3rd episode-10
さらに対峙して四人はふたたびにらみ合う。
目の前の二人から目を離さずに、シルヴィアが口を開いた。
「そっちはどんな感じだ? ユウ」
「強いね。今は落ち着いちゃったからさらに強いかも。そっちは?」
「硬いな。何もかもが堅実って感じだ。だから強い」
「……だろうね」
目配せも無く、独り言のように言葉を交わす。互いの相手の感想を、簡単に。
「んじゃ」
「予定通りいきますか」
言葉が交わされ、二人の気配が変わる。それを見て、リュミナが訝しげになった。
「なに? 気配が……」
「来るぜ。構えろリュミナ」
大剣を正眼に構えたクウリャに言われ、リュミナも気を引き締め構えた。クウリャはリュミナの部下ではあるが、軍人としては先任に当たる。そして戦いのパートナーとしても信頼できる相手だ。
クウリャが熱くなっていればリュミナが落ち着かせ、リュミナが走りすぎればクウリャが抑えてくれる。
そんな関係の二人だ。
「……まあなんだ。面白い戦いになってきたな」
「面白いわけがあるか。私などアゴは蹴られるし、盾にぶちかまされるし、最後は指を折られかけたんだ。妙な戦い方ばかりでイライラしてくる」
「……そうか。なら相手を交換……」
リュミナに答えるクウリャの目が細まった。見る先にいるのは。
「するか!」
声を張り上げ、一気に踏み込み、勇樹とシルヴィアの間へと大剣を叩き込んだ。二人は左右に別れるように避ける。
クウリャの木製の剣先は床に叩きつけられ、わずかに砕けているが、気にすること無く彼女は即座にシルヴィアに向けて大剣を横薙ぎに振り抜いた。
「狙いはあたしかよっ?!」
「そういうことだ!」
ステップを踏んで距離を取るシルヴィアを追って、クウリャが再び踏み込む。
そんな二人に置いていかれる形で、リュミナと勇樹は構えたままその場に残った。
「……なかなか打ち合わせ通りにはいかないね」
ぽつりと漏らす勇樹。リュミナは油断無く彼を見据え、徐々に近づいていく。そして、それは勇樹も同じだった。
向こうではシルヴィアとクウリャが縦横無尽に動き回っているのとは対称的な静かなやり取りである。
「……」
「……」
交わされる言葉も無く、ただ相手とにらみ合う。その間の空間には達人ほどではないが、高度な読み合いが存在する。
互いにわずかな挙動すら見逃すまいと、全神経を投入し、集中力を研ぎ澄まし、相手の隙を窺い、返しを狙う。
一歩も動かぬ二人ながら、ハイレベルな戦いである。
それを後目に、シルヴィアとクウリャの演舞は続いた。
大剣が鋭く薙ぎ払い、シルヴィアがそれを潜り抜けながら足を払う。が、クウリャはそれを見透かしたように大剣を振り上げながら跳躍し、避けながらも攻撃に転化する。それをシルヴィアはクウリャの真下を転がるように避けながら振り向き、木剣で彼女の背を狙う。それを察知してか、クウリャは素早く足を伸ばすように地面を蹴りつけて反動で制止して透かしてから着地し、振り向いた。
その時にはすでにシルヴィアが低空を滑るようにして懐へと侵入し、接近戦に入る。どちらも木剣を十分に振るえない距離。シルヴィアは木剣を器用に逆手に持ち換え、その柄でクウリャの両脇腹を狙う。だが、シルヴィアのアゴに黒い影が迫った。
膝だ。
思わず攻撃を止めて頭を横に振った。
その隙を衝くように、大剣の柄が落ちてきて、シルヴィアは今度こそ転がるように離脱した。
「っぶねーな」
「逃がしたか」
即座に体勢を整えて呟くシルヴィアに、クウリャは獰猛に笑って見せた。
こちらがにらみ合いに変化すると、今度は勇樹とリュミナに動きが出た。
じりじりと間合いを詰め行き、すでに彼我の距離は木剣の間合いに入らんとしていた。
そして、双方ともに、
じりっ
と寄った。
瞬間!
