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祭り

――見ろ、あの肌を何と禍々しい

――本当だ、なんて醜い色であろうか

――我らと違いなんて穢れた色であろうか

――魔法も使えず

――精霊には嫌われている

――体力もない

――彼女は我らの一族に相応しくない

――ならどうするか

――殺しましょう

――殺してしまえ

――あの悲劇を繰り返してはならない

――だがしかしまて、このような穢れたものの血で我らの聖地を汚す訳にはいかぬ

――ならどうする?

――どうするか

――例の汚れた地で捨ててしまおう

――なるほど、それは良い

――汚らわしいものは汚らわしい所へ

――高貴な世界から下賎な世界

――捨ててしまおう

――捨ててしまいましょう





「…スウェイサマ、全員配置ニツキマシタ」


 浅い眠りから眼が覚める。

 魔族に成りかけの魔物(・・・・・・・・・・)の言葉はザラザラとしていて聴き取り辛い。それがまた苛立ちに拍車をかける。

 ちっと、スウェイは舌打ちした。


 …忌々しい記憶だ。

 思い出したくもない過去の記憶。


 必然スウェイの気分も悪くなる。


 しかし魔族達はそんなスウェイの様子に気付くことなく意気揚々(いきようよう)と、悪どい気持ちを抑えずに笑う。


「皆、いきり立っています。人族を殺せると士気も高揚しております。『氷霧』のスウェイ様がおられれば万が一にも敗北はあり得ません。流石は――」

「うるさい…今の此方(こなた)は機嫌が悪い。氷像になりたくなかったら、黙っていなさい」

「…はっ」


 不満げになりながらも頭の良い方の魔族は頭を下げる。引き際をわきまえているのだ。それで良い。そうでなきゃ、凍らせている。

 その様子を見ていたスウェイはふと、一言付け加える。


「それと言っておくわ。貴方達は出てくる兵士と冒険者の連中だけを相手にしなさい。逃げ出す市民なんて放っておいて」

「ナッ、何故」


 それ以上成りかけの魔族は言葉を続けることは出来なかった。身体を丸ごと体積以上の氷により凍らされたからだ。そのまま氷像とかした魔族は、パチンとスウェイが指を鳴らすとバラバラに砕け散った。


「異論は、認めない。分かったのならさっさと準備に取り掛かりなさい」


 他の魔族は慌てて頷き、その場から逃げ出す。それを一瞥したスウェイは改めて自らの乗る氷の薔薇の上から、街を見下ろす。


「…商業都市リッコ」


 あらゆる豊かさの象徴の街。

 遠目からでも分かる人々笑い声。

 自分にはないもの(・・・・・・・・)


「あぁ、妬ましい。必ずや全てを凍らせてやります」


 冷ややかな、それでいて燃えるような嫉妬の目。

 そよいだ風でめくれたフードから覗く顔には長い耳と褐色の肌があった。








 《大輪祭》当日。

 古い歴史を持つこの《大輪祭》は毎年多くの参加者が(つど)う。古今東西あらゆる所から人が集まってくるのだ。

 商機ありと立ち寄ってきた商人、単純に観光として来た人、元からこの街に住み楽しみにしていた街人。多くの人々が商業都市リッコに集まっていた。


 時間はまだ朝だが、既に都市の盛り上がりは相当な物であった。


 最も盛り上がるのは夜であるが、それでも真昼間からあらゆる所から集まった人々がお祭り用に開かれた店の食事に舌鼓みをうちながらも夜を待っていた。








「凄い人の数だ。元から多かったけどそれに輪を掛けて多くなっている」

「本当ですね。あ、あそこには獣人がいます。珍しいですね」

「お? 本当だ。人の国に来るなんて。ここからじゃ獣群国プライドは遠いのに、何処かの集落から出てきたのかな?」


 俺はこの辺りでは珍しい獣人を視界に捉えながら、俺とアイリスちゃんは街を散策していた。

 大通り(メインストリート)ではないけれど、既に道は人で溢れている。

 《大輪祭》の主役である花火は確かに夜だ。

 だけど朝から祭りに乗っかった店が沢山開かれている。どれも良い匂いで朝食を食べたばかりなのにまたお腹が空いてきた。


 いけないいけない。

 祭りってのはどうしてか、雰囲気に釣られて要らないものを買ってしまったりもする。それ含めて楽しめるんだけど、余り無制限に遊ぶと直ぐに金がなくなってしまう。


「これだけの人が楽しみにしている《大輪祭》の花火、楽しみだね。けど、これだけの人が居るなら見るのも一苦労しそうだ」

「でもわたし達にはこれがあるのです」


 アイリスちゃんの手にはダルティスから貰った花火の見える施設のチケットがあった。限られた者だけが貰えるものでこの間別れる前にダルティスさんが迷惑をかけたと譲ってくれたものだ。


