第三十八話
グリムシャニスで赤雷が瞬いて一日が経っていた。
ガグランダからの侵攻であると判断したエルダフィートは、最低限の防衛線を築き、外部からの攻撃にいつでも対応できるように防衛線を構築していた。陣頭指揮を執っているのは、第三騎士団団長のノイエル・クーラレーン・クロローシュ。王都防衛の指揮は第一騎士団団長のヴァーテイン・クレイメンティ・イディオンが執っている。
外部からの侵攻に対して、盤石の準備を素早く整えることができたのは、仮想敵として各領地に対して敷いていた防衛線が役立ったと言えるだろう。
一方で、内部に潜伏している裏切り者や、既に侵入を果たしている聖人、アースター・ヴァインの捜索は、シャーン・クレイヴェス・メリネアが率いる第二騎士団と、査問会のためにエルダフィートに帰還していた第六騎士団長クランド率いる第六騎士団の人員で行われている。
既に国内に敵の最大戦力とも言える聖人が侵入している。致命的なまでに後手に回っているが、迅速な対応でどうにか混乱だけは防げていた。
「メンティア領の住民は、既に直轄領やシューエバッフ領へ避難を始めています」
そう報告するカーマル宰相の言葉に、国王エルガンダは感嘆の声を上げた。
「メンティア侯爵とシューエバッフ侯爵が柔軟に動いてくれたな。しかし、スーリロム侯爵の動きが不透明であることが気がかりだ」
赤雷が落ちた昨日、グリムシャニスにあるメンティア侯爵邸にて侯爵の三者で会談が行われていたことをエルガンダは把握していた。その兼ね合いもあり、アルトーラとノディスが共同的にことに当たれたのだろう。しかし、その理由ならばオーセムも共に動くことができたはずだ。しかし、報告を聞けどもそのような報せはない。そのことが、エルガンダの心に僅かな影を落としていた。
「それに、エルノア殿下と勇者様の動向も不明です。グリムシャニス入りしたことは既に報告を受けていますが……」
赤雷が落ちてからの報告は一切途絶えている。二人の身辺警護として任についていたグライダムは、先の査問会の欠席や副官のシャーンの不可解な態度から見て疑わしいのは明らかだろう。そのために、第一騎士団から有能な騎士を彼の監視と、彼の代わりの警護役として二人に付けたのだ。
「やはり、殿下と勇者様をグリムシャニスに送ったのは間違いだったのでしょうか?」
少なくともグライダムとは距離を置かせるのが賢明ではなかったかとカーマルは後悔を口にする。しかし、エルガンダはそれを否定する。
「どうあれ、エルノアはグリムシャニスに行っただろう。それにあれは聡明だ。我々と情報の交換を行っていなかったとしても、グライダムに対して何らかの不信感を抱く可能性はある」
「それは……そうかもしれませんが」
「それに近衛だってついている。剣の腕は並だが、魔法の使い方とエルノアへの対応が巧い奴は、ジルバ以上にいまい」
それはひとえに、娘への信頼であることが窺えた。
不器用な男だ。もっと直接エルノアを褒めれば、彼女もどこか曲がった道を行かずにまっすぐと王道を邁進したであろうに。そんな呆れがカーマルの口から嘆息となって零れる。
「ですが、殿下と勇者の不在は騎士達の士気に関わります。やはり、捜索隊を組むべきでは?」
「あれなら勝手に帰って来るなり、勝手に事態を好転させようと動くなりすると思うが」
「動向がわからないことが問題なんです! やはり、捜索隊を組みましょう。第二は……今は危険なので、第六への命令をお許しください」
「……許可する」
渋々と言った声音でエルガンダがそう告げると、カーマルが頭を下げる。
カーマルが第六騎士団の団長への指示書をしたためている間、エルガンダはグリムシャニスの赤雷――聖槍の力が、どうして行使されたのかを考える。
それが戦争開始の狼煙であるという意味合いとも考えられる。そしてそれは、恐らく間違いではない。一方で、どうしてこの時機に聖槍を行使したのか。その気になれば、聖槍の力を全開し、直接城へ攻撃することもできたのだ。
思考するエルガンダの脳裏に過ったのは、晴也が担う聖剣の輝きだった。