リュミナが一挙動で斬りかかった。踏み込みを許した勇樹はそれを迎え撃つ。
振られた軌道は袈裟斬り。
これを勇樹の左籠手が弾き、右拳が踏み込みと共に前進する。が、それはひし形の盾が阻んだ。さらにリュミナは彼の拳を横へ押しやり、無理矢理体を開かせながら突きを見舞う。しかし、これを勇樹は体を捻って避け、さらに彼女の右手首を左手で押さえようとした。
が、リュミナはその意図に気づいて腕を振って払い除けつつ盾で彼を押しやる。
勇樹はそれに逆らわずにバックステップして距離を取……ったように見せかけブレーキング。切り返して彼女に肉薄した。
「な、に……っ?!」
それを見たリュミナは、ぎょっとして盾を引き寄せた。
が、それは悪手だ。
勇樹は鋭く右へサイドステップして、リュミナの左手側へと回り込みながら、ヒュオッと息を吸う。
その勢いのままに踏み込み、彼女の脇腹へと拳を突き込んだ。
床を叩いたような震脚の音が響き、破裂するような音と共に拳の先でリュミナの体が弾けた。
「ぐあっ?!」
『リュミナっ?!』
悲鳴を挙げるリュミナの姿に、姉のリューナも声を挙げた。それを聞いて勇樹は思わず顔をしかめてしまう。
それが隙となる。
彼の左頬に衝撃が走り、そのまま吹き飛ばされた。
リュミナが力任せに振り回した盾が、彼の顔面を襲ったのだ。今度は彼の義妹が叫ぶ。
『お義兄ちゃん?!』
「ユウっ?!」
と、シルヴィアも思わずつられてしまう。そこへクウリャが斬りかかる。
「っ?!」
勇樹に気をとられた分反応が遅れ、シルヴィアは得物二本を交差させて受け止めた。
木製とはいえ鉄芯入りの大剣だ。片手で受けられるわけもない。
「ち、まず……っ?!」
そして悪態を憑きかけたシルヴィアの腹に衝撃が走り、彼女の体が吹っ飛んだ。無防備な腹へとクウリャの前蹴りが決まったのだ。それでもシルヴィアはクウリャへ右の木剣を投擲した。
追撃防止策だ。
床を滑った先には勇樹の姿。彼に視線を走らせ笑う。
「……よお甘ちゃん。いい様だな?」
「……言い返せないなあ。油断したよ」
シルヴィアに答えて勇樹は笑いながら身を起こした。シルヴィアも続くように体を起こし、ふたりで支え合うようにして立ち上がる。
「奇しくも。かな?」
「かもな」
勇樹の言葉にシルヴィアが応え、ふたりは笑う。そこへ体勢を整えたリュミナが斬りかかった。
「トドメだっ!」
鋭い斬撃が、勇樹へ迫る。
それを見たリューナも悠真も、その他のギャラリーも、息を飲んだ。
その斬撃は、割り込んできたものによって阻まれた。
勇樹の背後に立つ、シルヴィアの手にした木剣。それが、リュミナの木剣を受け止めていた。
「なっ?!」
とっさにリュミナは盾で殴打。これもシルヴィアが弾く。
「くっ?!」
リュミナは歯噛みして距離を取る。
見れば、勇樹は左足を前に出し、右足を曲げて腰を沈めて背中を丸め、顔の前で両腕を揃えた姿でリュミナを見ていた。対してシルヴィアはその背後に立ち、木剣を手にした両腕を広げている。
「なんだ? それは」
リュミナが訝しげに問う。が、ふたりは応えない。
その背後に、クウリャが迫る!
ほとんど音も立てずに大剣が横薙ぎに振るわれる。が、それを二刀が挟み込むように受け止めた。シルヴィアだ。
「な、にぃ……?」
クウリャは驚きを隠せない。
自分は背後から迫ったはずだ。
なのに何故、この二人は“自分を見ているのか?”
