ファスコンの足跡
未来からやって来た使者――ファスコン。
人類は彼らによって滅亡の危機を回避し、そして新たな時代への一歩を踏み出しました。
これは、ファスコンがこの時代に残した最後の足跡の物語です。
人類を救ったファスコンの話題も次第に落ち着きだした頃、ファーストコンタクトの際、ファスコンが語った「この時代に来た二つ目の理由」が話題の中心となる。ファスコンの言い放った一言――地球の改革。一体、何が改革されるのか、様々な憶測が飛び交う。
春野がファスコンにどのような対応を行うのか問いかけたが、『時を待て』という答えが返ってくるばかりであった。
環境問題、人種問題、食料問題、人類には数多くの問題が存在する。隕石から人類救済劇が真実だっただけに、未来の歴史にその改革が成されるのも事実であることは誰もが承知していた。
その課題の中でも大きく取り上げられるのは温暖化であった。地球規模の問題であり、各国が競って二酸化炭素の排出を抑える対策を練っているが根本的な解決には至っていない。このまま温暖化の進行が続けば、北極の氷が融解し、海流の循環が乱れ、やがて寒冷化が訪れる――そんな予測も現実味を帯び始めていた。それは、もう数年後にも訪れると予測されていた。まさに人類が直面する最大の課題だった。これがファスコンによる何らかの改革によって解決されるのではないかとの見解が強かった。
タイムホールが現れてからちょうど3か月が経った雪が積もったある日、春野、野代に声がかかった。
『春野、野代、後三日で準備が整う。過去に失敗して沈んだ“クォンタム・フラクタル・リアクター”を浮上させる。そこで、三日後、現地時間の12時から浮上を開始する。大西洋の船の航行をすべて禁止するように世界に伝えて欲しい。』
春野と野代は急な問いかけにびっくりした。ファスコンからのアクセスを受けたと思われる二人の様子から会議は中断し、全員が二人を見守った。
「わかった。伝えるのだが、もう一度その浮上させるというモノの名前を教えてほしい。聞き慣れない名前だったから……。」
『クォンタム・フラクタル・リアクター』
「了解。質問ばかりで申し訳ないが、この後に聞かれるので教えて欲しい。そのクォンタム・フラクタル・リアクターは、何のために浮上させるのか?そして、それは今日のために事前に沈めてあったという事なのか?」
『それは、世界のエネルギーを賄うエネルギー炉だ。かつて、過去に建設していたが、量子レベルで精密成形された超伝導物質のオリハルコンの一部が、局所的な空間の崩壊に巻き込まれ、周囲の空間が偽の真空から真の真空へ一瞬だけ相転移しかけ、周囲の海水もろとも空間の底へ吸い込まれるようにして沈没した。今回の再調整でそれは永遠に動き続ける。
飛び散ったリアクターの残骸の一部がいまだに周囲の時空を歪めている箇所が残っている。その上を通る人間の船に影響を与えているので、それも修復する必要がある。人間がバミューダトライアングルと呼ぶ区画だ。』
野代のパソコンを打つ手が止まり、春野と顔を合わせた。二人は静かに頷いた。
「すばらしいとしか言いようがない。その世界のエネルギーというのは、今の電力の代わりになるのか?」
『そうだ。この時代の発電施設すべての代わりとなる。その供給量は無限であり、この時の世界のエネルギー量の軽く数百倍を超える量のエネルギーでさえも提供可能である。』
「了解、すばらしいとしか言いようがない。では、三日後に大西洋上に船を航海させないように世界に伝える。」
『最後に、そのエネルギーを利用するための空間転送装置の設計図を転送する。今のエネルギーを廃止し、クォンタム・フラクタル・リアクターから発生するエネルギーに変えるのだ。』
すると、スマホの画面が明るく点灯し、設計図が映し出された。それは、会議室のメンバーだけでなく、世界中のスマホ、またTVに10分間映し出された。人類は設計図を手に入れた。
「設計図をありがとう。」
『これで終わりだ。春野と野代の通信を解放する。では。』
二人の頭が黄色く輝いた。ファスコンとの交信はここまでとなった。さよならの挨拶を言えないまま、一方的に接続を切られた。
