ファスコン
ついに人類は未知の存在との接触を試みます。
空に現れたイリプソイド。
それは侵略者なのか、それとも観測者なのか。
人類史上初となるファーストコンタクトの瞬間をお楽しみください。
ランダムに青白い幕のようなモノの一部が渦巻きのように回転を始めた。そして、竜巻のようになり気球の方に近づいてきた。竜巻は気球に近づくにつれて大きくなり、渦巻の中心にできた空間に気球は取り囲まれた。世界中の誰もが声を発さずに見守っていた。青色が少しずつ減り、やがて気球の周囲は何もない完全な真っ白な空間に変わり、それと同時に地上からの通信が完全に途絶えた。
上下左右もない”無”という表現が似合う空間に小さな声が聴こえた。それは耳から聴こえるのではなく、頭に直接話かけられているようだ。春野が「テレパシーというものか」と呟いた。声は少しずつ大きくなってきた。澄んだ聴きやすい声を感じる。
『聴こえるか?』
日本語が頭に響き、春野は地上部隊からの連絡と混同した。
「…この声は君らなのか?」
『そうだ。春野の脳に私の意思を送っている。』
頭に広がる声に春野が答える。
「君は私たちの言葉がわかるのか。」
『言葉がわかるのではなく意思を脳に送信している。脳がそれを変換させて私の意思を理解している。』
春野はテレパシーとはこういうモノなのかと戸惑っているところ、野代が春野に意思伝達ができている事に間違いないので、話を続けましょうと心強く声をかけてくれた。
彼の意思は春野と野代にしか伝わっていない。
野代は慌ててノートを開き、交わされる会話を一語一句逃すまいと書き留め始めた。
これが人類史上初の未知の知的存在との対話記録になるかもしれないのだ。
「まず、私は春野、彼女が野代だ。君に呼び名はあるのか?」
『私を特定するものはないので、好きなように呼べば良い。』
春野が呼び名を考えた瞬間だった。
『ファーストコンタクト。略してファスコン。それで構わない。』
「私の考えていることがわかるのか……。」
春野は戸惑いながら、つぶやいた。
『春野が考えている私のイメージで、姿を現そう。』
真っ白の背景から青い点が浮き出てきて形を成した。それは春野がイメージしていた通りの未来の液体のようになめらかで半透明の人型ロボットだった。突然の出来事で春野も野代も驚きを隠せなかった。
「ありがとう、ファスコン。この方が私たちは話をしやすい。いろいろと聞きたいことがあるので質問させて欲しい。」
春野は事前にまとめていた質問のノートを開き、ファスコンに伝えた。
「私たち地球人は伝えたい事は口から声を発し、耳で聞き、目で見ないと理解する事ができない。今回の君との会話を世界の人々にわかるように言葉を発声すること許してくれ。」
『この時の人間がそういったものである事は観測済みで理解している。』
「観測済みというのはどういう意味ですか?」
”観測済み”という表現が理解できず、野代はつい質問を口に出して聞いた。
『私はタイムホールを製造した時から、様々な時代へ探査機を送り込んでいる。』
「探査機?」
春野が眉をひそめた。
『この時の人間は、それをUFOと呼んでいる。』
その言葉に春野と野代は顔を見合わせた。これまで世界中で目撃されてきた未確認飛行物体。その正体が、今目の前の存在によってあまりにもあっさり語られたからだ。
『地球の歴史、生態、文明の発展。その全てを観測している。特に人間が急速な技術発展を始めてからは観測頻度を増やしている。』
「つまり……君たちは地球外生命体ではないのか?」
そしてファスコンは答えた。
『地球外生命体ではない。』
その一言に春野の心臓が跳ねた。
『私は未来に存在する知的存在だ。』
春野は思わず言葉を失った。宇宙人ではない。未来人ですらない。目の前にいる存在は、それとは別の何かなのだ。
「未来の……存在?」
『そうだ。』
春野はしばらく考え込んだ。目の前にいるのは人間ではない。しかし人間の文明の延長線上に存在している。そんな存在らしい。
「ならば、未来の人間が君のような知的存在を製造したのか?」
初めてファスコンは短く沈黙した。そして静かに答えた。
『その時代に人間は存在しない。』
春野の表情が固まる。
『人間は西暦4884年に絶滅する。』
