3rd episode-1
異世界生活二日目。レアリーによって起こされた勇樹はシルヴィアや悠真と共に城の中庭に来ていた。
日課である朝の鍛練のためだ。
レアリーに許可をもらってやって来たそこには、裾の短いシャツと短パン姿の数人の少女達が、思い思いに訓練をしている。
その中庭の隅で勇樹とシルヴィアは準備体操を始めていた。ちなみに悠真は見学である。また、その格好はレアリーに頼んで借り受けた、少女達と変わらぬ裾の短い少し厚めの生地のシャツに短パン姿だ。
召喚の影響で時差が生じてしまった三人だが、勇樹とシルヴィアは体をリセットし終えていた。しかし悠真は少し眠そうに精霊を抱えたまま休憩用ベンチに座っている。
そんな彼女の姿に小さく笑いながら勇樹達は簡単なストレッチを終えると、何人かが走っているコースに沿って走りだした。 軽いランニングで暖気運転開始である。
二人肩を並べて一定のリズムを刻みながら走る。
ペースは早くもなく遅くもなく。呼吸のリズムを崩さないように走る。
古武術を源流とした護身術を学んでいた二人だが、呼吸法はいの一番に教え込まれた。
なにか行動を起こすにも呼吸は大事だ。これが乱れていては五体が満足でもうまく動けないし、頭も回らなければ適切な判断などおぼつかない。呼吸法は何においても不可欠だ。
そうしてランニングをする二人にまだ慣れてなさそうな少女三人とそれを先導する少女が抜かれていく。どうやら新人のようで、ベテランらしきアッシュブロンドを三つ編みにした少女に指導されているようだ。
そのベテランらしき少女が、勇樹とシルヴィアが抜き去っていったのを見て一瞬目を丸くするが、すぐに後ろの新人を叱咤するのに利用し始めた。
『……正規の軍人が一般人に抜かれるのは恥ずかしい。訓練を厳しくしなければ』
『ひいいっ?!』
『む、無理です~っ?!』
『か、勘弁してください大翼士っ?!』
どうやらベテランの少女は大翼士という階級らしい。
『……この周回だけでも彼らを抜ければ考慮しよう』
アッシュブロンドの大翼士が息も乱さず告げると新人三人の顔つきが変わった。
『が、がんばります!』
『や、やります!』
『ふぁ、ふぁいとぉ~』
やけくそ気味な声が響き、勇樹とシルヴィアは、後ろから迫る気配に気づいた。
「ん?」
「なんだ?」
走りながら軽く後ろを見ると、少女が三人、必死な様子でダッシュし始めたところだった。
それに抜かれていく指導中のアッシュブロンドの少女が、勇樹とシルヴィアが後ろを見ている事に気づき、小さくてを振った。
それを見た勇樹は一瞬訝しげになるが、シルヴィアはにんまりと笑った。
「ユウ、先行くからな?」
「え?」
言うが早いか勇樹が問い返すより早く、鋭く息を吸ったシルヴィアが弾かれたように加速した。それを見た三人が悲鳴をあげた。
『えええっ?!』
『う、うそでしょっ?!』
『あぅう~?!』
それでも諦めずにダッシュして、勇樹を追い越しシルヴィアの背中を追う。
「……」
勇樹は走りながらそれを見送った。
「……ん。良い走り」
いつのまにか隣にアッシュブロンドを三つ編みにした少女が並走していた。
「うわっ?!」
「……協力を感謝」
抑揚の無い声で言いながら無表情で告げる少女に、勇樹は曖昧に笑うしかなかった。
「大丈夫なの? あの三人、まだまだ慣れて無さそうだけど?」
「……問題無い。勝っても負けても厳しくやる予定」
勇樹の問いに答え、少女は口の端をわずかにつり上げる独特の笑い方をした。しかし、聞いた勇樹は渋面になった。
「……それは、ちょっと酷じゃないかな?」
「……酷くは無い。そうでなければ、あの子達が自分の命を対価に思い知ることになる」
答えるアッシュブロンドの少女は、厳しくも優しく、走る三人の背中を見ていた。勇樹も眉根を寄せながら見る。
そう。この世界は戦争中なのだ。同じ人とでは無く、世界を消し去ろうとする黒き鋼の悪魔達と。そしてここは最前線なのだ。
それに思い至ってか、勇樹は表情を改めた。
「……そう……だね。戦争中なんだよね」
「……そういう事」
勇樹がうなずくと、アッシュブロンドの少女も頷いた。さらに彼女はニヤリと笑う。
それは、勇樹の従姉が悪巧みをするときの笑い方。
小悪魔スマイルだ。
【「……そしてビリには更なる特訓を受けてもらう」】
「?!」
アッシュブロンドの彼女の言葉が、その声を発するのと同時に月界交信で頭に響き、勇樹は驚いた。それを尻目に彼女はどんどん加速する。
前を走る新人三人組がビクリと震えるのがわかった。彼女達にも通信がいったのだろう。
そして……。
「……え? もしかして僕も含まれてる?」
【当然】
呆気にとられて呟く勇樹に、月界交信でアッシュブロンドの彼女が答えた。
なかなか早い。もうすでに前を行く三人に追い付いていた。
三人も必死な形相で走っている。
「特訓て何さっ?!」
誰に突っ込んだかわからない声をあげて、勇樹もダッシュし始めた。
結局、後からかなり追い上げた勇樹だったが、新人のドベの子と同着だった。ちなみにアッシュブロンドの彼女は、三人をあっさり抜き去り、先頭を走っていたシルヴィアに肉薄、もはや短距離走と呼ぶべき速度で競争し始め、他の面々を置き去りにした。
最終的にはシルヴィアが胸の差でゴールしたらしい。
「ぜっ、はっ、ぶいっ!」
「……むう。増加装甲が私にもあれば……」
息を切らしながらVサインするシルヴィアの横で、アッシュブロンドの彼女は肩で息を士ながらも自分の胸を持ち上げ、シルヴィアのモノと見比べていた。
その標高差はかなりあった。
新人三人はすでに青息吐息で地べたに転がっていた。
「う、うぅ……」
「も、も、だめ……」
「みょ、みょううひょへまへん~」
「あはは……」
ぐったりしている三人の横で、勇樹は苦笑いした。彼もシルヴィアと同じく息を切らしていたが、すぐに調息して呼吸を落ち着かせていた。
そんな彼らのところへ、アッシュブロンドの少女がやって来た。
「……それではビリの二人には特訓を受けてもらう」
「お、お手柔らかに……」
「あう~……」
こちらも息を整えたアッシュブロンドの少女に、勇樹はひきつりながら言う。隣の新人の少女などは、ガタガタ震えていた。
そんな勇樹達を見て少女は、今までの無表情さから一転、満面の笑みを浮かべた。
「……大丈夫。死ぬことは無い」
自信満々に言う少女に、勇樹は深く深く嘆息した。