全ては世界に伝わった。
予定時刻の12時間前から大西洋に面する港はすべて封鎖され、船に乗り込むことさえ禁止された。
――三日後
ルームは日本上空から北大西洋上空に移動し、高度を下げ、海の中へと潜っていった。
指定時間の12時。北大西洋のど真ん中。ルームがまた浮かび上がってくる様子が映像に映る。ルームの全体が海上に出たと同時に、ルームの周囲に何かが浮かびあがる様子が確認できた。その円環状のモノの大きさは直径約300km。幾何学模様をしたモノは所々が青白く光っている様子が見えた。
やがて、同心円状の運河と陸地が交互に重なる都市を思わせるモノ全体が浮かびあがった。その衛星の映像の様子は世界中にライブで映し出されていた。その光景を見て、多くの者の考えは同じだった。――失われた都市、アトランティス。
春野も、その巨大な構造物が海面から姿を現した瞬間に理解した。
「アトランティス大陸は実在していた……のか。」
設計図が世界に展開されてから、その図面通りに装置を製造していた者達からSNSには次々と映像が投稿された。小さな透明な箱の中で小さな竜巻が渦巻いている。そして、その映像の下には「本当に動いた」「なぜこんなものが作れるんだ」と驚きの声が溢れていた。
その小さな箱一つでロケットを打ち上げるほどのエネルギーとなるのも驚愕するばかりだった。
ルームは次に世界を旅するように超高速で動き回った。その静止地点は主に軍事施設だった。静止した先で施設から湯気のような、霧のような不思議な気体が舞い上がり、ルームに吸い込まれていく光景があった。
ある時は何もない野原、ある時は空母や大型戦艦、何もない海の上。世界中を飛び回った。
ルームが立ち去った後に残されたものは、ただの鉄の塊だった。
大陸間弾道ミサイル。潜水艦発射弾道ミサイル。戦略爆撃機。
それらは形こそ残っていたが、その心臓部である核物質だけが跡形もなく消失していた。
世界中の軍事施設で同じ報告が上がる。核が消えた。誰一人として阻止できず、誰一人として理由を説明できなかった。
そして北極上空。
最後の作業を終えたルームの前に、青白い光が渦を巻く。
タイムホール。
人類がまだ辿り着けぬ時の扉だった。ルームは静かにその中へと進む。
まるで最初から存在しなかったかのように、その巨体は光の中へ溶けていった。
数秒後。空には、ただ青空だけが残された。
世界から核兵器が消えた。歴史上初めて、人類は「抑止力」という名の恐怖を失った。各国首脳は緊急会談を開き、長い議論の末に一つの結論へ辿り着く。もう後戻りはできない。人類は争うためではなく、生き残るために協力しなければならない。軍縮は世界規模で始まり、新しい国際秩序が築かれていった。
――三年後
地球から煙突が消えた。火力発電所は役目を終え、原子力発電所も停止した。
クォンタム・フラクタル・リアクターから供給される莫大なエネルギーは、世界中の都市を昼夜なく照らしていた。
車は静かに走り、飛行機は排気ガスを出さず空を渡る。
宇宙へ向かうロケットさえも、かつてとは比べものにならないほど容易に打ち上げられるようになった。
コンセントという言葉は歴史書の中にしか残っていない。人類は新しい時代へ足を踏み入れていた。
未来からの使者は、ただ人類を救ったのではない。人類そのものを変えたのだ。その足跡は文明の隅々にまで刻まれている。
だが――
春野と野代だけは知っていた。
人類にはまだ避けられない未来が残されていることを。
――西暦4884年。
人類絶滅。
ファスコンですら変えられなかった、その運命を。二人は夜空を見上げる。かつてルームが浮かんでいた空には、今は何もない。それでも願わずにはいられなかった。遠い未来。その運命さえも、人類が乗り越えていることを。
最後までお読みいただきありがとうございました。
「記録された未来」はこれで完結です。
人類を救い、文明を変え、それでも残る未来の課題。そんな物語を書いてみました。
最後の感想やご意見頂ければ幸いです。




