カーデナル家との出会い。孤児院のティンカーベル
──おませで音痴なお伽の女♪
──今日の歌は一体何の歌♪
──ひとりぼっちのお伽の女♪
──夢の世界へいつ行くの♪
──親を知らないお伽の女♪
──ピーターパンは迎えに来ない♪
無邪気で残酷に囃し立てる子供達の声。白のワンピースに肩まで伸ばした銀髪の少女は、男児ばかりの養護施設の中で珍しさが災いしてか仲間はずれにされていた。
何かしらそれが行動を移すきっかけはあっただろう。だが、両者は既に忘れてしまった。
ファンシーなアニメ番組で流れていた歌を口ずさんだことで、それを酷くからかう曲を作り上げた。
物を隠されるといった悪戯は日常茶飯事だった。嘘を教えられ、非常識な失態で大人に反感を買うような目に遭うこともある。
しかし、そんな行為を少女は終始黙秘していた。被害を誰にも訴えなかった。
それらが男児らの幼稚な嗜虐心を苛立ちへと変える。
──いい子ちゃんぶってる気かよ、何も覚えていないとか言って同情買うつもりか。
──女の癖に生意気なんだよ。ババアみたいな髪の毛しやがって。
──根暗な奴。そんなだから親に捨てられたんだろ。
いわれのない非難、心ない言葉の数々が投げつけられた。
嫌がらせ……もはや虐めと言っても過言ではない行為は、日に日にエスカレートしていく。
干していた彼女の衣類を毛布と一緒に地面に曝して、風に吹き飛ばされたのではないかと男児はうそぶいた。
迎え入れる後継人達が彼女を避けるように情報サイトで問題児であるかのように公共のパソコンで書き込んだ。
火葬ごっこと評して、少女のぬいぐるみが焼却炉に放り込まれたこともあった。
彼女が出来た抵抗はただ唇を噛み、震えながら彼等の横暴に音をあげないようにすることだけだった。それらのいじめは施設の職員には見えないところで行われ、密かに流した涙も押し殺した救いの声も誰にも届くことはない。
そんな少女にとっては地獄にも思える日常が途方もなく続き、まだ年端も行かぬほど幼い時から月日が経った頃。
運命の出来事があった。
──初めまして。君がベルだね。
──私達の子になってほしくて訪れたの。一緒に、暮らさない?
──……わたしを、ですか?
そのきっかけは、一組の夫婦が施設を訪れたこと。とても裕福で人柄もよく、孤児達にとっては羨望の家庭だった。
以前から何度か顔を出しては男児達に囲まれ、少女は片隅でそんな様子を眺めていただけだった。
何故か二人が進んで彼女に声を掛け、何不自由ない生活を送らせてくれることを申し出る。
──少しだけ……考えさせてください。
──そうだな、ゆっくりでいい。何度も此処には足を運ぼう。それで合うか合わないかを確かめたい。
夫妻が彼女と話をする為、施設に往来する日々が始まった。
彼女が迎え入れられるのを妨げようと、あるいは選ばれようと、男児達はあることないことを言いふらす。
あの子はよくない。施設の人を困らせている。悪戯ばかりで嫌われているんだよ。
しかし、その両親は彼女だけ受け入れることに拘りを見せた。
とうとう、少女自身も承諾して受け入れが決まり、夫妻の自宅前にまで辿り着く。
──今日から此処が君の家だ。何も遠慮はいらない。
目の前に建つ豪華な屋敷に目を奪われる少女。写真撮影をして、中へ入ろうと促される。
少し躊躇う仕草を見せていると、これから父親になる男性が優しく声を掛ける。
──以前からあの子達に仲間はずれにされているのを知ったんだ。おかしいと思ったんだ。独りだけいつも浮かない顔していたからね。
──それで私が頼んだの。受け入れるのはこの子にしましょう、って。
驚きに目を見開く。年上の男の子にはどうせお前は女だから選ばれた。あの父親はそういう目的だと最後の最後まで罵っていた。
だから覚悟していたつもりだった。それでも施設よりまともな生活が出来るのなら、と。
