第3話:終わる音
遅れてしまって申し訳ありません。
この話で完結します。
「‥‥‥え、あの‥‥‥‥‥‥今なんて」
わからなかった。頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているみたいで。
私は今、音楽コースの教室の前にいる。そして、音楽コースの生徒の男の子が目の前にいる。
状況はわかるけれど、内容がわからない。
「早瀬、ですよ?」
「あ、ああ」
少し答えずらそうに顔を背ける男子生徒。単に私ががっつくように尋ねてるからだと思うけど。‥‥‥よそよそしい。
「‥‥‥きっと早瀬なんて全学年の音楽コースにもいないよ?普通コースの生徒なんじゃない?」
そう告げる男子生徒のネクタイには青いネクタイピンがしてある。私のネクタイには普通コースの印である赤いネクタイピン。
そして、早瀬は‥‥‥青いピン。
「あー‥‥‥そう、ですね。多分間違えました。ごめんなさい、ありがとうございました‥‥‥」
無理矢理笑顔で返すと、男子生徒はめんどくさそうな顔をしたあとすぐ笑顔になって教室にいる男子と話始めた。
私は一人取り残されたみたいになってしまった。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
あいつは、早瀬はいない。
それはどういう意味なんだろうか。
偽名を使ってたっていうのが一番有力な仮説だろうけど‥‥‥。さっきの教室内にあいつはいなかった。ただまだ登校してないのかもしれないから、どうとは言えない。
にしても、なんであの人は答えずらそうにしてたんだろ。
『あんたの壁を‥‥‥扉を私が開いたの?』
『開かないって思ってた寂れた扉を、ね』
なんでだろう。昨日の言葉が妙に胸に残ってる。す、素直に嬉しかったからかも知れないけど、開かないって‥‥‥どういうことなんだろ。寂れた、はなんかひねくれてる感があっておかしくないけど。
よく考えたら、あいつは時々おかしい。
楽譜がなきゃ曲も書けないはずなのに、私が楽譜持ってっても追いかけてこなかった。ピアノの椅子から立ち上がったりなんて全然しなかった。
‥‥‥‥‥‥そして、壁に自分は囲まれてるって言った。
「‥‥‥‥‥‥まさか、」
私は偶然廊下を歩いていた先生に声をかけて、一つの質問をした。答えは嫌な予想通り。
朝のホームルームの予鈴が鳴り響く廊下。ざわめきだす生徒たち。走って教室に入ろうとするみんな。それに逆らって私は走り出した。
私が向かうのは教室じゃない。
いつもあいつのいる場所だ。
‥‥‥多分きっと、今日であの音楽室に行くのは終わりなんだろう。足取りは軽やかに見えて、とても重いけれど私は進む。
ありがとう。ごめんね、早瀬。
さよなら。
「早瀬は、もう死んでるんだよね?」
「なんで、それが音楽室に予鈴を無視してずかずかと入ってきた君の第一声なの?」
早瀬は私を茶化すが、その目は笑っていない。私は決意のこもった瞳で終わりを紡ぐ。
「死んでるんだよね、早瀬は」
「‥‥‥‥‥‥」
ピアノの椅子に座ったままの早瀬は何も答えない。ただ私のことを微笑みながら見つめているだけだ。
「なんで、そう思ったの?」
「‥‥‥まず、色々と思い返せばあんたの行動はおかしかった。音楽コースを訪ねたら早瀬って人はいないって聞いた。最終的に先生に聞いて、確信に変わった‥‥‥それだけ」
「なんで、って答えになってないよね?」
「あんたは色々と矛盾した存在だから」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
早瀬は微笑んだまま少し目をふせた。そしてもう一度私を見てからため息を吐いた。
「そうだね。僕は君が言うとおりの存在だよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥自殺、だっけ」
私が偶然出会った先生に「早瀬くんって知っていますか?」と尋ねると「1週間くらい前に自殺した生徒‥‥‥のことか?」と逆に聞かれた。
そして、はっきりと死んでると口にしてしまったからか早瀬がどう言おうとあとに引くつもりはない。
「‥‥‥うーん、自殺っていうか。まぁ自殺だね」
早瀬は初めて自分の死を肯定した。
「君とおんなじ。逃げ出したんだよ、狭いセカイからね」
「‥‥‥‥‥‥」
「ピアノは僕が一番大好きな音を奏でる楽器であり、この世で一番憎い存在なんだよ」
「‥‥‥早瀬は、プロだったの?」
「軽いアルバイトだけどね。そりゃあチヤホヤされることもあったけど、当然批難もされる。僕が嬉しくても悲しくても辛くても。仮にもプロならずっとピアノは弾かなきゃいけない。それが何より嫌だった」
「‥‥‥‥‥‥」
「僕はただ、好きで弾いてたかったんだと思う。でもそれは、僕自身が自殺を決めるほど追いやられて今、こうして音楽室に閉じ込められて‥‥‥やっとわかったんだよ」
「‥‥‥でも早瀬はここでピアノを弾いてたよね」
「死んでから愛せるようになったんだ。この無機質な音も、セカイも」
早瀬は、自分のことを笑って話す。きっともう。笑えるくらいに自分の死を認めているんだ。
「死んで、後悔はないの‥‥‥?」
喉の奥からかすれた声が漏れた。口に出してもなお、つっかえている感じがする。何よりも、私は早瀬の答えが怖かったけれど聞かずにはいられなかった。
彼は一瞬、悩むように下を向いた。そして少し切なそうに、苦笑した。
「まぁ、未練がなかったらここにいないよね」
‥‥‥なんというか。まんまの答えだ。
「うーん‥‥‥あ。君が僕の曲を歌ってくれたら未練ないかも!」
「‥‥‥凄くあざとい気がする」
あはは、と冗談目かして彼は笑う。でも、そうだ。それくらいしか早瀬にしてあげられることなんて私にはない。
「ま。君があの日僕を見つけてくれた。それだけで本当は充分なんだけどね」
「‥‥‥え?」
「本当の僕の音をわかってくれる人がいるってわかったから」
「‥‥‥早瀬?」
早瀬の体がだんだんと透けていく。朝の光が差し込んで彼の消えていく姿を幻想的に見せていた。
そっか。早瀬は‥‥‥早瀬はもう。終わるんだ。ダ・カーポで戻らないで、ちゃんと終止符を打つんだ。早瀬は、自分の旋律を奏で終えるんだ。
妙に落ち着いているなぁ、私。当然、早瀬がいなくなるなんて嫌なんだけど。‥‥‥こうなるだろうって思ってはいたからかな。
「ねぇ、早瀬。私といてさ、楽しかった?」
「僕が引き留めたようなものじゃない?うん、楽しかったよ!すごく‥‥‥!!」
ああもう、泣きそう。なにこれ、なんで私はこんなこと聞いたんだろ。反則だよ、そんな答え。
「早瀬は本当にずるいなぁ‥‥‥」
‥‥‥でも、私は泣かない。最期の瞬間まで、早瀬の記憶に私の笑顔を残していたい。いつも笑顔でいたんだから、今日も笑顔じゃないと!
