86 回想①
過去編です。
~約8年前、冬の季節~
「天梨~! 早く行こうよ!」
「待って下さい、そんなに焦らなくても大丈夫ですから!」
とある日の夕方、学校帰りの2人の少女が駆けながら談笑していた。
その1人──南天梨には物心ついた頃から一心同体とも言える家族がいたのだ。
容姿は双子故に瓜二つ、けれども性格はまるで反対の妹──南由那がそうだった。
生真面目な天梨と違って由那は活発な少女で、初対面の人物以外ならすぐに見分けがつけられる程に差異がある。
だからといって不仲というわけではなく、高校3年生になっても2人の仲はとても良好だ。
「だって好きな人とは1秒でも長く一緒にいたいじゃん?」
「確かに一般的にはそうでしょうし、2人がお似合いだとは思いますが彼は一応、私の家庭教師でもあるんですよ? あまり傍でイチャイチャされても困るのですが……」
「なら天梨も早く彼氏作ったらいいじゃん!」
「簡単に言わないで下さい……」
軽い調子の由那に対し天梨が呆れたように呟いた。
由那には交際している男性がおり、その相手は天梨もよく知っている。
さらに言えばこれから2人が家路を急ぐ理由でもあった。
そうこうしているうちに自宅へ着いた2人は、ドアを開けて中へと入って行く。
「たっだいまー!」
「ただいまです」
「おかえり~由那、天梨」
娘2人の帰宅に、母──真由巳は快く出迎えた。
「もう先生は来ているわよ」
「わ、やっぱり! 天梨、早く早く!」
「あっもう! ちゃんと靴を並べて下さい!」
目当ての人物が既に待っていると知り、由那は一目散に奥の部屋へと向かって行く。
その後を天梨が慌てて追う。
2人の自室ではない、家庭教師との授業のために使われている部屋には1人の男性が座っていた。
明るい茶髪にエメラルドを彷彿とさせる鮮やかな緑の瞳、黒ぶちの眼鏡を掛けた温和な印象を醸し出す。
「こんにちは、2人共」
「先生ー、こんにちはー! 会いたかったよー!」
「由那! 勉強を始めてもいないのに早速抱き着こうとしないで!」
「あははは……」
天梨と由那が高校受験を確実なものするため、両親が雇った家庭教師──真中辰人は後の天那の父親となる人物である。
加えて、高校受験の折に関わるようになった由那から合格発表と共に告白をされ了承、以来交際をしているため、天梨にとっても家族同然の人だった。
「すみません辰人さん。いくら恋人とはいえ由那が迷惑を……」
「気にしてないよ。あの積極的なところに僕は惹かれたんだから、むしろ天梨ちゃんがしっかりしてくれて助かってるくらいさ」
「そうですね、いずれ義弟となるのでしたらもう少し慎みを持って頂けると助かります」
「あ、はははは……」
言外にしっかりして欲しいと告げられ、十分良い大人であるはずの辰人は義姉相手にたじたじであった。
ともかく由那と辰人が交際を始めたと知り、子煩悩な父親である亘平は大いに取り乱した。
2人の年齢差は6歳差であり、由那はまだ高校生になったばかりで辰人も大学卒業を控えていた頃だったため、親バカを相手にする面倒を抜きにしても問題が山積みな点は無視出来ない。
実際、亘平には何度も別れるように苦言を呈され、危うく辰人が家庭教師を辞めさせられそうになったこともあったのだ。
それでも2人は交際を続けることを誓った。
愛の力というべきか今までは家庭教師と塾講師のアルバイトで稼ぎを得ていたが、彼は公立高校の教員採用試験に合格しており、来年度から教師として教壇に立てるため収入面に不足はなくなったと言える。
由那の方は高校卒業と同時に結婚する腹積もりだと天梨は聞いているので、最早辰人が義弟となるのも時間だけが問題だった。
あの親バカな父ですら結婚を認めたのだから。