──もう、我慢しなくていいのよ。貴女を傷付ける人はいないから。
カーデナル夫人からの抱擁に、少女は初めて涙を見せた。
語らずとも、訴えずとも、助けを求める想いは届いていた。
彼女はそうして、ベル・カーデナルを名乗ることとなる。
だが、それから程なくして彼女は自身が女である部分を極力控えるようになった。
夫妻が抱える過去に気付いてしまったのを契機に。
※
企業『北斗』を退社する時にはすっかり日暮れになり、空気もひんやりとしていた。
俺は、白くなる息を吐きながらまっすぐ自宅の方へと赴く。
「夕飯時にもなっていないのに、暗くなるのが早いねぇ」
「これからもっと冷え込んでいくかな」
「今夜は温かいものにしたいです。何に致しましょうか」
「真噛が肉をリクエストするのは間違いない」
金の小狐と白の小鳩、肩に乗った左右の精霊獣が寄り添っている。その温もりがさり気なく有難い。
季節はもうじき冬が近づいていた。
この時期になるとテスト期間に突入する。学生達にとって一年の中で最も大きな山場だ。
徹夜する生徒も多く、今頃図書館は夜遅くまで溢れかえっているだろう。
俺も自宅に戻ったら勉強に勤しまなくては。
他愛ないやり取りの中で、ふと鈴狐が思い出した様子で言い出した。
「そういえばアルくんもうすぐ誕生日だよ?」
「あー、そんな時期か」
それは、誰もが例外なく年に一度訪れる日付。
これで何度目になるだろう。今まででもっとも苦しいことがあった日で、もっとも運命的なことがあった日。
今の自分を、当時は想像なんて出来なかった。特にこの一年は、大きなことばかりだった気がする。
学園に来て妹と再会して、真噛と契約し、父親との因縁に向き合い、白鷺とも契約して、それから色んな相手とまみえた。
充実はしていたと思う。だから、あっという間だった。
「そうなると十七歳ですよね、おめでとうございます」
「気が早いよ白鷺。少なくとも今は試験の方に集中かな」
「あ! じゃあアルくん神視が出来るんだから予知して答案を……!」
「ズルはよくないよ鈴狐。それに、どうやっても自分の意思で出せそうにないんだ」
あの日から、俺に宿ったとされる過去と未来を覗き見る『神命』の力──神視はまるで元から存在しなかったように息をひそめてしまった。
極限状態にでも追い込まれないと使えないのかもしれない。たとえ自在に操れるとしても、俺の手には余る代物だからそれでいいとは思うが。
ちなみに鈴狐にこのことを話した時は「え? 全然いいよ昔から使えなかったし! それで自衛出来るならオールオッケー!」と言ってのけた。
彼女の妹であるロリ狐巫女の葛葉が立てた、契約時に神視の力を譲渡していたのなら……という仮説による罪悪感は杞憂だったらしい。
むしろこのように推奨してくる節さえあった。
「んもう、相変わらず真面目だねぇ」
「それでいいの、この手のことは地道にやる方が性に合ってるんだから。ダリオに苦手科目教える約束もしたし」
「そうなりますと、明日の『北斗』に来社されるお時間は?」
「いつもより遅くなると思う」
「そうですか……リンコ、午後にマカミをお連れして先に来てくださいませんか?」
「……! うん、分かった」
俺を間に挟み、二匹がやり取りをしていた。何だろう。
ふと気になって、訊ねてみる。
「三人で何か用事があるの?」
「実は……気になる限定スイーツがございまして。そちらに少々……」
「前から話をしてたんだよねー。ねぇねぇ、行って来てもいい?」
「べ、別にいいけど。なるほど、スイーツね」
精霊獣であろうと惹きつけてやまない甘味の魔力。普段ベッタリな小狐が別行動してでも堪能したい代物らしい。
なんて、俺は呑気にも疑うことなく「せっかくだからお土産お願いね」と了承。鈴狐と白鷺は、何故だか面白いことを企むように相好を崩していた。




