忘れられた茨姫【前編】
あるところにそれはそれは美しい姫がいた。
蜂蜜がこぼれ落ちたような甘い色の髪に薔薇色の唇、雪のように美しい肌。容姿も知性も優れ、まさに才色兼備な彼女は魔術師としても非常に優秀だった。
人々の関心や羨望の眼差しの的である彼女。だがその一方で当然妬ましいと思う者も当然いた。それが悪名高き西の魔女である。
魔女はどうにかして姫を陥れようと己の持てるすべての力を使い呪いをかけた。
“16歳の誕生日に糸車についた針で眠りにつくように”
一生眠るだけでは復讐にならない。ある程度時間が経てば眠りから覚め周りの者と自分の時の差に絶望するといい。そんな願いからの呪詛だった。
しかしそんな魔女の目論見は外れに外れた。
ひとつはオリヴィアはちょっとやそっとでへこたれるようなか弱いお姫様とは違ったこと。もうひとつはオリヴィアの弟子が、せめて王子のキスで自然に眠りから覚めるようにと魔法をかけなおしたこと。さらにはその魔法が合わさったせいで魔女も吃驚するほどの時間眠りにおちたことだ。
もちろんその間に各国の王子は姫を助けようとした。あわよくば己の妃にと兵を姫が眠るいばらの森に差し向けたが誰一人として姫までたどり着くほどの者は存在しなかった。
※※※
長い長い年月が流れた。だがあまりに長すぎる時間にオリヴィアはなんと自力で起きてしまった。
最初はなぜ城で長い間眠っていたのか、なぜ自分は一人なのか自問自答し続けた。待てど暮らせど答えは出ず、彼女は城廻の森や城下町など至るところを調べ尽くした。各国の王子が抜けられなかった不可侵の森は、彼女ほどの魔法を使えば何ら問題はなかった。むしろ住みやすいように開拓し、今や子供が知らず知らずのうちに森へ入ってしまっても簡単に城までたどり着けるくらいの通りやすい森だ。
そうしてオリヴィアが城を抜け、森を調べ、街のものに接触していくうちに自分の置かれた状況を理解した。
それはこの眠りの理由は魔女がくだらない理由で自分に魔法をかけたことが原因であることや、馬鹿な弟子のせいで想定外の長さ眠っていたことだ。
オリヴィアは当然怒った。こんなにも長い間眠らされていたのだ。当然である。
だが彼女の怒りは呪いの原因である魔女でも馬鹿弟子でもなく、こんなにも長い間自分を助けてくれなかった王子にむいた。完全な逆恨みである。
ところ変わっていばらの森から一番近い国の王子がいた。
その王子は名をレオドールといい、オリヴィアを助けられるほどの剣の腕があった。だが余りにも長い年月は悲しいことにいばらの森で眠るオリヴィアのことをお伽噺として語り継いでいたのだ。当然幼少の頃からそのお伽噺を聞かされていたレオドールはオリヴィアが実在するなどとは思わなかったのである。
だからオリヴィアの怒りは本当に逆恨み以外のなにものでもないのだ。
自分のことがお伽噺になり物語とされていることを知らぬオリヴィアは王子に一発カマす算段を考えていた。だがなかなかいい方法が思い浮かばない。そんなオリヴィアに城下町での噂が飛び込んできた。なんでもここから一番近い王子の誕生日を名目に花嫁選びをするらしい。これ幸いとオリヴィアは数ある王子の中から復讐相手をレオドールに定めた。
ギャフンと言わせるのはその王子にしてやろう。
こうして不幸な復讐相手はレオドールにきまったのだ。
オリヴィアが考えた作戦はこうだ。
まず舞踏会の招待状を偽装して乗り込む。魔法に優れた彼女は言わずもがな招待状の偽装は朝飯前だ。ちょろすぎる。
次に王子にそれとなく近づき影を薄くする魔法をかける。文字通り影を薄めるのではなく存在感を消すのだ。その隙に一発二発軽く殴ってやる予定だ。影が薄いので誰も気づかないだろう。まさかいばらの森にまで探しにこまい。せめてもの情けで魔法は舞踏会の間にしてやるが。
完璧な作戦だとオリヴィアは疑わなかった。
花嫁探しの舞踏会で自分の気になる相手に声をかけても存在に気づいてもらえず悶々と過ごせばいい。ちょっと子気味いい作戦だ。
そんな人が聞いたら馬鹿だと思う作戦でもオリヴィアにとっては真剣だった。
なにせ長い間眠っていた鬱憤が溜に溜まっているのだ。これくらい馬鹿な悪戯でなければストレス発散出来そうにない。暗殺などして罪悪感に苛まれるのは御免被りたいところだ。
※※※
待ちに待った舞踏会が開かれようとしていた。
皆心無しかこの舞踏会に期待を膨らませる者たちでいっぱいだ。しかしそんな中に一人、今夜の主役である王子レオドールだけが不満げに顔を歪めていた。
「おいレオ、そんなシケた面してると幸せ逃げちまうぞ」
そう声を掛けてきたのは王子の古くからの友人で乳母兄弟でもあるライアスだ。
「母上が望みもしないのにこんな場を設けたんだ。こんな顔になるのも仕方ないだろう」
「お前顔は良いのにそんな性格してるよな。俺みたいにもっと楽しめよ」
ライアスは将来王の側近として申し分ない手腕を持っていたが女性関係は感心しない。
もって生まれた顔の良さを利用しあの手この手で遊んでおり、レオドールとは正反対の性格をしていた。
「お前のようにおめでたい頭だったらよかったのにな。寄ってくる女どもの相手をいちいちするなんて信じられん」
どういう意味だとライアスに小突かれたがレオは本気だった。これからの舞踏会を思うと今からげんなりしてくる。
「俺のことなど皆忘れてくれればいいのにな」
ポツリと漏れた一言。普通なら見目麗しく将来有望な王子をほっておく者などいるわけない。だがそれは一人の姫のストレス発散と言う名の悪戯によって叶えられようとしていた。
ようやくこの時がやってきた。
舞踏会への侵入も問題なく成功しオリヴィアは辺を見渡して王子を探す。人だかりの中心にいる王子はすぐに見つかった。
王子を一目見たオリヴィアはなぜかドキドキとする胸の鼓動を抑えられなかった。
後は魔法をかけるだけ。それだけだなのになぜ自分の心臓はこうもうるさいのだろう。
普通ならそれは一目惚れという現象でこれは恋だと分かっただろう。
だがオリヴィアはこんな頭はいいのにこんな馬鹿げたことを思いつくくらい、ちょっと何かが抜けているのだ。この現象も悪戯前の高揚感だという結論に達した。何も戸惑うことはない。後は魔法を掛けるだけ。
案の定貴族の令嬢に集られていたレオドールは半ばうんざりと視線を遠くの方へやった。
その先に信じられないものを見た。
この世の者とは思えぬほど美しい女性だ。彼女もこちらを見つめてくれている。そう思った瞬間今まで感じたことのない気持ちになった。
この人を手に入れたい。自分だけを見つめさせたい。自分の名を呼んで欲しい。
この気持ちは恋だと本能的にレオドールは感じ取った。
それからの彼の行動は早かった。周りの者たちをなんとか振り切って美しい女性のもとに行ったのは無意識だった。




