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87 回想②


「一体どう責任を取るつもりだ!!?」

「……」


 自宅に帰って来た亘平(こうへい)が事情を聴くなり、真っ先に辰人(たつひと)に向けてそう怒鳴った。


 由那(ゆいな)の妊娠……それを可能とする相手はどう考えても結婚まで決まっていた彼以外ありえないのだから。

 

 両者は恋人であるし、そう言った行為の際にも同意はあっただろう。

 その点に関しては亘平は責めるつもりはない。


 問題は……妊娠した由那がまだ高校生だということ。

 生理が来なくなった時期と照らし合わせた場合、妊娠2ヶ月近くは経過している。

 高校卒業まであと4ヶ月程もあるため、体育の授業やマラソンなどの激しい動きはとてもさせられないだろう。

 

 既に内定を受けている就職先でも一応産休は取得出来るはずだが、入社直後とあってはマタニティハラスメントや復帰後の人間関係、加えて育児の苦労も重なって心身に支障をきたすことも容易に想像出来た。

 そしてそれは由那に限った話ではなく、父親となる辰人も同等かそれ以上の非難を免れないだろう。


 だからこそ……。


「由那。今回に限っては残念だが諦めなさい」

「──っ」


 亘平は由那に胎児(たいじ)を堕(お)ろすように告げた。

 無論、娘を想うがため非情に徹しただけであり、本音を言えば由那が辰人の子供を宿したことは喜ばしいと感じている。


 ただ、それは2人が夫婦としてしっかりと仲を育んでいた場合だ。

 早い妊娠が必ずしも良い結果を齎すわけではない。

 それ故に時期尚早だとして、中絶を勧めているのである。


「──アタシは……この子を産みたい」

「由那っ!」

「何も今でなくてもいいでしょう?」


 しかし、由那の返答は『NO』だった。

 若気の至りとも言うべき言い分に亘平は怒号を上げ、真由巳もまだ早いと遠回しに苦言を呈する。


 だが、由那は顔色を変えることなく毅然とした表情で両親を見つめる。


「ママの言う通り、確かに今じゃなくていいかもしれない。でも、それって次の子のために産まれるはずのお姉ちゃんかお兄ちゃんを殺しちゃうようなものでしょ? アタシは、そんなのイヤ」

「言いたいことは解る! だが由那はまだ高校生なんだ、いくらなんでも早過ぎる!」

「次の子をどんなに可愛がっても、アタシはこの子にも同じことをしたかったって一生後悔するんだったら、諦めるなんて絶対にしたくないもん!!」


 想像出来る苦難を避けるための説得を投げ掛けられても、由那は決して首を縦に振ろうとしない。


 両親と由那の口論がどんどん過激化していく中、天梨は状況についていけず戸惑うばかりであった。

 どちらの言い分も、彼女にとっては決して無下に出来ず板挟みになっている。


「──すみません」


 そんな険悪とも言える空気の中、黙り込んでいた辰人が声を上げた。

 大して大きな声で発したわけではないのだが、口論をしていた3人は不思議と口を噤んだ。


 自身の声が届いたことを確かめた辰人は、真剣な表情で亘平を見やる。


「こういった可能性があったにも拘らず行為に及んだ僕の責任です。考えがなかったわけではありませんが、避妊をしているから大丈夫だろうという甘えがあったのは事実です」


 冷然と、自身の行いに対する反省を口にした。

 しかし、言葉とは裏腹に彼の面持ちは前向きなものであり……。


「ですので、こんな時になんですが娘さん──由那さんを僕に下さい」

「は……?」


 この場に置いて酷く合わない結婚の挨拶を口走った。

 あまりに空気を読まない発言に、亘平はおろか真由巳も天梨も絶句する。


 由那に至っては目を丸くしているものの、その頬は真っ赤に染まっており、口元は溢れんばかりの嬉しさからか笑みを作っていた。


「僕の家族に関してはきっと反対するでしょうけれど、そこはこちらで何とかします」

「い、いや、辰人君……?」

「僕が彼女を支えます。必ず幸せにします。だから、由那さんのお腹にいる子供のことも認めてくれませんか?」

「むぅ……」


 辰人の大胆な提案に、亘平は眉間にシワを寄せて剣呑な表情を浮かべる。

 交際当初こそ反対していたが、辰人のことは息子同然に信頼しているのだ。

 そう思えばむしろ彼の言葉は渡りに船だった。


 だが、それでも親心から了承するわけにはいかない。

 そんな葛藤を抱える亘平に、今度は天梨が主張する。


「私も、2人を支えます。家族なら、そうするべきだと思いますから……」

「天梨……」


 出来る範囲で支えると告げた双子の姉に、由那は心の底から感謝の念を抱く。

 年若い3人の決意は固く、最早どれだけ言葉を尽くそうとも折れることはないと感じさせる。


「──はぁ~~分かった。そこまで言うならワシはもう反対せん。まさかこの年で孫の顔を見ることになるとはなぁ……」

「子育ては由那が考えてる何百倍も大変なのよ~。だから、私達も手伝うわ」

「~~。ありがと、ママ……!」


 ようやく折れた両親に、由那は目に涙を浮かべて感謝の言葉を伝えた。

 そして、亘平は改めて辰人に視線を向ける。


「辰人君」

「はい……」

「──由那のこと、よろしく頼む」

「──ありがとうございます」


 妊娠した子供のことだけでなく、結婚も認められた。

 新しい2(・)人(・)の家族を迎え入れた南家は、温かな幸せに包まれたのだ。


 その後、辰人は未成年の少女との結婚を問題視した実家と縁を切り、南家に婿入りする形で婚姻を結ぶ。

 亘平は申し訳ないと謝罪したが、辰人としては由那と結婚するためなら安い代償と感じていたので、その表情に後悔はない。

 念願の教職にも差し障ることなく就けた。 


 結婚式に関しては金銭面や由那の負担も考慮した結果、出産後に執り行う運びとなる。


 由那は妊娠の事実を学校に伝えたところ、大事をとって保健室登校で学校に通うことになり、天梨の協力もあって大きな騒ぎが起きることもなく無事高校を卒業する。

 

 職場の上司も気遣いに溢れた人物であっため問題なく産休に入ることが出来き、周囲の人に支えられながら過ごす内にやがて由那は臨月を迎えた。


 誰もが緊張を禁じ得ない瞬間は、すぐそこまで迫っていた。


次回は1月10日に更新します!

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