「邂逅を果たした、ということか」
聖槍の力を大々的に使う理由としては十分すぎるものだろう。
聖人からすれば敵方のエルレイクスの担い手――エルダフィートの勇者である晴也と顔を合わせたとなれば、気が気ではないだろう。あるいは、戦闘に発展してもおかしくはない。
「グリムシャニス近郊で幾度と発生した落雷は、勇者との戦闘によるもの……」
それが今は止んだとなれば、どちらかが死んだか、あるいは撤退にまで追い込んだか追い込まれたかだ。どちらにしろ、完全に後手に回った訳ではないとエルガンダは確信する。
「どうかなさいましたか、陛下?」
ニヤリと口元を歪めていたエルガンダの顔を見たカーマルが、怪訝そうに訊ねる。
「いや、思いの外あの勇者が働いているようだと感心してな」
晴也を見たとき、期待できない勇者だとエルガンダは見捨てていた。何より聖剣の力を引き出せなかったことが決定的だった。しかし、それを乗り越えて聖剣の力を引き出し、あまつさえ聖人と相対し、戦闘までしたとなれば、しかと勇者としての責務を果たしているのだと感心した。
そんな様子のエルガンダに、カーマルは戸惑ったような声を出すことしかできなかった。
僅かな緊張の弛緩を、再び締め直させるように執務室の扉が強く叩かれる。
「失礼します」
肩を上下させ、呼吸を整えることもせずに騎士は執務室に入って来た。その慌ただしさはただことではないと、エルガンダもカーマルもその騎士を咎めることはせず要件を訊ねた。
「ゆ、勇者様がご帰還なされました」
「おおっ、帰って来たか! 良かったですね、陛下」
騎士の報告をそう感嘆するカーマル。一方のエルガンダは、確かに喜ばしい報告であるが、一方で冷ややかな予感を感じ取った。騎士の今にも泣きそうな表情は、誰が見ても喜ばしい報告をしに来たというものではなかった。
エルガンダが椅子から立ち上がる。そしてその場で跪く騎士の頭に手を置き、乱暴に撫でる。
「報告、ご苦労だった。この場で泣くことを許す。今は、気持ちを落ち着けよ」
「――っ」
その言葉に、騎士はその場で蹲り、人目をはばかることなく泣き出した。そんな騎士の様子に困惑するカーマルに向けて、エルガンダが告げる。
「行くぞ、カーマル」
「へ、陛下? どちらへ向かわれるのですか?」
執務室の外へと出ていくエルガンダにそう訊ねると、エルガンダは力強く答えた。
「謁見だ。勇者に事情を聞かなくてはならない。裁定を下すのは、その後だ」
認めている自分がいる。一方で、認めたくない自分がいる。エルガンダの鉄面皮はそんな背反な心情に蓋をした。しかし、厳めしい鉄の蓋から覗く双眸には、炎が猛っているように見えた。
*
久々に戻って来た王城は、随分と慌ただしい様子だった。
王都に入ったときから街の至るところで騎士達が厳しい警備の目を光らせ、城の中では身なりの良い役人や使用人と言った面々が廊下を行ったり来たりを繰り返している。
鈍い晴也とてこの様子や、聖人との邂逅を鑑みればわかる。戦争が始まるのだと。
謁見の間に通された晴也とジルバは、揃って玉座に座するエルガンダに頭を垂れる。ここに来られるのも随分と久々に思える。それでも、まだひと月経っていないのだ。最初の謁見が随分と過去のことに思えるくらいに、晴也はこの世界を懸命に生きてきたのだと実感した。
「両名、面を上げよ」
王の言葉に、二人は顔を上げる。そこにはエルガンダが厳めしい表情で座していた。鋭い眼光は切りつけるような冷ややかさを宿していて、まるで晴也が何をしたのか、見透かしているかのようだった。
「まず、報告を聞こう」
そう口にしたエルガンダに対して、即座に反応したのはジルバだった。
「はっ。では私から――」
「いや、勇者の口から聞きたい」
口を開いたジルバを遮るように、エルガンダはそう告げた。視線はずっと晴也のことを見つめている。否、睨みつけている。その事実に、体が震える晴也は、噛み合わないように歯ががちがちと音をなっていた。
「……申し訳ありません、陛下。勇者シオタは、未だ整理がついておらず、適切に情報を伝えることができないかと思われます」
