4th episode-7
「……」
悠真の落胆した……いや、絶望したと言っても良い姿に、リューナは顔を歪めた。その胸に去来するものは、伝えるべきではなかったか? という後悔だろう。
だが、いずれ知れることでもある。
早いか遅いかの違いに過ぎなくはあるが、やはり目の前で落ち込む悠真の痛々しいまで姿に、何も感じないなどという事は無いだろう。見ればリュミナも苦い表情をしている。
そんな悠真の状態に気づいてか、頭の上の精霊がその小さな翼をぱたぱた動かしてふわりと浮き上がった。そのまま悠真の顔の横まで移動すると、その頬をちょんちょんとつついた。
恐らく彼女を慰めているのだろう。
悠真もそれに気づいて、精霊に手を伸ばした。
「……ありがとう」
弱々しいが、笑みを浮かべてみせる。彼女はそのまま精霊を両手で挟むように持ってほおずりをし始めた。
精霊は嫌がるそぶりも見せること無く、ふたつの目に喜びを示す上弦の月のような弧を描かせていた。
その頭に、ポンと手が乗せられた。
勇樹だ。悠真が義兄に視線を向けると、彼は優しく笑っていた。
さらに頭に重みが掛かり、悠真はもうひとつ手が乗せられたことに気付く。
いまひとり。悠真が義姉と慕う少女、シルヴィア。
それで悠真は気づいた。
ひとりぼっちではないと。
“家族”と、共にあることを。
勇樹とシルヴィアが視線を交わし、彼女は悠真の黒髪を鋤き始めた。勇樹も優しく義妹の頭を撫でる。
ふたりの優しいそれに、悠真はくすぐったそうにした。
「ふふふ……」
気持ち良さげに笑う悠真を見て、リューナもリュミナも安堵の息を吐く。
授業は一時中断。優しい空気がその場を支配した。
すこし時間を置き、悠真が落ち着いたのを見計らってから授業は再開された。
「……それでは再開しましょう」
リューナが真剣な面持ちで宣言する。
「先程も申し上げましたが、召喚魔法には小召喚と大召喚が存在します。このふたつの一番の違いは、召喚したものをどのくらいこの世界に出現させ、どれだけの間存在させられるか? にあります」
リューナが黒板に流麗な筆致のラインを書き記す。
「小召喚は短いもので数秒、長いもので一時間程度召喚したものを存在させます。魔導をお教えした際にも言いましたが、あらゆるモノが存在し続けるには魔力を消費します。異なる世界のモノであれば、その量は加速度的に大きくなり、個人の魔力で賄うのは難しくなります。そこで、召喚の術式に送還の術式も組み込み、魔力の消費量によって送還する仕組みが作られました。これが小召喚です」
リューナは改めて三人の生徒を見やる。その顔はある程度の理解を示しており、彼女は満足そうにうなずいた。
「大召喚は、長い期間召喚対象を世界に留めます。その最大期間は……」
言葉を切ったリューナは、ひとつ息を吐いて、三人の顔をしっかりと見て、覚悟を決めて告げた。
「“永遠”です」
ヒュッと、息を飲む音が響いた。それが誰のものかはわからなかったが、勇樹達にとって辛い事実だ。誰であってもおかしくない。
それを思ってか、リューナは瞑目する。が、すぐに目を開いた。
「……そして、これも先に言いましたがこれだけの効果を持つ召喚魔法は、個人ではおいそれと使用できません。大掛かりな儀式級の魔法陣と個人では賄いきれないほど膨大な魔力。多くの魔術師か魔女を必要とします」
「……つまり、あたし達を召喚したのはどこか大掛かりな組織……」
リューナの説明を聞いてシルヴィアが漏らした。それに続くように、勇樹も口を開く。
「……もしくは国」
その言葉にリューナは顔を伏せ、リュミナは表情をこわばらせた。シルヴィアも、そして勇樹も顔をしかめている。
その空気に不安になって皆を見上げる悠真。
「……そう……なります。ユーキさん達には申し訳ないのですけども……」
更に頭を下げて謝るリューナ。
しかし。
「なに言ってんだリューナが企んだ訳じゃあ無いだろ?」
掛けられた声に顔を向けた。シルヴィアだ。
すでにしかめ面ではなく、人好きのする笑顔。
そして。
「そうだよ。頭を上げて?」
勇樹もリューナに笑いかけた。
「そ、そうです。りゅ、リューナさんは悪くないです」
さらに悠真も、少しおどおどしながらもそう告げた。
それらを聞いてリューナは目尻に光るものを浮かべながら頭を上げた。
「……ありがとうございます……三人とも……本当に……」
目尻の滴を右の人差し指の背中で拭いながら、リューナは三人の心遣いに感謝した。
そして表情を引き締め勇樹達を見る。
「……大召喚はその性質上、国や大きな組織でなければ運用は難しいです。個人でもかなりの私財を蓄えているならあり得ますが……」
そう言ってリューナは可能性を否定するように頭を振る。
「……どちらにしても、ユーキさん達のように明確な意思のある存在を大召喚で召喚することは禁止されています」
「それって……」
「……はい。ユーキさん達の召喚は違法である可能性が濃厚です」
息を飲む音が再び響く。リューナは続けた。
「……昔、千年以上前に国の繁栄のためと称して大召喚を繰り返した国がありました。物を、人を、あらゆるモノをこの世界に喚び込んで国を豊かにしようとしたのだそうです。ですが……」
リューナは目を閉じた。
「……ですが、その国は滅びました。異世界から喚び込まれて帰れなくなった人々の手によって滅ぼされたのです。その影響は周辺の国々にもおよび世界は大混乱に陥ったそうです」
リューナは悲しげにうつむく。
「長い時間と多くの犠牲の果てに、混乱は終息し、国々は無闇に大召喚を行わない取り決めを作りました。以降は、国々の話し合いの末に、三回ほど異世界の方を召喚しています」
「……三回」
勇樹の呟きに、リューナがうなずいた。
「……はい、この世界の人間にはどうしても不可能な事をお願いするために、お招きしました」
それは、とても恭しい方を口にするように、リューナは瞑目した。