そこで気づいた。
舌から伸びてくる二本の腕に。その、両の手のひらがクウリャの腹に触れる。
その刹那。
クウリャは後ろへと吹っ飛んで転がった。
反射的に飛んだものの、反応が遅れたためにダメージを減殺出来なかった。
「……くそっ、異世界人の技はどうなってやがる」
悪態を憑きながら
起き上がったクウリャは、二人をにらんだ。
が、二人揃って踏み込んでくるのを見て慌てた。
「な、んだっ?」
低空から侵略するかのように勇樹が近づき、地面を擦るような蹴り、掃腿を放つ。
「ちっ」
それを嫌ってクウリャは跳躍するように後退。
した彼女に影が差す。
勇樹を飛び越すように跳躍したシルヴィアだ。そのまま叩きつけるように蹴りを繰り出す。
「くぉっ?!」
それをクウリャは辛うじて大剣の腹で受け止めた。が、体勢が崩れる。
「クウリャっ!」
一瞬の攻防に置いていかれたリュミナが飛び出した。
だが、クウリャにはすでに追撃が近づいていた。
掃腿の大きく前へと足を出す深く沈んだ体勢から、勇樹の体が前進しながら浮上する。
そして放たれる拳打は、さながら魚雷のごとく。
それをどてっ腹に叩き込まれて、クウリャは跳ね飛んだ。
その結果を見届けず、シルヴィアは足を開きながら真後ろに木剣を払う。それをリュミナの長剣が弾いてさらに前進。
だがそこでリュミナは目を見開いた。
シルヴィアの腹にベタリと背中を張り付けるように、勇樹がこちらへと振り向いていた。
密着姿勢など、本来なら互いの動きを制限する枷のようなものだ。だが、シルヴィアと勇樹のそれは、互いを補う二身一体のの体捌き。リュミナでは双子の姉であるリューナとすら出来そうもない、そんな動きだ。
彼の繰り出す拳打を盾で払う。そのときには、シルヴィアの二刀目がリュミナへと襲いかかっていた。
だが、これを彼女は長剣で弾き上げた。コンパクトな振りでそのまま斬撃に繋ぐ。これを勇樹が籠手で受け流し、シルヴィアが右の木剣で斬りつける。たがリュミナは盾でこれを受けた。
同時に足を踏ん張り、自身の木剣に渾身の力を込めて振るった。
その勢いに勇樹は思わず攻撃を籠手で受け止めてしまう。その威力は細腕のエルフ少女とは思えぬほどで、勇樹は横っ飛びに吹き飛ばされた。
「ユウっ?!」
これに驚いたのはシルヴィアだ。勇樹と二人で組んでいたのは、天鷹流“鷹翼陣”。攻防を自在に入れ換えながら四方から攻めてくる敵の攻撃を防ぎ、カウンターを決めて倒すという防衛堅固迎撃の陣だ。
特に二人はコンビネーションに優れるため、天鷹流の陣はすべて得意としている。
この陣は、防御性能に優れる反面、相方の存在が重要であり、相方が占めるスペースは自身の死角なのだ。オープンスタンスで立っていたシルヴィアの胴体がリュミナの眼前に現れた。
彼女は躊躇うこと無く盾で殴り付ける。
「ちっ!」
舌打ちして防御せんとするシルヴィアだが、反応が遅れた。
二刀が盾を押さえるより早く、ひし形の突端が、シルヴィアの腹を打ち抜き、彼女は大きく吹っ飛んで転がった。
「シルビーっ!?」
勇樹が慌てて起き上がる。その首筋に刃が当てられた。
「……」
クウリャだ。腹を左手で押さえ、息を乱し苦痛に耐えながらも、立ち姿と剣がブレる事はない。
勇樹は痛む左腕をかばいながらも彼女の隙を窺うが、まるで見つけられなかった。
その気配から、身じろぎひとつで首が転がり落ちそうな気配だ。
勇樹は軽く目をつむり、息を吐いた。
「……参りました」
その言葉を以て、試合は終了となったのだった。