「それでも構わん。勇者に報告させろ」
「事態は一刻を争います。そのような些事に時間を割いている余裕など――」
「エルノアのことを、些事と吐き捨てるか」
晴也に向けられていた鋭い眼光が、今度はジルバへと向けられる。それを向けられた瞬間、エルガンダは全てを把握しているのだとジルバは悟った。そして、そんな彼が腹に抱えているのは怒り。泰然とした王の姿とは裏腹の、父親としての当然の怒りだ。
エルガンダの言葉に、ジルバは口を噤んだ。どれだけ冷静に徹しようと、エルノアの死を些事と吐き捨てることだけはできなかった。
そんなジルバの肩に晴也が手を置く。緊張か恐怖かに震えるその手は、触れられたジルバにもそれが移るようだった。
「だ、大丈夫。俺が報告する」
そう告げると、晴也が口を開き始めた。
グリムシャニスに行き、挨拶のあったエルノアと別れて行動したこと。行動を共にしていたのがグライダムであったこと。様々な店を回ったこと。話題であったイーブラム商会の店を見に行ったとき、アースターと出遭ったこと。グライダムの手によって街の郊外に連れ出されたこと。追ってきたアースターに、グライダムが裏切り者だと告げられたこと。そして、アースターと戦ったこと。
晴也なりに何があったのかをまとめ、拙いながらも伝わるようにと気を遣いながら言葉を選び、エルガンダに報告した。
「やはり、グライダムが裏切り者だったか」
晴也の報告を聞いたエルガンダは、この場に騎士団長各位がいなかったことが幸いだった胸を撫でおろした。もしこの場に彼らがいれば憤慨したことだろう。冷静さを失った状態でガグランダと戦えば、エルダフィートの勝機は完全に失われることになる。
しかし、イーブラム商会の店を回ったときにアースターと遭遇した。エルガンダはそのことが気になっていた。
「イーブラム商会か。他に気になったことはあるか?」
「その、店のほうは人が沢山いて、覗くこともできなかったんです。けど、あいつはそんな人垣を掻き分けて出てきたんです」
つまりそれは、店内にいたということだった。
エルガンダは王国内に潜伏している他の裏切り者の姿を炙り出していた。イーブラム商会は完全にガグランダ公国の手にあるだろう。そのイーブラム商会は、スーリロム侯爵とザーリィ財務大臣の推薦によって、国外へ行くことを許可した商会だ。ともすれば、裏切り者がそのどちらか、あるいはどちらもという可能性が濃厚だろう。そして、最も可能性が高いのは、イーブラム商会の推薦に熱を上げていたザーリィだ。
「カーマル。ザーリィ財務大臣は今どこにいる」
「ザーリィ大臣ですか? 今はジュリオス大臣と共に予算の相談をしていると思いますが……」
戦時下における資金や物資には蓄えがあるが、それを全て戦うために使う訳にはいかない。むしろ、戦後処理のために一定の資金は残さなくてはならない。その兼ね合いを、軍務大臣のジュリオスと話し合っていた。
「すぐにザーリィを拘束しろ。奴は裏切り者だ」
「はっ?」
些かエルガンダのその言葉に、謁見の間の警備を任されていた騎士達も呆気にとられ、だらしなく口を開きっぱなしにしていた。
「迅速に行動しろ」
しかし、エルガンダのその低く唸るような命令に、その場にいた騎士が背筋を正し、騎士式の敬礼をし、すぐさまザーリィの元へと向かった。
「さて……」
エルガンダが謁見の間を一瞥する。ザーリィを捕えるために、謁見の間にいた少ない騎士は出払った。これでこの場にいるのは、晴也とジルバ。エルガンダとカーマルの四人だけになった。
「話してもらうぞ、勇者シオタ。余の娘、エルノアがどうなったのかを」
そう言われた途端、晴也は心臓に何かが突き刺さったかのような強い痛みと衝撃に襲われた。
そう問われることは当然のことだった。晴也とジルバがいて、エルノアだけがいないことを、むしろ後回しにされていたこと自体が、晴也には驚きだったのだ。
「え、エルノアさんは……」
彼女は死んだ。その事実を口にしようとする。しかし、そうしようとすると、晴也の唇は痺れたように動かなくなる。呼吸が覚束なくなり、視界が滲んでしまう。