「あ、そうだ。曲はドアの横の戸棚の中に入れてあるから。確か、その楽譜しか入ってないからすぐわかるよ」
「‥‥‥え、あれって私が昨日持ってっちゃったよね」
「大体は覚えてたから、‥‥‥君にまた批評されるかもしれなあけど、完成はさせたんだ。元々今日、僕が消える気がしてたからね」
‥‥‥‥‥‥。
「ま、君が歌ってくれないと。本当の意味で完成はしないんだけどなぁ?」
「‥‥‥う」
「最期に、もう一度返事を聞きたいんだけど‥‥‥あの曲を、君が歌ってくれますか?」
にこやかにほほえみ、彼がそう告げた瞬間。
窓からぶわっと勢いよく風が吹き抜け、淡いクリーム色のカーテンが大きく広がった。ほんの少しだけ暖かい風が私の頬を撫でるようだった。
「そんな‥‥‥答えは決まってるよ」
私は消えかける彼に飛び付いた。その反動で数歩彼が後ろに引くと、まだ消えていない彼の指が鍵盤に触れた。
「私、歌うよ」
さっきよりも穏やかな風が吹き抜けた。泣かないと決めていたのにあふれでてきた涙のような何かを、そっと風は拭ってくれる。
「私、歌うよ。早瀬は一人じゃないって。私も一人じゃないって証明するんだから。‥‥‥早瀬の奏でる曲は何より優しいんだよって証明するんだから。
早瀬のこと、ちゃんと知った私にしか歌えない歌を歌って。消えても早瀬の元にちゃんと届けるよ‥‥‥!!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「私も、早瀬と一緒にいて。変われたから。早瀬との出会いをカタチにしたい」
そう。早瀬に私は変えられた。偶然きこえた曲だったけど、あの曲を聴いて心が動かされたから、私は今ここにいる。
「私は早瀬が大好きだから。早瀬の曲を歌うよ」
本当は、伝えない方がいい感情なのかも知れない。でも、今しか伝えられないことなんだから。はっきりと言葉にしてしまいたかった。
「‥‥‥ありがとう。嬉しい」
涙ぐんだ声でささやいて、早瀬がそっと私の背を撫でた。
早瀬は告白に対しての返事はしない。でも、きっとそれは私を思ってのことだろう。オーケーなんてされても、ただ恋が実ることなくおわるだけなんだ。だから早瀬は可能性を残してくれた。
「絶対、歌ってよ?歌わないと僕‥‥‥完成したかわかんないんだから」
「ちゃんと宣言したんだから歌うって」
消えていくのなんて関係ない。私はより強く彼を抱き締める。すると早瀬はピアノに手を伸ばし、レの鍵盤を叩いた。
「これ、始まりの音だから」
「‥‥‥あの曲の?」
「そう。そして、君が新しく始まる音で‥‥‥僕と君の終わりの音」
「‥‥‥本当、最期までキザだなぁ。」
「絶対あんたのこと忘れらんないよ。忘れない‥‥‥」
私の腕の中の彼が優しく微笑んだような気がした。もう感触はほとんどない。まるで私と早瀬がひとつになるような感覚だった。
「ずっと大好きだよ」
サアッと風に煽られて砂が舞うような音が、耳元できこえた気がした。再び風が強く吹いてグラウンドから、青春とでも言える声が響いてきても、私の耳には彼が残した音だけが反響していた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
ぼうっと彼が終わった余韻に浸るのも淋しいので、ドアの横の戸棚を早速見てみることにした。
ギシギシと古びた音がする扉を開けて、入っていた楽譜を出した。
レの音から始まる私と彼を繋ぐ音楽。
「ああもう‥‥‥早瀬らしいなぁ」
楽譜を目で追ううちに、自然と暖かいものが頬をつたった。
切なくもあり、あたたかくもある。‥‥‥でも、これ以降に私は彼を思って泣くことはないだろうな、とぼんやり思った。
自然と私は歌いだした。彼が隣で弾いているような感覚で。とても優しくて爽やかな、‥‥‥初恋の歌。
そして。
そのタイトルは‥‥‥‥‥‥
最後に、もう一度遅れてしまって申し訳ありません!
読んでくださり、ありがとうございました。
これからもよろしくお願い致します。




