神視の反撃。運命の瞬間
嘘だ。
撃ち落とされた鳥のように地面へと落下する狐巫女の姿を、遠目で目の当たりにした俺はすぐには受け入れることが出来なかった。
以前の時と同じくやられたように見せかけて炎の分身だったとか。ただやられたフリをしているだけだとか。そういった現状の打破を願った。
「が……ぁ、ぅ」
だが、至る所が大きな針に貫かれ、ぐったりとする様子に変化がない。流血も見える。
彼女であればどんな敵を相手取っても負けたりしない、そんな風に心の片隅で信じていた絶対が、今崩れる。
頭の中が真っ白になり、夢中で駆け出す。
傍らから翼を広げた白鷺が横切った。
「リ、鈴狐ッ!」
「すぐに治療しま──」
「嵐伐・芭蕉扇」
広葉を模した銀の大団扇を出すなり、咒天は身の丈もあるそれを軽い所作で扇いだ。
距離のあった筈の俺達に、見えない壁で叩かれるような衝撃が襲う。背後の倒壊していたビルがバラバラにされ、遥か彼方まで残骸を飛ばしていく。
飛ばされながら咄嗟に白鷺を庇うように抱き、路面をゴロゴロと回る。
それから数秒息が出来なくなった。かすれた声で「は、ハク、ロ……」と呼び掛けるも彼女に意識がない。
恐らく放たれたのは爆風。きちんと警戒していれば回避や防御の間に合った攻撃だ。
明らかに動揺を付け入られた。そして戦闘の最中でも弱所を突いてくる。
単純な戦闘力だけでなく、非情さと狡猾さを持ち合わせているのが厄介だ。
「さて、二人。早々に目の上のたん瘤を取り除いて正直安堵しているよ」
辛うじて身を起こす内に、不意打ちをした張本人が言った。
「せっかく倒したのに復活されるなんてたまったものじゃないからね」
「おのれェ!」
「よくもリンコ姉達を!」
兎童女と狼少女が左右から差し迫る。だが、すぐに切り替えた様子で反応した。あたかも残りの二人が仕掛けてくることも計算済みであるかのように。
意図的にこの攻勢に持ち運んだのだとしたら、不味い。
一旦退くべきだと考えるも、奴はそうさせる筈もなく。それに怯んだ俺や身動きのとれない鈴狐と白鷺が狙われないようにするには、やはり闘いを止めるわけにはいかない。
俺も動かないと、鈴狐も、皆も、助からない。
急いで白鷺を最寄りの建物の影に運び、戦線に復帰する。
「霹靂閃電っ!」
戻ったその場では、全身から雷電を発した真噛が周囲を目まぐるしく移動することで彼を翻弄していた。彼女なりの時間稼ぎ。
そしてその陽動は夜兎が精霊魔法を用いる為でもあった。
「天磐戸!」
真噛が離脱した途端、周囲が揺れ咒天が立っていた地面が一瞬で開いた。
底は深淵になるほど深く、足場をなくし咒天が落下した後に左右の地盤が挟んだ。
しかし、封じ込めた地下から声が響き渡る。
「また足場から攻めるか、芸のない」
易々と地面を砕いて咒天が這い出てくる。足止めにもならない。
「──雷真噛・燦牙!」
むくりと身体を起こした直後に真噛の突進が迫った。顔面に大きな雷撃の顎を象って。
直撃。明滅する閃光と稲妻が飛び交い、周囲を荒々しく削る。
だが、彼は感電した気配はなく、その歯牙も届いていない。何かに阻まれている。
回避不可避の奥義を前に、鬼の王は次なる得物を繰り出していた。
「雷伏・七支刀」
互い違いに左右三本ずつ枝刃が生えた鉾であった。それが避雷針の役割を果たし、雷電を掻き分けている。
「こ、のぉおお……!」
驚愕しながらも負けじと押しやろうとする真噛であったが、本質を無力化された今咒天の脅威になり得なかった。
「退くのじゃマカミ!」
「いや遅いよ」
けたたましい火花の散る音の中、咒天は銀の宝刀を振り抜いた。
「これで、三人」
雷電は息を潜め、次いで鮮血が舞い、斬られた狼少女が上空に打ち上げられる。
そのまま勢いで建物の窓ガラスに放り込まれていく。
復帰の遅れで彼女が深手を負った。
「真噛っ!?」
「あれくらいでは死なぬ! リンコも! ハクロが目覚めるまではこっちを優先せい!」
兎童女は冷静な判断を強い口調で促した。
