3rd episode-9
開始が合図されてなお、四人は彫像のように動かなかった。沸いていた観客席も静まり、固唾を飲んで四人を見守っている。
その中で四対八つの瞳は、互いの挙動を見落とさぬよう、注意力と観察力をフル回転中だ。その視界の中で、互いのわずかな動きにも反応する四人。
それを見守る少女達の目も、瞬きひとつせずに注視する。
ひとりの少女が、口中に溜まった唾を、ゴクリと嚥下した。彼女のこめかみの辺りを、小さな汗の滴が走り抜け、頬を滑り行き、あご先に達した。そしてそこで一瞬躊躇したように留まる。
そこから、
意を決して、
ジャンプ!
飛び降りた汗が、床に落着し、微細な王冠を作った。
刹那!
四人が同時に飛び出す!
シルヴィアの二刀がリュミナへと舞い飛び、クゥリャの大剣が、横薙ぎに勇樹を襲う。ひし形の盾が木剣を阻み、大剣の刃の下を沈み込んだ黒髪の頭が潜り抜けた。
リュミナの木剣がシルヴィアに突き出され、踏み込みながら浮上した勇樹の拳がクウリャの腹へ。
ガキッ! と、音がして、木剣と木剣がぶつかり、拳と膝が衝突する。クウリャが不自然な体勢で大剣を引き戻して振り回しながら膝を引いた。その刀身が、勇樹のもうひとつの拳でカチ上げられる。さらに踏み込んで、懐へ飛び込みながら肘。
これをクウリャが素早いバックステップで空かした。
いっぽうこちらではシルヴィアが躊躇うこと無くリュミナの足首めがけて踏み折らんばかりの勢いでかかとを繰り出した。リュミナはとっさに盾でシルヴィアを押しやり距離をとる。突き放されたシルヴィアはよろける……事もなく素早いステップで姿勢を整え着地。そこへリュミナが盾をかざしながら突進してくる。
シルヴィアはとっさに右手へとステップした。
それを見て舌打ちしたリュミナは、ブレーキを掛けてからシルヴィアへと向き直った。シルヴィアが盾のある方へと逃げたため、手にした木剣で攻撃しにくくなったためだ。
その隙を衝くように、シルヴィアが手にした木剣で突きを繰り出す。リュミナはそれを盾を使って叩き落としながら素早く踏み込んだ。
「どわっ?!」
リュミナの繰り出した鋭い突きを体を開いて避ける。と同時に左の木剣で素早くリュミナの右腕を切り上げた。
「ぐぅっ?!」
バキッ! と鈍い音を響かせて籠手と木剣が激突し、その衝撃にリュミナがうめく。そこを狙ってシルヴィアはショートジャンプして彼女の盾へと揃えた両足を叩き込んだ。
「な、なんだとっ!?」
体重の乗ったロケットキックの重い衝撃を受けて、構えていなかっリュミナは盾ごと後ろへと吹き飛ばされる。
シルヴィアはそのまま沈み込むように着地し、クラウチングスタートよろしく伸び上がるようにダッシュ。さらに左手の木剣をリュミナの顔めがけて投擲する。
これを盾で弾き飛ばし、シルヴィアを迎え撃つリュミナ。右手の木剣が向かってくる金髪少女へと繰り出した。木製の刃が十字を描く。
素早い連続斬りを、シルヴィアは腰から素早く逆手で引き抜いた木剣で打ち払うと、右手の木剣で切り込んだ。
これをひし形の木盾が阻む。
さらにリュミナは盾をねじ込むように踏み込んで、シルヴィアの右手を押さえながら木剣を振るった。シルヴィアはこれを左の木剣で受け流した。
瞬間、黒い影がリュミナのあごを襲う。
「がっ?!」
リュミナの頭が跳ね上がった先で、爆転宙返りを決めたシルヴィアが綺麗に降り立った。
「リュミナっ?!」
観客席のリューナが思わず立ち上がる。だが、リュミナはすぐに構えを取る。
思ったよりダメージが少ないようだ。
「……あの瞬間に打点を逸らしたのかよ……」
「……デタラメな奴め……」
シルヴィアとリュミナ、互いに呟き身構えた。
シルヴィアは逆手だった左の木剣を持ち換え、リュミナを見ながら舌でくちびるを嘗めた。
リュミナも目を細め、軽い前傾姿勢で正面に盾をかざし、木剣を後ろに引いた。
そして、ふたたびにらみ合いとなる。
そんな攻防の横で、勇樹はクウリャに一方的に攻められていた。
クウリャが両手で構えた大剣が流麗な軌跡を描き、勇樹を襲う。これを丁寧に捌いていく。
籠手や肩当てを利用し、大剣の斬撃をすべて受け流す勇樹。本来ならそこからカウンターを決めるのが彼のスタイルだが、クウリャにその隙は無い。
彼女の大剣はしなやかな獣人の俊敏性を得たかのように、縦横無尽に繰り出される。大剣は重さを利用して叩きつけるのが主な戦法だが、クウリャのそれは、まるで舞だった。
美しい円舞に取り込まれ勇樹は徐々に追い詰められていく。
しかし、ただ追い詰められている勇樹ではなかった。
次々繰り出される斬撃をいなし続けながら機を待つ。
大剣での連続攻撃は確かに恐ろしい。しかし、それを繰り出しているのは人間に近い種族だ。必ず攻勢限界点は来る。
