花火職人
後日。
俺たちは一晩1銀貨の部屋を借りて過ごし、朝になると冒険者ギルドに行ってバディッシュと会って飛竜討伐の報酬を受け取った。
驚くことなかれ、そのお金は何と金貨78枚だ。バディッシュはかなり興奮していたけど、俺はそこまで衝撃を受けてはいなかった。
魔族との戦いを制した後に、報奨金が支払われることもあったし、その時の報酬はこれより大きいこともあったのだ。尤も、そのお金もグラディウスとメアリーの消費で消えていったけど…。俺はある程度二人には内緒でお金を確保して被害にあった村々に配ったりした。偽善だとは思うけど、彼らの為に何かをしてあげたかったんだ。
それにしても、これだけのお金を自由という意味で使えるのは初めての経験だな。
お金というのはあっても困らないものだ。人を助けるにも、自分の装備を揃えるのにも。
バディッシュと別れた後、俺はアイリスちゃんと市場に行ったり、武具屋を見たりした。やはり商業都市なだけあり、その充実ぶりに色んな所を回っているとあっという間に夕方になった。
ただその分の収穫もあった。
「市場を見てアヤメさんの格好も、変わりましたね」
「まぁね。これで少しはマシな格好になったかな」
そう、報酬を得て俺の装備も揃える事になった。というよりも今まで剣一本と短剣だけだったのがおかしいというべきか。
買ったのは手甲と鉄靴、あとは軽く肘や膝を守るプロテクターだ。更には服の下に鎖帷子も着込んでいる。
鎖帷子を選んだのは全身鎧とかはオーダーメイドになる上に、俺の得意な動きで撹乱したりといった戦法が取れなくなるからだ。
魔法がかけられた鎧なら違うのだけどそれは非常に値段が張る。それに殆どの場合サイズの問題で合わなかったりもする。今回は残念ながら縁はなかった。
「そしてまぁ、見事に飛竜を倒したお金がなくなったね」
「仕方ないのです。これが予想以上に高かったですから」
アイリスちゃんは俺の腰にぶら下がる革袋をツンツンと続いた。
本来なら飛竜を討伐した金がこの程度の防具でなくなる筈がない。
それでもなくなったのはこの革袋を買ったからだ。当然これは普通の革袋じゃない。『魔法の袋』と呼ばれるそれは、袋の口の大きさならあらゆる物を入れる事ができる。
過去に存在したという『錬金術師』の職業を持つ者が長い年月をかけて陣を刻み、それにより袋内部の許容空間を広げたとかなんとか。正直、職業の違う俺にはそれがどのような原理かつ凄いことなのか何となくしかわからない。
今は『錬金術師』の職業を持つ人は絶えてしまったので手に入れるにはこうして大金を出して買うか、或いは前人未踏の迷宮で手に入れるしかない。
大商人や国が持つような物には劣るけれども、それでも貴重な品には変わりない。だからこそ値段も高く、そうやすやすと手は出せない。
しかし悪いことばかりではない。『魔法の袋』を持つことで物が嵩張るのを防ぐことが出来るのだ。これは大きい。特に食料の心配が少なくなる。食べ物が劣化しなくなる訳じゃないけど中にしまえば革袋の重さしか感じないのだ。
大金をはたいた甲斐がある。
「これでアヤメさんに買ってもらった服も中に入れられて汚すことなく保存出来るのです」
「そうだね。…ふと思ったけど食料と一緒に入れた服や小物はどうなって中で区分けされているんだろうね」
「えっ、あ、確かに。どうなってるんでしょう?」
「本職じゃない俺たちが考えても理解できない事なんだろうけどね」
しかし一度気になるとずっと気になってしまうのは人の性だろう。
例えるなら寝る時に目が何処を見ているのか、舌はどの位置に置くのが正解なのか気になり寝れなくなるのに似ている。
俺たちが袋の中を見て頭を悩ましていると、背後から人をかき分けてランカくんが現れた。
「あぁ、やっといた! アヤメさん! それにアイリスさん!」
「あれどうしたんだいランカくん? 飛竜の代金についてまだ何かあったのか? なんか間違っていたとか?」
「いや、そうではありません。丁度探していたんですよ」
「わたし達をですか?」
「はい。お二人に是非とも会いたいと言う人が居まして…」
その言葉に俺とアイリスちゃんは顔を見合わせたのだった。
中央の商業区から離れた工房地区。此処には数多くの生活必需品を作る工房から、冒険者や兵士に必要不可欠な武器を造る鍛冶屋が存在している。
その中で、行政区を除き唯一壁が囲まれている区間があった。
周りが高さ5メートルくらいの壁に囲まれ、周囲からは中が見えない。更にはそれでも火を扱う事から辺りには家がない。
此処に"ダルティス工房"、つまり花火を扱う工房があるとランカくんが説明してくれた。
俺たちは、厳重な分厚い鉄で出来た門を通るとバディッシュがいた。
「お、ランカ見つかったのか」
「うん。ミリュスは?」