鈴狐の特攻から僅かな時間で、色んな能力を目の当たりにして学んだ。奴の扱う一部の銀器は炎や雷撃を無効化するなどといった特殊な力が秘められていることを。
状況に応じた武装を展開していた羅角さんの上位互換。当人を引き合いに出しては失礼だが、そう評する他にない。
「その頃には二人とも既に息絶えているんじゃないかね?」
ゆったりと距離を詰めてくる咒天に俺達は身構えた。
戦況はあっという間に劣勢へと風向きが変わっている。
「今更、怖気づくでないぞ」
「分かっているよ」
今度は俺が夜兎と共闘する番だ。動向の逐一を見逃さないように面を外して、少しでも視野を確保する。
すると、咒天の目つきが変わった。意図せず奴は意表を突かれていた。
そして驚愕は素顔を既に知っている筈の夜兎までも。ということは容姿に驚いたわけではない。
「──待て。何だそれは」
「おぬし、その目!?」
指摘に、路面の水溜まりに視線を降ろす。
自分の顔が映っていた。琥珀に瞬いていた。
この状況下で再びアレが発現するなんて。だが、願ってもない。
それは、過去と未来の片鱗を盗み見る『神命』の力。
「……人の身で神視を宿したのか。なるほど度し難い。その光、早々に掻き消させてもらおうか」
言って、奴は苛立った様子で歩みを早めた。
何やら俺に神視があることが気に食わないらしい。宇迦様に起因することだからか。それとも人間の癖に生意気だということなのか。
「援護に回って夜兎、優先的に俺を狙うみたいだから」
「しかし精霊獣でもないおぬしが主体では」
「荷が重かろうが、背負ってやる」
俺から突撃を仕掛けた。皆、命懸けて闘って傷付いているのに、安全なんて気にしていられるか。
神視を使って弱点を見つけ出す。それで突破口を広げるしかなかった。
「生意気な奴め」奴は片腕を上げた。即座に俺の中で走馬灯として、これから行う咒天の攻撃の様子が流れ込んで来た。
いくつもの銀の刃を宙に張り巡らし、こちらへ放つ一部始終。それから避けきれなかった俺が貫かれるイメージまで。
現実に戻り、軌道を予測出来たことで、実際に起こった鬼の攻撃を最小限の動きですり抜ける。
そしてすぐさま新たによぎった走馬灯。
接近を続ける俺に対して次に繰り出した攻撃は、視界を埋め尽くすほどの巨大な銀の剣。身を捻る程度の回避をしても免れない。
しかも神視は続き、跳躍をしてやり過ごそうとした俺を、死角から飛ばした刃で串刺しにした。
二重の罠か。だが、予測していればまだ対応出来る。
まずは走馬灯と同じく跳躍して大振りのそれを回避。それから間髪入れず飛んできた飛刃に対応する。
当たる寸でのところで受け流し、銀の刀身に乗った。それを足場に駆け抜ける。
今度は無数の針を張り巡らせた。避ける隙間も与えぬつもりだ。
だが、もうそれは経験済み。自力で対応出来る範囲だったからか、神視は映らない。
真空・波濤暗勁で弾いて応戦。串刺しになるのを遮りながら、押し進む。
接近戦に持ち込んだ。小太刀に切り替えた咒天の動きは、一迅の風の如く加速した。だが、常時発動している神視の恩恵を受け、敏捷なその動作を先読みする。
「ええい小癪な」
目と鼻の先で繰り広げられる攻防の合間にも銀器を具現。持ち主の手を借りずに飛び掛かってくる。
だけど、全部視えていた。俺を生存させる流れへ導いていく。
背後からの飛槍も、頭上からの落刃も、紙一重で躱して返す刀で突きや肘を見舞う。奴自身怯んではいないのに、手こずらせている俺を前に顔をしかめる。
そうして奴の攻撃をすり抜け、こちらが最大限に力を発揮出来る間合い入った。
「双撞勁掌!」
「ガっ!」
両掌の精霊力と衝勁を極めた一撃を叩き込むと、咒天は遥か後方に突き飛ばす。確実な手応えと呻きがあった。
人の身で繰り出した攻撃が、鬼の王に通用した。
畳み掛けるように夜兎は耳顎を繰り出し、追撃を加えていく。
土砂が舞い上がり、奴の五体も舞う。
そうして手足を振り乱し、咒天が路上を転がった。
「……凄い、アルくん……私より……!」
