやっと頷いてくれた。


「うぅ、嬉しいのと恥ずかしいの。複雑な気持ちです……」





 それから数日。俺たちは別の反乱軍の基地に着いた。そこに着くとアイリスちゃんはもう背負わなくても良いと強く言われたので渋々ながら俺はアイリスちゃんを下ろした。


「アンタってさ、絶対子どもできて怪我でもしたら大騒ぎするタイプだろ。俺にはわかるね」

「いや、そんなことはない…と思うけど……」


 どうだろうか。なんだか自信がなくなってきた。

 誤魔化すように咳をして辺りを見回すとある事に気付いた。


「何かここも隠れ場所にしては人数が足りなくないか?」

「あぁ、それは今各地に《エルヴィス》の町を事を伝える為にバラけている。だから数が少なく見えるんだろう」

「……そうか」


 それもまたこの戦いに勝つのに必要なことなのだろう。

 ふと俺はパラシータの顔色が少しだけ悪くなったように感じた。


「ん? 何か、やつれたか?」

「……そうだな、最近色んな所でピエール様の指示で動いているのでそれだろう」

「そうかい、無理はしないようにな」

「あぁ」


 俺は別れを告げてアイリスちゃん達の方へ向かう。




 アヤメを見送るようでパラシータの目は、アイリスへと向けられていた。







 数日後、事態は動いた。


「戦争か……」


 ポツリと呟く。

 先程、ピエールさんから直接教えられた。どうやら《エルヴィス》の町のこと聞いて打診していた貴族達からも遂に快諾を得られたらしい。


 反面、俺の気持ちは複雑だった。

 もはやこの国の腐敗は否定出来ないほどに俺は見てきた。民を虐げている事はもう疑っていない。だが、戦争となると多くの人が死ぬ。


 敵味方問わずに多くの人が。

 その事が嫌だった。


 魔王軍ではなく、人の手で争うというのも俺の心に重くしていた。

 勿論、この戦いに参加するとした以上、こうなることはわかっていた。


 ピエールさん曰く、反乱軍は貴族も含めもはや向こうの軍よりも多いらしい。普通に考えて負ける要素はない。


 反乱の元となっているのは例のこの国の王ヴェルメだ。既に民心が離れ、傍若無人の限りを尽くしている。王が王たる責務を放棄したのなら、その座に居座る権利はない。


 ……例え、女神オリンピアに選ばれたとしても。


 数はこちらが上、士気も高い。貴族の援軍もあるからそれなりの練度も期待出来る。


 不確定要素があるとしたら、ただ一つ。


 あのエドワード・ジェラルドだ。


 彼は数少ない国王自身に忠誠を誓った存在。

 更には彼の配下には名高きユサール遊撃騎士団と城の兵士もいる。


 特にこの国で彼の戦闘能力は頭一つ抜けている。頭も悪くない。彼は不利を悟るとすぐさま退く冷静さを持っている。そしてその分の力を次に注ぎ込む。それだけの判断が出来る奴がいるだなんて悪夢だ。


 更には籠城戦となると話が違ってくる。攻める側より守る側の方が有利だ。そこに彼の指揮系統が加わると犠牲は計り知れない。彼ならば迂闊に攻勢に出ず、守りを固めることで城を落とさないようにする。


 ならば包囲し続ければ良いじゃないかとのことだが更に悪い情報だ。今だに反乱側に付かない貴族もいるので、もしそういった者達に背後を取られ、城からもエドワード指揮下で攻勢に出られたら容易に瓦解し得る可能性があるらしい。所詮は戦いに向かない職業(ジョブ)が大半の反乱軍、勝ち目がないと悟ると逃げ出してしまうとはピエールさんの談だ。


 更に他国の事もある。つけ入る隙を与えずに迅速に決着をつけたいらしい。


 エドワードとしても王を守る為に全力で指揮を取るはず。

 だから、何としてもエドワードは倒さねばならない。それも、比較的素早く。それが無理なら王を素早く確保する必要がある。


 だが王を護る騎士の存在も考えると、反乱軍の練度では厳しい。


「……もう一度話して見るか」


 俺は決意を決め、ピエールさんに自分の意見を話しに行った。


「ん?これは」


 途中、立て掛けられた剣が目に入る。確か、ジャコモが使っていた剣だ。武器に余裕がある訳でもないので回収した武器は積極的に使うと聞いていた。


 俺はジャコモの剣をすらりと鞘から抜いてみる。深い蒼色の良い剣だ。


「……彼の守りを突破する方法。これなら」


 勇者の頃は考えもしなかった。だが、 技能(スキル)ない俺は試せることは全て試さなければ。

 この事も含めてピエールさんに、そしてもし大丈夫ならキキョウに付き合って貰う必要があった。


 俺はジャコモの剣を持って、ピエールさんと話をする為に向かっていった。

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