それを勇樹は待っているのだ。
しかし、その間にも必殺の威力を持った刃が次々に繰り出される。
横薙ぎ、袈裟斬り、斬り上げ、斬り下ろし、勇樹に迫る。
そのすべてを勇樹の籠手が、見事に逸らしていく。
それを見てクウリャが顔をしかめた。
「クソッ! いい加減当たりがれっ!」
「痛そうだからごめん被るよ」
苛立たしげに叫んだクウリャに、勇樹は大剣を籠手で逸らしながら答えた。
余裕があるように見えるが、実はギリギリである。クウリャの鋭い斬撃は、木製とはいえ、鉄芯入りの大剣であり、スピードと威力のバランスがとれた絶妙の斬撃だ。勇樹は芯をそらすことで被弾を避けているが、それは一撃一撃をしっかり見極めなければ出来ることでは無い。
無手で得物を持つものを相手取る修行を繰り返していたからこそであろう。しかし、それは薄氷を踏むような綱渡りの連続であるのだ。
今もまた、横薙ぎに振られた斬撃を、籠手でギリギリ逸らして避けた。それを見たクウリャが顔を歪めた。
「ちっ、くそっだらあぁぁあっ!」
叫びながら振り切った大剣をクウリャは蹴った。
大剣の軌道が流麗なものから強引な引き戻しとなり、勇樹を襲う。
「?! くっ……!」
勇樹の顔が歪み、そこへ刃が迫った。
受け流すには勢いがありすぎ、角度が悪い。
勇樹の足が動いた。
ガツッ! と固いものがぶつかる音がした。
「お義兄ちゃんっ!」
悠真が思わず立ち上がった。
観客席の皆が息を飲む。
そして、シルヴィアと鍔迫り合うリュミナがニッと笑った。
「向こうは決着したみたいよ? 残念だったわね?」
リュミナが確信したかのように言う。しかし、シルヴィアの表情は崩れない。
否、彼女は笑った。
「……そいつはあたしの台詞だな?」
「……なんですって?」
その言葉に眉を潜める。
すると。
わあぁっ!
と歓声が上がった。
何事かとリュミナは横目でクウリャの方を見た。
勇樹は健在だった。
大剣を折り畳んだ左腕の籠手と肩当てで受け止めている彼は、クウリャの懐に入り込んでいた。とっさに飛び込んで大剣の柄近くを受け止めたのだ。
「や、野郎っ!」
「制圧」
驚き、飛び退こうとするクウリャ。
より早く、ヒュオッと甲高い音がした。前後に開いた勇樹の足がそれぞれ回転し、腰が旋回し、大剣を受け止めた左腕が回転しながら引かれ、それに連動するように彼女の胸元に添えられた右拳がねじれるように回りながら前に進む。
パンッ!
と、弾けるような音がして、クウリャの体が大きく跳ね飛んだ。
天鷹流甲冑術、“鎧通し”。無手にて鎧をまとった相手に打撃を通す技である。
その威力に、誰もが決着を思い描いた。
技を放った勇樹を除いて。
その視界で、クウリャがくるりと回転して登場に降り立った。
その姿を見て勇樹は顔をしかめた。
「……あのタイミングで外されるなんてね」
必殺のタイミングで放たれた技を、クウリャは自分から飛んで威力を減殺した。人間相手なら十分当たるタイミングだったが、獣人であるクウリャの瞬発力は勇樹の想像を越えていたようだった。
だが、クウリャは顔を歪めて片膝を着いてしまう。
「姉ちゃんっ?!」
観客席から声が上がる。クウリャと似た感じの獣人少女だ。
だが、クウリャは心配ないと言わんばかりに手を振って立ち上がった。
「……やるじゃねえか異世界人」
「……あなたも」
クウリャと勇樹が言葉を交わし、互いに笑みを浮かべた。
それを横目で見ていたシルヴィアが嘆息する。
「……はあ、ま~たフラグだよ」
「? フラグ? 旗がなんだと言うのだ?」
鍔迫り合いしながらも、リュミナは目をぱちくりさせて訊ねた。シルヴィアはイタズラっぽく笑う。
「まあ気にすんな。そのうちあんたにも建つだろうからさっ!」
「? 痛あっ?!」
シルヴィアの言葉に訝しげにしていたリュミナの顔が、苦痛に歪んだ。
良く見れば、鍔迫り合いをしているふたりの指が絡み合っている。
「天鷹流“絡み枝”ってな」
そう、シルヴィアは鍔迫り合いをしながら相手の指に間接技を仕掛けたのだ。地味だが凶悪な技である。
「こ、姑息……痛い痛い痛いぃいっ?!」
「悪ぃな? あたしはこの手の奇手のが得意なんだわ」
痛がるリュミナにシルヴィアは悪魔のように笑いながら答えた。
リュミナは涙目で盾を振り回した。
「おっと」
さすがに盾撃を受けるわけにもいかず、シルヴィアは技を解いて離脱した。
リュミナはそれを追撃することも出来ずに木剣を落としかける。
「くぅうう……よくもやってくれたな!」
「……こっちにゃ無い技かな? ま、油断は禁物ってとこだ」
涙目でにらむリュミナと、飄々と返すシルヴィア。どうにも噛み合いそうにない二人だった。