「そうだね。でも無くさないように注意しないと」

「わかっています! ちゃんと袋にいれて紐をぎゅっとしましたから。そうだアヤメさん! どうですか?」


 アイリスちゃんはくるりと回って

 アイリスちゃんが来ている服は俺が買ってあげた例のワンピースだ。

 ピクチャーハットを深く被ってエルフの長耳を隠したアイリスちゃんは、人にしか見えない。


「うん、凄く似合ってるよ」

「えへへ、ありがとうございます! あ、それでですね! アヤメさん!」

「ん?」

「ほら、あの…人も多いですし迷子になったら大変です。この多さです、合流も出来ないかもしれません。その為にですね、防止する何かが必要だと思うのです」


 アイリスちゃんは何かを期待するように右手を差し出してくる。何をして欲しいのか、それなりに一緒にいるから分かる。


「えへへ〜」

「アイリスちゃんは随分と甘えん坊だね」

「んふふ〜、こうするのはアヤメさんだけですよ?」

「それは光栄だね。ジャママも人に蹴られないように気を付けなよ」

<ガァウ! ガウガウッ!>

「わわっ、ジャママあんまり吠えちゃダメですよ! 獣舎行きになっちゃいます」

<ガゥ…クゥ〜ン……>


 注意されたジャママはしゅんと尾を下げる。

 本来なら獣舎か宿にいるジャママだが、一人にするのは可哀想だとアイリスちゃんが言ったのだ。


 俺としても、懐かれてるかは別にしてジャママだけを除け者にしたくない。


 勿論然るべき所に行って許可を取っている。その際またも金も取られたけどこのくらいでジャママが一緒に入れるのなら安い出費だろう。


「それにしても何度見ても凄い人集りですね」

「そうだね。アイリスちゃんは祭りは初めてかい?」

「そうですね…一応エルフにも精霊への祈りを捧げる《オムニス・スピリット・グラシアス=ティオ》と初めて《言の葉》を使えることを祝う《木霊との交信》がありますから祭り自体はよくあります。でもやっぱりこんなに多くの人が集まる祭りは初めてです。エルフは他の種族と比べて人は少ないですから」