異様なまでの晴也の震えに、カーマルが首を傾げる。ジルバは震える晴也の背中を強く叩く。
「もういい。深く息を吸え」
ジルバに言われ、晴也は無理やりにでも息を吸いこみ、肺に酸素を送り込む。
そんな隙に、ジルバが口を開いた。
「ご覧の通り、勇者シオタは未だ状況の整理ができていない状態です。ですので、僭越ながらエルノア様については近衛である私からご報告させていただきます」
「……いいだろう。話せ」
晴也の様子を見れば、流石のエルガンダも報告を強要することはできず、ジルバが口を出すことを許した。
一礼するとジルバは、それを言葉にする前に一度深呼吸をする。ジルバとて、その事実を口にすることは憚られる。しかし、彼女の死を父親であるエルガンダに伝えるのは通すべき筋だ。覚悟を決め、ジルバはそれを口にした。
「我が主、エルノア王女殿下は、その最期に神に見初められ、聖人の力に倒れた勇者の代わりに聖剣を担い、勇敢に戦い、果てました」
そう口にして、エルノアは懐からエルノアの遺髪を差し出した。
「そんな、なんてことだ……」
金の糸を思わせる輝かしい金髪。それは間違いなくエルノアの物であった。それを認識したカーマルは、気が遠くなったようにふらついた。
一方で、それを見たエルガンダの表情は動かなかった。ただ、玉座の背もたれに寄りかかる、謁見の間の豪奢な天井を仰ぐ。
「そうか、あれは神に見初められ、聖剣を振るったか」
生まれたとき、神殿に巫女として見出されたときも素晴らしいとエルガンダは歓喜していた。無論、それを表に出すようなことはしなかったが、それでも娘が、そのような才覚を持ち合わせていたことに、父として喜びを覚えた。
それと同じように、聖剣に選ばれたことは喜ばしかった。だというのに、エルガンダは笑みの一つも浮かべられなければ、心すら震えない。むしろ、凍てついたように心の機微は停まり、その冷たさがエルガンダから何か大切なものを奪い取っていった。
喜ばしいのだ。聖剣に選ばれるとは神に見初められるということ。聖槍の聖人。聖槌の英雄。聖剣の勇者。それに並び立つ乙女。歴史に名を刻むことを許された証だ。そんな娘が死する先は、神の座する果て――楽園であろう。そこに辿りつけたことはとても誇らしいことだ。
「――ふざけるなよ」
そんな訳がない。
神に見初められたから何だというのだ。それが力になるのなら、生き残らせる力を与えるべきだ。歴史に名を刻む証がどうした。そんな悲痛な証を戴くくらいならば、平凡に生きていたほうがいいに決まっている。
例え神に選ばれ、死んだ先に楽園が待っていようと、エルガンダは慟哭する。親より先に死ぬ子供があってたまるかと。例えそれが神の思し召しであっても、エルガンダは父親として、それを叫ぶだろう。
どこか超然とした態度を取っているエルガンダが見せたそんな人間的な色を見て、ジルバは泣きそうになった。そんな父親の姿を見て、果たしてエルノアはなんと思うだろうか。あり得ないと呆けたように口を開くか、嬉しそうにはにかむか。今では知りようもないことだった。
「勇者シオタ。お前のその腰に佩いたその聖剣は何だ。飾りか?」
「そ、れは……」
その謗りは甘んじて受けなくてはいけないものだった。結局のところ、晴也が聖剣を手放してしまったがために、エルノアは聖剣を担ってしまった。もし、晴也が最後まで聖剣の柄を握り続けていれば、あるいはエルノアは命を捨てるような真似はしなかったかもしれない。
聖人と戦ったとて、自分は勝てない。それは思い知った。しかし、それとこれとでは別の問題だ。エルノアの力になると口にしておいて、晴也は最後まで、エルノアの足を引っぱり、エルノアに助けられた。その結果、エルノアは死んだ。それは受け止めなくてはいけないことだった。
「余がお前に求めたのは、国を守るだけの力だ。それはすなわち、国民を須らく守るという意味だ。そこには当然、エルノアもエルメリアも入る」
しかし、結果としてはエルノアを死なせた。いや、聖剣を手放し戦意喪失をした事実を思えば、晴也が殺したと言っても過言ではない。