付近で倒れていた狐巫女は、どうにか身を起こしていた。
無事でよかった。白鷺も身動きをして目覚める予兆を垣間見せる。
もう少しで、状況を立て直せる。
だが、そう易々と行かせてはくれない。僅かに咳き込みながら動く気配があった。
「──よくも、まぁ、そこまで『神命』の力を使いこなしたものだ。そして……よりにもよって、ワタシを追い詰めているのが人間風情とは」
立ち上がりながら、忌まわし気に毒を吐く。見下した物言いだった。
神視の恩恵がなければ此処までの結果にはならなかっただろう。動かしているのに自分の身体じゃないみたいだ。
この一方的な攻勢が続くとは思っていない。だが、このまま抑えていれば──
──勝手に神視がまた俺に未来の可能性を見せつけた。警告した。
不意打ちではない。この荒廃した都市で、咒天が悠々と佇んでいる。俺も今のように向かい合っている。
そして背に向けてあらぬ方向へと腕を伸ばす。銀器を浮かべて俺や夜兎がいないところへ射出する。狙った場所は少々離れていた。
その時俺はそれを制止しようと動いた。だが、間に合わず何かを射抜く。
そこで現実に引き戻される。ハッとした矢先、今まさに目の当たりにした出来事が最初から繰り返される。
まず咒天は言った。
「正攻法じゃ埒が空かない、では確実な手段を取っていこう」
「──やめろ!」
俺は走り出した。だが奴はこっちに目もくれない。予測して防がれると分かりきっているからだろう。
だが、他の事象については話が別だ。
たとえば、別の標的に向けて攻撃を仕掛けたのなら、俺が予測出来たとしても直接関わらない限り止めようがない。あくまで無敵にも思えるこれは、自身に降りかかったから発揮した。
それを踏まえて奴は俺以外の対象を狙った。鬼というより、悪魔の発想だった。
たとえば、今そこで動けない鈴狐に攻撃を仕掛けたのだとしたら、俺がどうにかしないと予測は出来ても無意味になる。
「っ!」
自分が狙われていると知り、狐巫女は回避に動こうと太い針だらけの手足で立とうとする。だが、上手く力が入らないのかそのまま地面に崩れた。
だからこそ、奴は彼女を狙っていた。逃げられない。
「これならどうかな」
鬼の王は冷ややかに笑って手を下した。鋭利な数本の銀器が現れる。
そうして射出されたソレが、空を切る音を引き連れて鈴狐を襲う。
たまらず固く目を結ぶ。間もなく、泥の詰まったビニールに穴を空けるような音が虚空に広がった。
「──ッ……あ、れ?」
いつになっても衝撃が訪れないことに戸惑ったのか、恐る恐る彼女は瞼を開ける。
そして目の前に現れていた影を見て、これでもかと目を見開いた。
「……あ……あ、あ、ああ…………!」
間一髪間に合った。仁王立ちで両腕を広げ、俺は盾として庇う。
その代償に背中から胸にかけて鋭利な銀杭が何本も貫く。弾除けになるのが精一杯で防ぎようがなかった。
冷たい異物が体内に入る感覚と燃え上がるような熱が混在した。
「ご……ぉ」
口の中に鉄の味がして、我慢できずに真っ赤な嘔吐をして、身体から力が抜けて、俺はそのまま横倒しになった。
その拍子で懐にあった面が落ちる。それも針に貫かれ、無残に割れる。
息が出来ない。激痛を叫んで訴えることが出来ない。
「……う、そ……嘘……嘘うそうそっ! 嘘でしょ!? ね、ねぇ返事して! アルくん! しっかりしてよぉ!」
ぼんやりする視界に、鈴狐の顔が映る。信じられないものを見る様子で顔を引き攣らせたまま呼び掛ける。徐々に涙を流し始めていた。
何かを言おうとして、でも指一本もロクに動かせず、意識が遠のいていく。ダメだ、早く答えないと。
その意志に反して、俺の鼓動は既に止まりつつあった。
「……あ、アルくん! アルくん! 聞こえる!? アルく…………あ、アア──アルゥウウウウウウウウウウウウウウッ!?」
狐巫女の痛ましい絶叫を皮切りに、思考は途絶えた。
連休が終わったので更新は此処で通常通りになります
誠にすいません!




