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2nd episode-7


 身体検査を終えた後、勇樹はシルヴィアや悠真と共に、とりあえず部屋を割り振られた。

「つっかれたなあ……」

「そうだね……」

「……」

 部屋に据え付けられているソファにぐったりともたれ掛かる三人。

 肉体的な疲労はさほどでも無いが、精神的にはかなりキていた。

 なにせ突然異世界に召喚されたかと思いきや、高空からの死の降下デスダイブ。助かったと思いきや異世界の少女達で構成された軍隊の基地に放り込まれ、尋問され、身体検査までされたのだ。

 これを綺麗に流せるほど図太い神経の持ち主はそうはいないだろう。勇樹などより余程神経の太いシルヴィアまでもが疲労を口にしている辺り相当だ。

 内向的な悠真などはどれほど疲れているか分からない。

「……なあ、ユウ。これからさ、あたし達どうなっちまうんだろうな?」

「シルビー……」

 いつも飄々とした態度でいる従姉が漏らす、弱気な声に、勇樹は少なからずショックを受けていた。悠真もうつむいたまま何も言わない。

 そして勇樹も、ふたりに答えられるなにかを持たなかった。

 だが、彼は諦めたくないようだった。

 くちびるをきゅっと引き締めて、前を見る。

「……大丈夫だよきっと」

 それは、なんの保証も無い、気休めの言葉。

「確かに訳のわからない場所に、訳がわからないまま放り出された僕たちだけどさ」

 少年の言葉に二人の少女は顔を上げた。

「けど、一人じゃない。僕たちは三人で居るんだ。力を合わせて、切り抜けよう」

 二人を見ながら勇樹は力強く笑って見せた。

 それを聞いてシルヴィアが笑う。そして勢いをつけて起き上がると、ソファの上であぐらをかいた。

「それもそうだな。うじうじしたって仕方ねーや」

 そう言って、ニシシと笑う。

だが悠真は再びうつむいてしまった。

「……わ、わたしなんて……なんの役にも……」

 呟く悠真を見て勇樹とシルヴィアは顔を見合わせた。

 うなずく事も無く立ち上がった二人は、そのまま悠真の傍へ。そして勇樹は彼女の右側に、シルヴィアは左側に腰を下ろした。

「……勇樹お義兄ちゃん? シルヴィアお義姉ちゃん」

 ふたりの行動に驚いた悠真は、左右に座る血の繋がらぬ兄姉をキョロキョロと見上げた。

 対して勇樹もシルヴィアも優しく微笑んだ。

「大丈夫だよ悠真。きっと君にしか出来ないことがあるよ」

「そうだぜ。あたしとユウだって出来ることと出来ないことがあるさ。悠真と一緒でこれから探すのさ☆」

 勇樹とシルヴィアの言葉に、悠真は体を震わせた。たった一歳違いで、まだ半年しか共に過ごしていないふたり。

 だけど、すでに何年も一緒に居た兄妹姉妹相手であるかのように、悠真は安堵した。

「……見つかる、かな?」

「もちろん!」

「当たり前♪」

 悠真の問いに、二人が即答する。それがこの上なく頼もしくて、嬉しくて、悠真は目尻に涙を浮かばせた。

「……うん。見つける……よ。お義兄ちゃん、お義姉ちゃん」

「一緒に探そう」

「見つかるまでな☆」

 勇樹とシルヴィアは悠真にそっと寄り添った。その感触に悠真はくすぐったそうに笑った。




 三人が召喚されたとき、彼らの世界は朝だった。召喚されたのが登校中の出来事であったのだから至極当然。しかしながら、異世界で空中ダイブを経験したときは、すでにお昼前くらいだったらしい。この辺りの時間のズレは、異世界間ならではかもしれない。ともあれ、身体検査を受け終わった三人が、あてがわれている部屋で休んでいると、狗面の女性シアが、夕食の準備が出来たと呼びに来た。