「へぇ、そうなんだ…(名称が長くて殆ど頭に入らなかった…)」

「アヤメさんはどうですか…って聞くまでもないですね」

「ん〜確かに俺も色んな祭りを経験したことはあるんだけども…」


 どちらかと言われればされる側だった。

 一度『爆風』のダウンバーストを倒した時もそれはもう王都では盛大な祭りが開かれた。その時の中心はやはり俺で、誰もが俺を讃えていた。


「いや、そうだな。こうして単純に祭りに参加するのは俺も初めてかもしれない」


 いつも祝われる側だった。人々に希望を与える為とか、俺の戦意高揚の為とか理由は色々ある。その度に偽っている俺としては心が痛かった。


 祝われるのが嫌いな訳ではない。努力と功績が認められるのは誰だって嬉しいだろう。それが本当なら。


 祝いの席には多くの権力者達もいた。

 彼らは俺との繋がりを持とうと努力していた。

 別にそれが嫌いという訳じゃないけど、やはりこっちとしても気を使うからか、居心地の悪さは感じる訳で。

 そう考えると新鮮な気持ちになって柄にもなくわくわくしてきた。


「アヤメさんアヤメさん、顔が笑っていますよ」

「あ、わかる? そうだね。ちょっと楽しみになってきたんだ」

「そうですか。ふふっ、わたしもです。! アヤメさんアヤメさん! あっちから良い匂いがします! ジャママも行ってみましょう!」

<カゥ!>


 手を引くアイリスちゃんに連れられて俺は駆け出す。

 来たのは多くの食べ物が並んでいる通りだった。


「焼きたてのトウモロコシはいがですかー? 粒々の感触が美味しいですよー」

「いらっしゃいいらっしゃい! あっつあつの焼き芋が出来立てだよ! 加熱石で熱したばかりだからホカホカで美味しいよ!」

「赤林檎に飴をコーティングした林檎飴はいかがですか〜? 舐めても齧っても美味しいですよ〜!」

「林檎飴?」

「おや、お嬢ちゃん興味があるのかい? 林檎飴は、新鮮な赤林檎を、トロトロに溶かした飴につけて固まらしたものだよ。《大輪祭》ではお馴染みの名物さ」

「そうなんですか。アヤメさんアヤメさん! 食べてみましょうよ」

「そうだね、二つもらえるかい?」

「まいど! お嬢ちゃん可愛いからサービスで二人とも一番大きい奴にしてやろう」

「わーい!」


 店主が店で一番大きい林檎飴を俺たちに渡す。

 真っ赤な赤林檎の上に赤色の飴でコーティングした林檎飴は真っ赤っ赤でまるで宝石みたいだった。


「よかったね、アイリスちゃん」

「はい! そうだアヤメさん! 男女が祭りを共にして楽しむ。これはもうでぇとと言っても良いのではないのでしょうか!?」

「え? う〜ん…そうだね」


 一応デートの定義には当てはまるだろうか?

 世間一般的にデートとは歳の近い二人が、街の中を散策するイメージだ。

 だが俺とアイリスちゃんでは見た目からしてかなり年の差があるように見える。

 いや、この場合俺の方が年下になるんだけどね。


 だからデートとは違うんじゃないかと思う。だが、女の子一緒に街を散策するのだから一概に違うとも言えなくもない。非常に際どいラインだ。


 けどアイリスちゃんの顔を見ているとそんな事も言えなくなってつい俺は頷いてしまった。


「やったぁ! って、わ!?」


 急にドンドン! と空で音が鳴る。

 アイリスちゃんとジャママがビックリする中、俺は音が鳴った方を見る。


「あぁ、あれがシンティラさんが話していた号砲か。確か祭りやイベントが始まる時に鳴らすんだっけ。凄いな、結構おっきい音が鳴ったよ」

「うぅ、こっちはびっくりしました。危うく林檎飴落とす所でした」

<カゥ>

「夜にはもっと大きな花火の音が出るそうだから慣れないとね」

「慣れるのは大変そうです…」


 アイリスちゃんは大きな音が苦手らしい。ジャママも耳をぺたんとしていた。これはニ人アイリスちゃんとジャママはそれぞれ抱きしめながら花火を見た方が恐怖も少なくなるかなと思っていると