「まだ探している最中だ。後で見つけて見つかったと教えてやらないとな。それよりも。よぉ、アヤメ。さっきぶりだな。なんだ、装備が一丁前になってるじゃねぇか」
「やぁ、さっきぶりだねバディッシュ。そして…えっ、君シンティラさん?」
「はいっす…」
バディッシュとランカくんが会話する横で顔面が腫れたシンティラさんがいた。
余りにも違いすぎて一瞬気がつかなかった。
「え、何があったんだい?」
「聞かないで欲しいです…」
「だ、大丈夫ですかっ? わたし今治療薬があるので治しますよ」
「いえ、お気になさらず。これは僕自身にとって罰みたいなものなので…」
「罰?」
「まぁ、おイタがバレたってことだわな」
「バレた? 何がですか?」
「あぁ、ここの親方の」
「おう!! 来たのか!!」
バディッシュの言葉を遮り、ドスドスと此方に近寄ってくる人。
ずんぐりむっくり、樽型の身体にはちきれないばかりの筋肉。顔は煤だらけだけど、それ以上に目立つ髭もじゃの男性。
間違いない。ドワーフだ。まさかこんな所で見るだなんて。
「よく来てくれた。ワシがこの"ダルティス工房"の親方、ダルティスだ。あぁ、敬称はいらんぞ。ワシはそういうのは鼻がムズムズするからな。それで、この馬鹿が迷惑をかけたようだな。先ずはそのことを謝罪させてもらおう。すまなかった」
バッとその厳つい顔からは思えないほど簡単に頭を下げるダルティス。そのギャップに思わず目を彷徨わせると目があったバディッシュとランカくんが苦笑する。
「僕たちも謝られたんですよ」
「別に俺たちは冒険者だから依頼を受けた代わりに命をかけるのは当たり前だからよ。気にする必要はないんだけどな」
「だとしても、だ。聞けばこの阿保が勝手に突っ込もうとしたのを止めてくれて、依頼を受けてくれたそうじゃないか」
「で、でも親方。こうして飛竜は狩れたし犠牲者もいませんから」
「阿呆が! 冒険者にも迷惑かけて! オメェが想像するよりも遥かに危険な相手なんだぞ飛竜は! 焼け焦げにならなかっただけありがたいと思え!」
「いったい!」
シンティラさんがまたも頭を叩かれる。ダルティスさんの方が背が低いのに、跳躍して思いっきり叩かれている。めちゃくちゃ良い音が鳴った。スバゴッ! って。あれは絶対痛い。
「それでそこの冒険者達に話を伺った所、アンタの名前が出てきたんだ」
「あー、確かに俺も飛竜討伐を手伝ったと言えるかな」
「やはりそうか。弟子が世話になった。改めて礼を言わせてくれ」
「いや、俺たちも偶々だから。そんな頭を下げなくて良いよっ」
「その偶々がなければコイツも、そしてこの冒険者達も命を落としていただろう。コイツは阿保だがそれでも弟子の一人だ。こんな事で死ぬのは偲びない」
ダルティスの言葉には真剣さが宿っていた。
それだけ弟子を大切にしているのか。
「お、親方…」
「死ぬならせめて花火で失敗して爆発四散しろ」
「親方ぁ!?」
「冗談だ。ワシの弟子になったからには、そんな事で死なせはせん」
驚くシンティラさんに対し、ダルティスはがははと笑う。何というか…豪快な人だな。
そう思っていると俺は力強く、ダルティスに手を握られた。
「馬鹿弟子は阿呆な事をしでかしたが、飛竜の"爆裂炎袋"が手に入った事で、恐らく過去最大級の花火が出来上がるだろう。《大輪祭》まであと一週間だが、その時は是非とも夜空に打ち上がるワシの大花火を見てくれよ!」
「あぁ。是非とも見せてもらうよ」
にっと、黒い煤だらけの顔とは対照的な白い歯で笑うダルティス。
思ったより悪い人ではなさそうだった。
「すっごく、暑苦しい人だったのです」
「それだけ熱意に溢れているってことさ」
「わたし熱気に押されて喋る暇ありませんでしたよ。おまけにあそこ、硝煙臭かったです。あんな所乙女のいる場所じゃないのです」
「まぁ、確かに慣れない臭いだったね。あぁ、手が煤で汚れてるし、臭うなこれは」
握られた手からは非常に硝煙の臭いがする。
ジャママがか細く鳴いた。
「ジャママはまだダメかい?」
「えぇ、どうやら硝煙の臭いだけでなくあそこの職人達の体臭にもやられたみたいで…。その、汗臭いから」
<カァァゥゥ……>
鼻を何度も掻いて、頭をふるジャママ。冒険者ギルドの時といい、この街はジャママには苦手な場所ばかりだな。
次あそこに訪れる時はジャママは置いていったほうが良いかもしれない。
それにしても、あそこまでダルティスが胸を張って言う『大輪祭』に俺は興味が湧いた。元々からあったけど、今回のダルティスの意気込みを見てより期待が高まったというものだ。
「《大輪祭》か…うん。楽しみだ」
「そうですね」
今まで見た事ない祭りに俺は心を躍らせた。
そして一週間後。待ちに待った《大輪祭》が開かれた。
つなぎの回なので短めに。
次回、大輪祭を楽しむアヤメ達。そこに吹き込む凍える気配。一体誰なのでしょうか(すっとぼけ)