「しかし、お前はその責務を果たせなかった。そんなお前に勇者の名は重かろう。佩いた聖剣の輝きに焼かれてしまいかねない」
冷たいエルガンダの瞳の奥には、憤懣の炎が熱く燃えていた。焦がれるような怒りの熱にも表情を歪めることすらない鉄面皮は、長く王を務めてきた彼だからこそなしえる業だろう。しかし、声に宿る感情にまでは蓋ができていなかった。
「シオタ・ハルヤ。貴様から聖剣を取り上げる。異論は認めん」
エルガンダが告げたその言葉に、ジルバは慌ててそう口にした。
「――おっ、お待ちください陛下! その沙汰は些か横暴です!」
それが個人的な感慨か、あるいはもっと合理的な思考であったかはジルバにも咄嗟にはわからなかった。しかし、今勇者である晴也から聖剣を没収しても、エルダフィートに何ら得はないのだ。むしろ、次の担い手を戦時下に探すという負担が増えるだけだ。
「ファーディン・マグラーンの意見に私も同意します陛下。聖剣の力まで引き出すことができる勇者シオタから聖剣を没収すれば、我々はガグランダに敵いません」
カーマルがエルガンダの横でそう口を出す。そんなカーマルのほうを見て、エルガンダはこう言った。
「確かにそうだろう。だが、私とて人間だったということだよ。カーマル」
「……左様、でございますか」
ここで、個人としての主張を留め、王としての判断を冷静に下させることも宰相であるカーマルの役目だ。しかし、今までになく見せる父親としてのエルガンダの一面に、カーマルはその役目を果たせなかった。
晴也は一連のやり取りを聞いた。今、自分の手から聖剣を失えば、エルダフィート王国はガグランダ公国に対する切り札を失くすことになる。しかし、それでも晴也は、聖剣を渡すべきだと感じた。エルガンダの怒りは至極真っ当なもので、それを拒むだけの理由を、晴也はかざすことができなかった。
腰の帯を解き、鞘に括った紐を外し始める晴也を見て、ジルバは王の前だというのに晴也の襟首を掴んだ。そんなジルバを咎めようとするカーマルを、エルガンダが手で制する。
「お前ッ、それが何を意味するのかわかっているのか!」
息苦しくなるほど強く掴まれた襟首を、晴也はどうにかして放させ、何度か咳を吐いた呼吸を整える。
「わかってるさ。今の俺に聖剣は相応しくない。エルノアさんを守れなかった俺が、勇者を名乗るなんて――」
その先を口にするよりも先に、ジルバが晴也の顔に拳を叩きつける。
殴り飛ばされた晴也は、揺れる焦点でどうにかジルバのほうを見る。痛みで涙が滲む視界の先に見えたジルバの表情は、まるで泣いているかのようだった。
「それでも、エルノア様はお前を選んだんだ……っ」
僅かに心が震えるその言葉。しかし、それでも自分には相応しくない。結果として、晴也はその期待に応えることができなかったのだから。
瞳を濡らす涙を拭いながら立ち上がり、ジルバを通り越して晴也はエルガンダと向かい合う。もはや聞く耳持たぬ様子の晴也に失望を見せたジルバは、そのまま謁見の間を後にする。
「王様。聖剣をお返しします」
玉座の前で傅き、聖剣をエルガンダに渡す。エルガンダは聖剣の鞘を掴み、晴也から聖剣を受け取った。
「うむ、確かに受け取ったぞ。シオタ・ハルヤ」
受け取った聖剣をカーマルに渡すと、エルガンダは玉座から立ち上がる。そして、傅く晴也を立たせると、力強く晴也の頬に拳を振るった。
エルディンで強化したのか、殴られた晴也は自分の背丈ほど高く打ちあがり、そのまま全身を床に打ち付けた。
「先のジルバの拳は、友としてのもの。そして今のは、父親としての怒りと知れ。この程度のことで、私の怒りが収まると思うなよ」
自分を見下ろすエルガンダの様子を、晴也は見る。その様子は超然とした様子とは異なり、どこにでもいる父親のように見えた。
エルノアは確かにエルガンダに愛されていた。その事実をしっかりと確かめることができた晴也は、そのままその場で意識を失った。
第三十八話を読んでいただきありがとうございます。
次話もよろしくお願いします。