あまりにも平然と告げられた事実だった。しかし、その一言は隕石よりも重く春野の胸に落ちた。
「待ってくれ!」
春野は思わず声を荒げた。
「人類が絶滅するだって?4884年に何が起きるんだ!」
『その質問に答えた記録はない。』
「……記録という事は、君がいる時代にはこの会話の記録が残っていて、その記録の内容をそのまま我々にそれを伝えているということ?いったい、君はいつの時代から来たんだ。」
『そうだ、そのまま記録通りに伝えているだけだ。歴史通りだ。私は、この時の西暦の数え方で言うと、19万4273年から来た。』
春野は言葉を失った。19万年。それは国家どころか文明の盛衰すら霞むほどの時間だった。人類が誕生してから現在までの歴史を何度も積み重ねてもなお届かない未来。
ようやく春野は口を開いた。
「……この先の出来事も君は知っていると?」
『そうだ。私はこれから起こる事を知っている。記録に残っている事は全て理解している。記録にない事象を調べるため、探査機を送り込んで調査しているのだ。』
「何のために過去を調査するのか。」
『過去の些細なデータを含めた巨大宇宙シミュレーションを生成している。それは私たちの存在意義、宇宙の究極の答えを出すための調査だ。』
春野はあまりに飛んだ話に何を問いただせば良いのか、わからなかった。
「ふーむ。西暦4884年に人類が絶滅するといったが、それを回避する事はできないのか」
『時は不変である。時の記録を変える事はできないのだ。』
また、さらりと絶望的な事実が告げられた。
「未来にはいけないと言ったが君は未来に戻らないのか。」
『自分が経験していない未来には戻れない。タイムホールを繋げた時にしか戻れない。』
春野は時間を超える事が可能であることを理解し、会話を続けた。
「なるほど、わかった。今までの話で侵略などの可能性がない事に安心している。一つ聞かせて欲しい。君たちに寿命とものは存在しないのか。物には必ず寿命があると思っている。」
『寿命という概念はない。私の身体は粒子だ。1つ1つの粒子ロボットが活動している。そして1つ1つは、この時の最高のコンピュータのレベルでは比較にならない。粒子は微弱な電子でつながり一つの個体となる事もできる。そのつながりに制限はない。つまり全体で一つとなり活動できるし、億の粒子に分かれてそれぞれ活動することもできる。個であり多でもあるのだ。今の私は3000垓ほどの粒子だ。』
それは、理解が追いつかない現実だった。
「まだ聞きたい事があるが、ここに留まっていられる時間があまり残っていない。最後に君がここに来た理由を教えてくれないか。」
『私が来た理由の1つは今の人類を救う事だ。20日後の落ちてくる隕石から人類を救う。探査機のレベルでは地球規模に対応できないため、小型のルームと共にこの時に来た。その後、人間の生活を大きく変えて、元の時に戻る。』
ファスコンが侵略とは反対に、地球を救ってくれること、しかしその後の生活を変えるというのが気になった。
「私たちは何をすれば良いのだろうか。」
『人間ができる事は何もない。ただ今まで通りに生命活動してればよい。私はここで話が終わる事を知っている。』
春野はうなずく。
「春野と野代には、これからも意思を確認することがある。私と交信できるモノを与える。私を念じることで意思同士を確認することができるようになる。』
その声と共に春野、野代の頭部が黄色く光った。
『完了した。春野、野代、地上に戻るが良い。』
気球を取り囲む真っ白だった風景に色が少しずつ現れて出てきた。そこは、気球が出発した場所の上空20メートルほどの所に浮かんでいた。
地上では歓声が上がっていた。
しかし春野の頭から離れない言葉があった。
――人類は4884年に絶滅する。
世界が歓喜する中、その事実を知る者はまだ春野と野代しかいなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
人類が初めて接触した相手は、誰も予想していなかった存在でした。
そして語られたのは、人類の未来に関わる衝撃的な事実。
ファスコンの目的とは何なのか。
隕石は本当に人類を滅ぼすのか。
物語はここから大きく動き始めます。
次章も楽しんでいただければ幸いです。




