表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第1話 見つかりたい男-1

 広告を見る前、依頼人は派遣先の休憩室にいた。



 派遣先の休憩室で、誰かが妊娠報告をしていた。

 女性たちの黄色い声。

「本当!?」

「おめでとう!」

「何ヶ月?」

 妊娠したという女性を取り囲んで、はしゃぐ声が室内に響き渡る。


 俺はたまたまこの場にいて、昼飯に湯を注ぐ順番を待っていただけだ。

 その女性に対して、次々に祝福の言葉がかけられる。

(おめでとうございます)

 口内でひとりごちる。

 声を出すか出さないか迷っている間に、順番を抜かされた。

「ほんと、嬉しいね。がんばってたもんね」

 順番を抜かしたその女は、スープに湯を入れながら、懐妊した女性にそう声をかけた。


 本当にそれはおめでたいことです。

 素晴らしいことです。

(おめでとうございます、よかったですね)

 もう一度、ひとりごちる。


 俺の人生の上ではここしばらく祝福されるような事象は降って湧いていないことを思い出す。

 俺は俺なりに真面目に一所懸命やってきた。犯罪も何もしていない。

 ささやかに生きているだけだ。

 ここの派遣も、もう二年と半年近くになる。

 そろそろ次のことを考えなければならない。

 俺の未来と人の幸福は関係ない。だけど。関係ない。

 この味はもう飽きている。

 脳が痛くなる程の塩気の汁を、腹に押し込む。


 カップラーメンを啜り切った後、(おめでとうございます)を声に出せばよかった、と反芻した。


 俺は仕事を真面目にこなしている。

 昼休憩の後は午後業務を計画通りに片付けていく。

 80%でも120%でもなく、100%の仕事をきっちりこなす。

 要領も悪くない。だからいつも定時で退勤することができる。


 そのお陰で、余暇は人より多いかもしれない。

 その分、思考をする時間や、自己研鑽の時間を人より多く割くことができる。


 俺は、移動時間は本を読む。

 時々古い映画を見たりして過ごすこともある。

 精神の充足が、明日への希望につながると実感しているからだ。


 今夜の帰路もリュックに入れてある本を読み進める。

『やさしさが正しく届くための小さな習慣』。

 本と付箋を取り出し、一頁ずつ、丁寧に、丁寧に読み解いていく。

 解釈や考察を重ね過ぎて、気付けば三ヶ月も夢中でこれを読んでいる。

 だけど、今夜中に読み終えることができるだろう。

 これは本当に良い本だった。ありがとう。


 さて。感謝の気持ちを表現するには、発信をしなければならない。

 言葉にしなければ人には伝わらない。

 それもこの本で、いや、あらゆる本や経験で学んできたことだ。


 Xを開く。


 何を書こうか。何を伝えるべきか。

 飾りすぎないように、心のままにフリックをする。


「『やさしさが正しく届くための小さな習慣』、読了。

 やっぱり、できる人は考え方から違う。

 自分の哲学でもある「環境のせいにするのは違う」が正しいと再確信。

 明日も頑張ろう!」


 投稿ボタンを押す。

 まもなく、通知が届いた。

 珍しい、どれどれ、とスマホを開く。


 アイコンは、胸の谷間を強調した外国人の写真。

 名前は英語。

 プロフィールには意味の分からない単語、絵文字、URL。


 ふう。

 これはTwitterの時代からよくある、釣りアカウントだ。

 懐かしさと同時に、強い憤りを思い出した。

 真面目な言葉には、不思議とこういうものばかりが寄ってくる。


 それでも、通知の数字が一つ増えたことは変わりない。

 ここから表示回数が増えることもあるだろう。


 それでいい。今は。

 それでいいが……どうにも収まらない気持ちを払拭するように、下へ下へとスクロールを続ける。


 <PR:あなたの価値が、正しく届いてないと感じる方へ>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