「お母さんお母さん! 次あっちいきたい!」

「待ちなさい、ちゃんと前を見て…」

「わっ」

「うぉっ」


 いきなり背中に衝撃。

 見たら小さな女の子が俺にぶつかって、尻餅をついていた。


「いたぁい…」

「すいません、大丈夫ですか?」

「あぁ、ごめんなさい! こら! 前を見て走りなさいって言ったでしょ!」

「おかあさ〜ん! わたしの林檎飴が落ちた〜! わ〜ん!」

「あぁ、もうこの子は…」


 持っていた林檎飴を落とした女の子が泣き出す。母親はそれを宥めている。


「あの、よかったらこれどうぞ」

「え? しかし」

「気にしないでください。此方もちょっとぼ〜と突っ立っていたので非がありますから」

「ほんとう? 良いの?」

「こ、こら」

「うん、どうぞ」


 俺は持っていた林檎飴を渡す。

 母親は申し訳なさそうにしていたけど、女の子が林檎飴を受け取って嬉しそうにしているのを見て、ホッとしていた。

 お金を渡そうとしていたけど、俺の非もあるから遠慮しておいた。


「本当に申し訳ありませんでした」

「ばいばーい、おにいちゃ〜ん!」

「祭りを楽しんでおいで」


 手を振る親子を見送る。

 親子は人混みの中に消えていった。


「アヤメさん、優しすぎますよ」

「そうかな? 突っ立っていたのは事実だし」

「でも、アヤメさんの分がなくなってしまいましたよ」

「それはまた買えば」

「いえ、それだと二度手間です。ですから、あの、よかったら一口あげますよ。はい」


 アイリスちゃんは手に持つ林檎飴を俺の方に差し出す。


 どうしよう、これ。

 舐めるのか? いや、齧った方が良いだろう。でも、飴でコーティングした林檎を齧れるだろうか。

 大丈夫だろう…、多分。


 俺は礼を言って林檎飴を一口もらう。

 思ったよりも簡単に齧ることが出来た。


 林檎のシャキシャキとした食感と、飴のパリパリとした食感が合わさり、噛んでいて面白い。


「うん。美味しいね」

「なら良かったです。前にもこんな事ありましたね」

「あぁ、フィオーレの町のクレープかい? あの時は美味しかったけど、溶けかけていたから残念だったね」

「あの生意気貴族ですか。お陰で散々な目にあったのです」

「そうだね。ロメオくんたちはちゃんと新しい町に着けただろうか?」

「あの二人なら大丈夫ですよ。どんなことでも乗り越えていけます」


 そうだな。あの二人ならきっと大丈夫だろう。



 ふっと俺の脳裏にユウとメイちゃんが浮かんだ。

 あの二人も大丈夫だろうか。怪我してないだろうか。

 ユウは昔から時折俺以上に無茶をする事があった。その度に怪我を負っていたから俺とメイちゃんは何時も心配していた。

 俺がいなくなった後、無茶しようとした時にメイちゃんが止めてくれると良いんだが…。



「………どうしましょう、これ。食べるのは勿体無い気が、そうだ。いっそのこと精霊に頼んで保存してもらって。あぁ、でも果物ですから腐ってしまいます。うぅ、でも、でも、食べるのは勿体無い…」


 因みにアイリスは、アヤメの齧った林檎飴をどうするか一人悶々としていた。幼馴染を思っているアヤメが気付くことはなかったが。







「――おい? あれはなんだ?」




 ザワザワと元から騒がしがかった所に響く声。その声色は困惑だった。町民の一人が一点を指差す。他の人々もそれを見ると同じような言葉を発した。


 その様子に思考を遮った俺も、釣られて彼らの見る方向を見た。



 そこには青く澄んだ空に一輪の氷の薔薇(・・・・・・・)が空に浮いていた。











 さながら玉座のように氷の薔薇の上に座るのは全身をフードと帽子でその身を包む八戦将のスウェイ。


 此方(こちら)を見上げる人々を氷の薔薇の上から見下し、フードの中で唇を歪める。


 あぁ、楽しみ。愉しみ。

 その幸せを、豊かさを奪うことが。

 そして証明してやるのだ。『 ()』など存在しないのだと。


 腕を空に掲げ、魔力を練る。


「【我がマナに呼応し、我が命に従属し、我が望みを叶えよ。冷やし、凍らせ、永久にその形で凍結せよ。汝よ知れ、我こそは永久凍土の支配者なり、全てを制する氷の支配者なり】」


 本来ならばスウェイには必要ない(・・・・)詠唱。しかし、詠唱をすればより緻密に精細に扱うことが出来る。言葉で紡がれ、練られた魔力はより増幅し威力と広範囲に発揮する。


 天に巨大な雪の結晶をした氷が形成された。それらが数多に重なり合い、煌めく様は地上からは巨大な華に見えた。


 魔力は充分。

 調整も完了した。

 やがてスウェイは腕を振り下ろし


「【凍てつく氷の息吹(コキュートス)】」


 次の瞬間、巨大な華から全てを凍らせる息吹(いぶき)が街中に吹き込んだ。







 人々は突然の突風に目を閉じた。

 そして再び目を開くと余りの惨状に言葉を失う。


「は?」

「え、ぇ?」

「何が…」

「見ろあれを!」

「家が凍ってる…!?」

「家だけじゃない! 地面もだ!」

「いや、全てが凍っている! それに、これはっ」

「つ、つめたい」

「寒いっ」


 建物、露店、歩道、植物、食べ物、家具、魔法具、塔、広場、花、…全てが一瞬のうちに凍った。人々はそれに困惑し、そして身も凍るような冷気に身体を震わせる。


 誰もが見る。

 この惨状を起こしたであろう犯人(スウェイ)を。


「此方は魔王軍八戦将が一人『氷霧』のスウェイ・カ・センコ。さぁさぁ、人間達よ逃げ惑いなさい」


 クスクスと笑うスウェイの声が静寂に響く。


 一人、また一人とその言葉を理解すると同時にその場から一斉に逃げ出した。


 街中に響く人々の悲鳴。

 街中に轟く魔族達の嘲笑。


 楽しいはずの祭りが、阿鼻叫喚に包まれた。

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