 第502試験統合戦闘団は、陸海空合わせ、二百人ほどの隊員がいる。主力たる“月の魔瞳”持ちの魔女の人数は五十余人ほどだが残る百五十人の大半は女性である。

 男性の数は二十人ほどで、そのすべてが整備員であり、彼らは隔離されているような感じだ。特に魔女達の詰めている本館は、基本的に男子禁制である。

 間違いを起こして妊娠させてしまえば、魔女は“月の魔瞳”を失い、ただの女となってしまう。そんなことになれば戦力が大きく減ずるのは否めない。

 それについては男性隊員達も既婚者で身持ちの固い面子が厳選されている上に、魔女の価値を重々承知しているため本館にはほとんどよりつかない。

 唯一整備長をしている初老の男だけが戦闘団の指揮官達とやり取りする程度だ。

 そんな訳で、お客様ゲストとして本館の魔女達専用の食堂に案内された勇樹達は、女の園に足を踏み入れたわけだ。

 つまり……。

「……あ、あり得ない」

「観念しろって」

「お、お義兄ちゃん……」

 五十数名の十代女子の群れの中に、男が唯一人。

「……うう女の子の匂いでむせそうだ……」

「だらしねーなー」

 食堂に男が一人と知って落ち込む勇樹に、シルヴィアが嘆息した。その隣で悠真は義兄を心配しておろおろしていた。

 弱りきっている勇樹に、レアリーも声を掛けてきた。

「そうねえ。年頃の男の子なんだからもっと喜びなさいよ。こういっちゃあなんだけど、うちの部隊は美人揃いよ?」

 笑いながら言うレアリーに、勇樹は「ハア」と生返事を返すに留まった。そんな状態の勇樹だったが、料理が運ばれ始めると驚きを隠せなかった。


『えいさほいさ』

『よいしょ! よいしょ!』

『えんやこらさ』


 そんな掛け声を掛けながら料理の皿を運んできたのは、悠真の手のひらにすら乗りそうな小さな小さな人だった。

 見た感じは二~三等身くらいだ。

 これにはシルヴィアと悠真も目を丸くした。驚く三人を見てくすりと笑ったレアリーが小さな人を一人つまみ上げた。

「この子達はブラウニー《家妖精》だよ。この城の保守管理をやってくれてるんだ」

 レアリーがそう言うと、彼女の手の上でブラウニーが勇樹達へと片手を挙げてきた。

 勇樹達は笑顔になって、ブラウニーに「ありがとう」と礼を述べた。

 するとそのブラウニーは嬉しそうに『きゃっほーっ♪』と小躍りすると、レアリーの手から飛び降りた。ブラウニーが着地するとすぐさま他のブラウニー達がわらわらと集まってきて、集団となる。


『お礼言われちゃったぜ!』

『いいなー』

『いいなー』

『いいなー』


 飛び降りたブラウニーが自慢げに言うと、周りのブラウニー達が羨ましがり、勇樹達をチラチラ見上げてきた。

 顔を見合わせた三人は、一度苦笑いをしてから、ブラウニー達に『料理を運んでくれてありがとう』と口を揃えて言ってやった。するとブラウニー達がみんなで小躍りを始めた。


『やったー!』

『お礼言われた!』

『嬉しい! 嬉しい!』

『役に立てた!』


 そんなブラウニー達の姿に勇樹達がビックリしていると、レアリーが笑いながら口を開く。

「ブラウニーは誰かの役に立つことに強い喜びを感じる妖精なんだ。特に直接お礼を言われるのは大きな名誉らしい」

 レアリーの言葉に、勇樹達が、へえ。と感心する。

 しかし、ブラウニー達の騒ぎは止まらなかった。

「……ちょっと喜ばせ過ぎたね」

 足元でいまだに喜んでいるブラウニー達を見下ろして、レアリーが苦笑いした。

 喜ぶことに夢中のブラウニー達は、配膳を中途で止めてしまったのだ。

「……ど、どうしようか」

「知んね」

 顔をひきつらせる勇樹の言葉を、シルヴィアは興味無しと一刀両断した。悠真などはおろおろするだけでなにも出来ずに居た。

 そんな時。


『コラァッ! なにサボってんのあんた達っ! 呪うわよっ!』


 大食堂に、そんな物騒な声が響き渡った。

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