「先生こそ天梨に言ってやりなよ~。アタシに似て美人なのに浮いた話がひとっつも無いの! 姉が将来行き遅れになるとか絶対イヤ──」
「由那~……?」
「ヒィッ!? ごごご、ごめんなさい!!?」
天梨と由那は双子であるため顔立ちは一寸の違いも無く整った美貌の持ち主であるため、当時は二大天使とまで噂されていた。
由那は既に辰人という恋人がいたので、注目こそされても言い寄られることは早々に無くなっていたが、未だに意中の相手すらいない天梨は大群が押し寄せるかのように迫られていたのだ。
が、当の天梨はそれらを全て切り捨てている。
「なんと言いますか……辰人さんのように気が合う人がいないせいですね」
「え、何? 天梨ってば妹の彼氏を寝取るような趣味の持ち主だったわけ?」
「ね……そんなハレンチで不快な趣味はありません! 辰人さんは良い人だと思いますがあくまで家族としてです! 高3になっても初恋がまだなのは私だって不安なんですからね!?」
「まぁまぁ。双子でも恋愛の価値観は別々だから……」
打てば響くと言わんばかりに、由那のおちゃらけた言動に毎度付き合う天梨を辰人は制止する。
ともあれ談笑も程々に勉強の時間となれば、2人は驚く程の集中力を発揮して打ち込んでいった。
性格的に勉強が苦手そうに見られがちな由那も、こういった面では天梨の双子の妹らしく真面目に取り組むのだ。
そうして2時間程集中した後に、今日の分の授業を終えた。
「ふはぁ~疲れたぁ~! 先生~、チューしてエネルギー分けて~」
「由那……私が近くにいる時はイチャイチャしないでとあれ程……」
「流石に天梨ちゃんがいる状況でキスは恥ずかしいよ……」
「むぅ~……」
背伸びをしながらさり気なくキスを強請る由那に、天梨と辰人からベクトルは違えど非難される。
流石に恋人に言われては、由那も頬を膨らませて渋々納得するしかなかった。
「とりあえず、母が夕食も一緒にと言っていますので、辰人さんもどうぞ?」
「ありがとう」
「やたーっ! 先生とごは──っっう!?」
辰人が夕食も一緒だということで、由那が歓喜と共に勢い良く立ち上がった瞬間、突如顔を青ざめさせて口元を両手で抑え出した。
只事ではないその急変に天梨と辰人は戸惑いを隠せない。
「由那!?」
「と、トイレに連れて行ってあげて!」
「はい!」
咄嗟の判断でトイレに駆け込み、便器に向けてえづく由那の背中を天梨は険しい表情で擦る。
別段、由那に生まれつきの持病があるといったことはない。
にも拘らず起きた事態に、天梨は妹の身に何が起きたのかと不安で仕方がなかった。
その後一旦落ち着き、騒ぎを聞いた真由巳へ辰人が説明をする。
すると、事情を聴き終えた真由巳は一切の冗談も許さないような面持ちで由那と向かい合う。
普段はのほほんとしているだけに、いつになく真剣な雰囲気に天梨も由那も緊張して構える。
「……ママ?」
「──由那。正直に答えなさい」
「……なに?」
剣呑な空気の中、真由巳は娘に一つだけあることを尋ねる。
それは……。
「──最後に生理が来たのはいつ?」
「っ!」
「え……?」
女性が生きる上で避けられない生理現象に関することだった。
由那は肩を小さく震わせ、天梨はその質問の意図を察して愕然とする。
それは2人だけではなく、辰人も同様であった。
「……2ヶ月くらい、前、だけど……」
「……そう」
つっかえながらも答えた由那に対し、真由巳は静かに目を伏せるだけだった。
その会話を間近で聞いていた天梨と辰人は驚きのあまり言葉が出ない。
それもそのはずで、健康状態に異変がないはずの由那の体に月経が訪れない理由はただ一つ……。
──由那が妊娠していることに他ならないのだから。
次回は1月7日に更新します。




